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114 戦場の名はレガリオス ①

 俺たちはその日『酔いどれ包丁亭』引き払ってレガリオスを出るつもりで居た。

 今回は蜘蛛達も忘れずにセラの中に放り込んで、それからリリオスに挨拶に向かう事にする。

 

 まず追っ手を避ける為、コモン達は二手に分かれて街を散策する。

 俺とイスティリ、ウシュフゴールも別方向に歩みを進め、その上でアーリエスとシン、トウワ達が宿に残ったかのように見せかけた。


 同時刻、セラは密かに宿の窓を抜け、肉眼では到底確認できない遥か上空に待機していた。

 頃合いを見計らって俺たちはセラの中に戻る。

 このテレポート大作戦を考えたのはイスティリだった。


 コモン達も次々と戻って来始めるが、昨日の支度金で買い食いでもしていたのか、俺たちにも焼き鳥や焼きトウモロコシに似た食い物を差し出した。

 イスティリは喜んで焼き鳥に噛り付いていた。


「セイ殿。やはり数人の追っ手が居たが、上手く巻くことが出来たと思うぜ」

「そうか。ならリリオスに挨拶してからコレトーに向かおう。そこでプルアさんをドゥアまで送ってくれる僧侶と魔道騎士、それにオグマフの近衛隊士が来るはずなんだ」

「ありがてぇ! お嬢の為にそこまでして下さるなんて!」


 最後の言葉はトルダールだ。

 プルアはコモン隊の奴らからは『お嬢』と呼ばれていたらしかった。

 コモンは優しい目をプルアに向け、その視線に気づいたプルアは柔らかく微笑んだ。

 

「さて、後はセラがリリオスの屋敷上空まで移動して、垂直に降りて行く。そうすればセラを発見できる奴なんて居ないと思う」

(うふふ。わたくし大活躍!! お任せください!)


 セラが陽気にカコカコッと空間を鳴らすと、言葉は通じなくとも意味は通じたようだった。


 リリオスに宿の礼を言って、それから、出来ればラメスの情報を貰えればありがたい。

 そして、彼に俺たちがレガリオスを去った事を隠してもらい、少しでも時間と安全を確保する。

 最悪、ラメスが追って来るならハイレア達も一旦はセラの中に避難して貰おう。 


 そして、本当に最悪な事になりそうだったら……仲間の誰かがラメスの魔手に掛かりそうになったら……≪悪食≫で彼女を……。

 

 俺は仲間を守る為なら後ろ指をさされても、構わない。

 ……仲間たちは殺させない。

 決して。


 リリオスの屋敷に向うまでの時間を使い、メアが競売で仕入れた情報を教えて貰った。


「一つは赤龍エルシデネオンの情報ですね。セイがドゥアで『試練』を突破したその日に、浮遊宮殿エルサイス近辺での目撃情報があります」

「浮遊宮殿エルサイス」

「はい。二神が居城としていた天空の宮殿ですが、神話では赤龍と青龍もそこで大半を過ごしていたという記述があります」

「なんだ。あの告知はやはりお前さん絡みのモノだったのか?」


 アーリエスが横から口を挟んで来た。

 俺は現在持つ祝福の数だけの試練を与えられている事、そしてその試練を突破しつつ神に到達できる者を探している事を伝えた。


「ふむ。お主の持つ祝福は≪悪食≫以外には何を持って居る?」

「≪完璧言語≫と≪天使セラちゃん可愛い≫ですね」

「最後のは意味は分かるが……ま、まあ良いか。その試練を突破し、お主が神になるのか?」

「あ、いえ。俺はそういうのは考えた事も無かったですね。エルシデネオンに神になって貰えないか聞いてみようと思ってまして」

「ははっ。確かにこの世界で最も神に近い存在と言えばあの臥龍ではあるが、この数千年修練も積まずに堕落したデブに神など勤まるものか」


 神話時代から居る龍をデブ呼ばわりしたアーリエスは、少し真顔になって俺に問い質してきた。


「とは言え、この世界の終末は近い。お主がここに来てくれて本当に良かったと思う」

「すぐ暴走してこの世界ごと喰いそうになる時ありますけどね」


 俺は自嘲気味に笑った。


「ふっ。それほどの力がなければこの世界の因果の鎖は引き千切れん。あたしはその力に引き寄せられたかのかも知れぬな。となれば……いずれデブも向こうからやって来るかもな」

「そうだと話は簡単なんですが、一応『門』を使い直接会いに行けたらな、と考えています」


 そこでメアがコホン、と咳払いしてアピールした。

 そうだった、彼女に仕入れた情報を教えて貰っている最中だったんだ。


「ごめんごめん、メア」

「いいえ。セイが色々知り得て、この世界を救って下されば、わたくし達もドゥアでのんびり子育て出来ますから」

「こ、子育て!?」

「あら、セイは子供嫌い?」

「あっ、いや、大好きだけどさ」

「なら、暴走せずに頑張ってくださいね、旦那様」

「……はい」

「頑張って下さいねー。旦那様っ」


 後ろからイスティリが抱き着いて来て頭をグリグリした。


「メアって結構抜け駆けするよねっ。ボクあやうく乗り遅れるとこだった!!」

「あら、残念」

「向こうに乗り遅れた巻き角ちゃんがおるようだがな」


 アーリエスが指さす方向には挙動不審なウシュフゴールが居たが、彼女は俺と目が合うと家に逃げ込んでしまった。


 メアは会話が途切れた瞬間を狙って元の話に軌道修正してくれた。


「じゃあセイ。もう一つは『門』の情報です」

「うん」

「今、起動させることが可能な『門』は計五つあるそうです。王都に二つ、副都に一つ。霊峰カズ山脈の大洞穴の最深部に一つ。狂獣ミナイハリの大森林に一つ、との事です」

「王都とかのをノヴに頼んで貸して貰えないかな? 洞穴の最深部とか狂獣の森林とか怖そう」

「ふふ。わたくしもノヴ=ソランを頼るのが良いとは思います。その上で良い返事が貰えなかったらまた考えましょう」

「うん」

「ですので、理想は王都からエルサイスに飛び、そこで赤龍エルシデネオンに会う、という事になるのでしょうか」 

「分かった」


 そこでセラが悲鳴に近い声を出して俺を呼んだ。


(セイ。あのふとっちょエルフさんが……)


 俺は慌ててセラから飛び出すと、床にはこんがり焼かれてしまったリリオスが突っ伏していた。

 リリオスの近くには剣を持った男性とゴブリンが居り、俺たちが飛び出すと同時に即座に応戦できる体勢となった。

 イスティリとコモン隊の面々も次々に飛び出してきて、一触即発の状態となった。


「何奴だ!!」

「待て、待ってくれ。俺の名はセイだ。リリオスは死んだのか!?」

「セイ!? あのセイか!!」

「誰だっていい、リリオス、おい!! 生きてるか!?」

「ゼ……イ……ど、の……?」


 辛うじて生きてはいるが、その命は最早風前の灯だ。

 俺はシオの石を彼の喉奥に押し込んだ。

 その間、俺の戦士たちは剣士とゴブリンを警戒しつつ様子を伺っていた。


「ガハッ!? ごほ……ごほっ!!」


 リリオスの火傷は見る見るうちに消え去り、彼に血の気が戻り始めた。


「何と!! リリオス殿が」


 剣士とゴブリンは驚愕を隠せなかった。

 今までのやり取りを見るに、彼らは敵ではないのだろう。

 もしかしたらリリオスの用心棒か何かか?


 俺は回復したリリオスを抱き起すと、コモンらに辺りを警戒するように指示を出した。


◇◆◇


 私は埒が明かぬリリオス暗殺に対して、自らで出向いて処理を下した。


 そもそもマルパレの手の者が、毒でリリオスを暗殺すべき所を失敗した時点で嫌な予感がしていた。

 計画の変更を余儀なくされた上、さも落ち度がこちらにある様に論点をすり替えてくるマルパレに嫌気がさした。

 

 しかし初動で失敗し、警戒された中での暗殺は困難を極めた。

 配下を何十と失い、それでもその防衛網を突破出来ずにただ時間だけが浪費されて行った。


 リリオスは魔術師団を招集し、こちらのアジトと、マルパレの屋敷を強襲し始めて居た。

 

「恐らく内通者が居る。洗い出せ!!」

「はっ」


 指示を出してから、私は行動を開始した。

 リリオスの息子パエルルを利用すべく、幾つかの人間を<憑依>で渡り歩いた。

 ようやくパエルルの元までたどり着いた時には、およそ二十名の人間の意識を渡り歩いていた。


 普通であればそこまで魔力が持たない。

 しかし私はそれを意思の力でやり遂げると、リリオスを焼き殺した。


「ハハハハハハハハハッ。流石は魔道騎士。しかし、もう遅い!!」


 <転移>でパエルルの肉体ごとアジトに戻ると、そのエルフの肉体から抜け出し、自身の体へと戻った。


「お帰りなさいませ、ガデア様」

「うむ」

「このエルフは如何いたしましょうか?」

「牢にでも放り込んでおけ。事が済んだら操り人形として舞台に出て貰わなければならんからな」

「かしこまりました」


 私は仕事を終えた解放感から、少し酒を飲んだ。

 少し早い勝利の美酒に酔いしれ、自らの輝かしい未来に乾杯した。

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