115 戦場の名はレガリオス ②
俺はまたしてもリリオスを助けた。
彼はその事で俺を異常なまでに崇拝し始めていた。
「い、命の恩は命でしか返せません。このリリオスを二度も救って下さったご恩は生涯忘れません」
リリオスは殆ど土下座に近い状態でそう言うと、俺の靴に口を付けた。
その行いが臣下の誓いだと後日知ったのだが、その時点では知らず、俺は焼けて丸裸になったリリオスを見て「女性もいる事だし、早く服を着てくれないかな」と思っていた。
白髪の剣士が上着を脱ぐとリリオスに着せた。
彼が黒焦げになった呼び鈴を鳴らすと、恐る恐る使用人が入って来たが、使用人は部屋の惨状に悲鳴を上げて気絶した。
仕方なく彼は部屋から出ると、数人の使用人を連れて来て幾つか指示を出してくれていた。
ようやくリリオスは服を着ると剣士に礼を言った。
「かたじけない。イリダリン殿……」
「いや。礼には及ばん。それよりも、お主自慢の魔法師団の姿が全く見えないのはどうしてだ?」
確かに、リリオス自慢の魔術師達が居ればもっと彼をサポートできた筈だ。
イリダリンと呼ばれた男に、ゴブリンも頷いた。
いつの間にか、コモン達は複数の班に分かれて周りを警戒し始めて居た。
イスティリ、ウシュフゴールは俺の横に控え、トウワは俺の背後に浮いてくれていた。
アーリエスとシンも少し離れた所で待機していた。
「はい。スーメイ党の根城を強襲させております。それと、マルパレ側にも圧力を掛けさせに行っております」
「なるほどな。それで警護が手薄であるのか」
「勿論、百ほどの兵は残していたのですが、先程お伝えした通り、三割が死亡、残りの半数も負傷による撤退を余儀なくされておりましたので……」
リリオス自身が死んでしまっては元も子もない気がしたが、それでも総力を持って敵対者に攻め入る辺り、彼らしいと思った。
そこに<転移>で魔術師が一人現れた。
「リリオス様。急ぎ報告を……うわっ!? この有様は何事ですか!?」
「ご苦労。問題ない。報告を」
「は、はい。スーメイ党は根城を放棄して潰走しましたが、ほぼ無傷の模様。マルパレ側は交渉のそぶりを見せてはのらりくらりと逃げて、時間を稼ぐ作戦の様です」
「うむ」
「また、全ての潜伏工作兵からの連絡が途絶えました」
「……う、うむ」
最後に、その魔術師は言いにくそうに口を開いた。
「く、加えまして、屋敷内の、戦う事の出来る魔術師は残り四名です……」
「な、なんだと?」
「……ガデア親衛隊からの猛攻撃を受け壊滅した模様です」
リリオスは愕然として右目から一粒涙を流した。
「私の為に……。すまぬ」
このリリオスの心変わりに魔術師も驚いた様だった。
かつての彼であれば、もっと冷淡な反応であったに違いない。
「……いえ。わたくし共、魔術師団は貴方様の兵。貴方様の為に死ねる事は誉れでありましょう」
「そう言ってくれるのか」
「はい……」
リリオスはその魔術師の手を取るとギュっと握りしめた。
「一旦引く。全ての師団兵に伝えよ。負傷者を連れて私は屋敷を脱出する。アーゲン砦に集合せよ」
「はっ」
魔術師が姿を消すとリリオスが俺たちに向き直った。
「私が至らぬせいでご迷惑をお掛けします」
「いえ。俺に何か出来る事は無いか? リリオス」
「……私の命以外にも、セイ様のお命も彼らは狙っております。ですので、私どもと一緒に是非ともアーゲンにお越しください」
「俺の命も?」
「はい。恐らくは私の死を貴方様に被せ、その罪を擦り付ける算段なのでしょう。流れの能力者が領主の財を狙ったと……」
「うーん」
俺はそのスーメイ党も知らなかったし、マルパレと言う人物にも覚えが無かったが、リリオス同様命を狙われているらしかった。
メアはラメスに狙われているし、何かと血生臭い話ばかりだな。
とは言え、敵さんはリリオスが死んだものと思っている。
実際シオの石が無ければ死んでいただろうしな。
この情報はこちらの有利になる気がした。
リリオスは市内での戦闘を避けて、近郊の古城を改修した砦で抗戦する算段らしい。
そこは元々、魔王降臨時万が一レガリオスが落とされてしまった場合を想定して整備された場所であるらしかった。
「大昔はコレトー城といい、レガリオスが出来るまではそこそこ繁栄していたのですが、今ではその名残で村落があるだけです」
「コレトー……ハイレア達と落ち合う場所だ!!」
俺は今日の午後にコレトーで人と落ち合う約束をしている事を話した。
「では、その方々も一旦は砦に」
「わ、分かりました……」
ハイレア達には悪いが、この騒動が落ち着くまではじっとしていて貰うしか他なさそうだった。
そこでイリダリンと呼ばれた剣士が俺に話しかけて来た。
「今、ハイレアと仰いましたか。メア卿の妹君、ハイレア様」
「はい。貴方は?」
「失礼。儂はダイエアラン=ローに所属する魔道騎士イリダリン=リビレイ。メア卿とは旧知の中だ」
「そうでしたか。そちらの方も?」
俺がゴブリンにも会釈すると彼も名乗った。
「俺は王都付きの魔道騎士、フートック=ジー。ソラン氏族の第四位、ルード=ソラン様の配下だ」
「始めまして」
「ああ。よろしくな」
俺はメアをイスティリに呼んで来て貰った。
もし危険があった場合、即座にセラの中に戻るよう伝言した上で、だ。
何があるか分からないから、警戒しすぎるに越したことはない。
「おお、メア卿。実際に出会うのは五年ぶりか」
「お久しぶりです。イリダリン様」
「先程<遠声>で通信しようと思うたが、どうしても繋がらず焦ったぞ」
「ええ。あの天使の中に居りましたので……」
「セイ殿が持つ祝福の一つ、セラと言う天使か」
「はい。フートック師匠もお久しぶりです」
「うむ。一段と美しくなったな」
メアはコロコロと笑った。
本人はお世辞だと思っているのかも知れないが、メアは本当に美人だ。
あ、イスティリ?
俺の思考を察知して歯をカキンカキン鳴らすのはやめなさい。
いや、本当に……。
「わたくしがまだ盾持ちだった時、フートック師匠に戦術や戦略を教えて貰ったんですよ」
「あの頃からメアは手が掛からなかった。剣技で俺から一本取った者は後にも先にもお前だけだ」
メアは頬を赤くして照れていた。
◇◆◇
その日、俺の名でレガリオスに触れが出された。
『告知:領主リリオス=ハイデレシア=ル=レガルルを殺害せし、クド=セイ=チロゥに出頭を命ずる』
『告知:上記に伴い、発見者・情報提供者には金一封が与えられる』
『告知:また、捕縛者には五千金貨が与えられる。生死は問わない』
『告知者:マルパレ=デア』
街中の到る所に看板が設けられ、人々が目にしただろう。
大義名分を得た俺は、『酔いどれ包丁亭』に兵を向かわせたが、そこはもぬけのからだった。
スーメイ党も躍起になって探しているとの情報が俺の元へ入る。
確認の為に外に出していたドローマが戻って来た。
「……危険を察知して逃げたか? おい、ドローマ! どうなっている」
「どうします? マルパレ様」
「質問に質問で返すな! 探知系の魔術師総出で探し出せ! 生贄が逃げてはならんのだ!」
「それと……魔術師団がコレトー砦に三々五々集結しているとの情報があります」
「ふん。主の弔い合戦でもするつもりか!? そんな忠誠心など、あやつらは持ち合わせておらんだろうが!!」
「……それが、確定情報では無いのですが、リリオスが生きており、兵を集結させているとの報が」
「なっ!?」
俺は狼狽した。
もしリリオスが死んでいなければ、大義名分は成立しない。
自身は単なる反逆者であり、レガリオスに盾突いた異分子でしかないのだ。
「もしかして、俺はリリオスとスーメイ党に騙されていただけなのか?」
猜疑心が鎌首をもたげ始める。
もし、リリオスがスーメイ党と組んでおり、俺を失脚させるためだけに組まれた壮大な絵巻物だとしたら……?
俺は万が一の事を考え、幾つか『壁』を作っておくことにした。
「おい、ディダス商会とマディオリ団、後いくつかが一枚噛みたいと言っていたな。今からでも十分旨い汁が吸えると伝えて来い」
「は……はい。しかし、旨味が減ると断ったのはマルパレ様では……?」
「うるさい!! とっとと人を向かわせろ!!」
ドローマはこの一件が終わったら解雇しよう。
俺はそう心に固く誓うと、最悪他の奴らに罪を着せて、逃げ道を作るにはどうすれば良いか、落ち着いて考え始めた。
もし俺がスーメイ党を最後まで信じ切っていれば、この結末は変わっていたのかも知れない……。
ガギュ=この一件が終わったら要職を与えてやらねばな。
ドローマ=この一件が終わったら解雇しよう。
ドローマさん可哀想!




