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113 リリオスの死

 レガリオスには魔道騎士が二名だけ在籍していた。

 彼等の名はイリダリン、そしてフートックと言った。


「しかし、珍しいな。リリオスが我らを喚ぶ事があるとは夢にも思わなんだわ」


 白髪の老ドワーフ、イリダリンは見事に蓄えた髭を捻りながらフートックに意見を求めた。

 対するフートックは中年のゴブリンで、乱杭歯をガチャガチャと軋ませながら頷いた。


「イリダリンよ。俺はリリオスから一度も顧みられたことが無かった。最初は何かの罠にでも掛かったのかと思ったくらいだ」

「フートック殿も罠かと思うたか。この儂もそうじゃ」


 彼らは目を合わせると、口角を上げてニヤリと笑った。

 イリダリンはオグマフが団長を務める魔道騎士団ダイエアラン・ローの構成員であり、フートックは王都から派遣されてきたレガリオスの監視員であった。

 しかしいかに魔道騎士と言えども、イリダリンはドゥアの女傑オグマフの顔を立てリリオスが黙認しているだけで、さも空気であるかのように扱われていたし、フートックに関しては、王都からの指示にしぶしぶリリオスが折れたに過ぎなかった。


 その彼らが、リリオスの屋敷に招かれたのだから、訝しんで当然と言えば当然であった。


 本来レガリオスはリリオス配下の魔術師が多く在籍し、その純粋な戦闘力はダイエアラン地方でも屈指のものであった。


『俺の魔法師団が居れば、魔王その者ですら撃退して見せるわ!!』


 リリオスは豪語し、奴隷売買と競売で得た資金力を武器に、有能な魔術師達を次々に雇い入れた。


 それ故に魔道騎士は冷遇される傾向にあったのだ。

 魔王降臨時に一分一秒を稼ぎ、死地へと赴く魔道騎士達は必要ないと思われていたのだ。


「おお! イリダリン殿。それにフートック殿」


 リリオスが客間に姿を現すと、彼らは思索を中断し、椅子から立ち上がって深い会釈をした。

 その時、フートックは一瞬、おや? という顔をした。


『リリオスのあの穏やかな顔よ。かつての邪悪さが洗い流されたよう感じる……死の淵で何を得たのか』


 当然ではあるが、王都から監視員であるフートックには、セイと言う名の祝福持ちの動向も随時入って来てはいた。

 リリオスの配下と激突した事も、その結果リリオスが生死を彷徨った事も彼は知っていた。


 対するイリダリンも、オグマフ経由でおおよその情報は把握していた。

 しかしオグマフからの要請は「静観しつつ動向を伺って欲しい」とあったので、特にセイらと接触せずに居た。


 リリオスは彼らの手を交互に握ると着席を促した。

 彼は従僕にフィネと呼ばれるブランデーのような飲み物を持って来させ、魔道騎士たちに勧めた。


「さあ、騎士のお二方。百年に一度あるかないかの至高のフィネです。どうぞ、お召し上がりください」

「はあ……」


 イリダリンは気のない返事をしてから、軽く酒杯に口を付けた。

 フートックは胡乱な目でリリオスを見、それから警戒するように酒杯の縁に指を滑らせ、飲もうとはしなかった。


「警戒されるのも当然でございましょう。今までお二方を冷遇して来たのは誰でもなく、この私の指示だったのですから」

「えらく腹を割って話すな? そこまで言うのは非常に『らしくない』と感じるのは儂だけだろうか?」

「いや、俺も不思議に思っている」


 その言葉にリリオスは軽く笑い、それから真剣な眼差しを魔道騎士達に向けた。


「そう……。私は絶望と言う苦悶の中で光明を得たのです」

「光明、だと?」

「ええ。私はセイという光明を得たのです」

「……ふむ。かつてのお主のドス黒いオーハが、清浄と呼んでも差し支えない階位にまで上り詰めているのは……その男のお陰か」 

「はい。フートック殿」


 リリオスは真摯な男では無かった。

 悪辣であり貪欲、それが彼に下された評価であり、その力は魔王降臨時に必ず役立つと目されていたからこそ、その暴政を断罪される事も無く、レガリオスの統治を任されていたのであった。


 そのリリオスの変化に戸惑いを隠せなかった魔道騎士たちも、幾分回心がいったのか、椅子に腰を深く下し、リリオスの次の言葉を待った。


「そのセイに危機が迫っております。そして、私にも……」


 リリオスは、セイには千名近い兵が迫っている事、自身の屋敷の水には毒が撒かれた事を話した。

 

「もう二十年務めている女中が、全ての水に猛毒を入れた上で自死しました。その毒水は太陽の光に反応し、毒霧となって屋敷の全ての者を死に至らしめた事でしょう」

「だが、この様子を見るに、それは未遂に終わったようだな」

「はい。イリダリン殿。私の屋敷に敵対者の工作員が入り込むように、敵対者の懐にも私の工作員が居りますので……」

「ふむ。流石はリリオス殿といった所か」

「はい。しかしその後も散発的に暗殺者が入り込み、配下が三十二名……命を落としました」

「さ……三十二……。余程お主に死んでもらわなければならんようだな」


 イリダリンの言葉にリリオスは頷くと、黒幕はおそらく闇競売の主マルパレと、魔術結社スーメイ党だと話し始めた。

 

「恐らくは、私を無き者にした後、その後釜にマルパレが座り、スーメイ党は旨い汁を吸いたいのでしょう」

「で、そこにどの様に祝福持ちの男が絡むのだ?」

「それが私にも分かりません。推論の域を出ないのですが、セイが私を殺害した事にして、事態を収拾するつもりなのかも知れません」

「それにしても千の兵か。大がかりすぎやしないか? イリダリン」

「フートック殿。私は至急メア卿に連絡を取ります。それからオグマフ様に」

「そうか。ダイエアラン・ローのハイ=ディ=メア卿がセイに同行していたな」


 フートックはイリダリンが<遠声>の詠唱をし始めるのを横目で見やりながら、リリオスに問うた。


「お主は今までの行いを改めて悔い、一人の男を救う為に我等魔道騎士にまで助力を仰いだ」

「はい」

「そこまでさせるセイと言う男に、俺も会ってみたくなった」


 ゴブリンの魔道騎士フートックがそう言うと、リリオスは深く頷いた。

 そこにリリオスの息子であるパエルルが恐る恐る入室して来た。


「ち、父上?」

「何だ、パエルル。お前は自室から出てはならんと言ったであろう」

「は、はい。その……折り入ってお願いがあります」


 パエルルはゆっくりと近づいて来る。

 その姿にフートックは違和感を覚え、即座に戦闘態勢に入った。


 イリダリンも素早く<遠声>を中断し、リリオスの前面に出た。


「ハハハハハハハハハッ。流石は魔道騎士。しかし、もう遅い!!」


 轟音と共に火炎がその部屋を埋め尽くし、フートックとイリダリンは辛うじて自身を守る事が出来た。

 しかし、リリオスは全身に大火傷を負い、呼吸もままならぬ状態で床に突っ伏していた。


 フートックはパエルルに化けた何者かに<紫電の扇>を乱打した。

 イリダリンは空中に剣を出現させるとそれを手にして切り込んだ。


「おっと。もうこんな所に用はない。またなっ、マヌケ共っ!」

「待てっ」


 パエルルの姿を模倣した何者かは<転移>で姿を消した。

 そこには途方に暮れる魔道騎士達と、今まさに死を迎えようとしているレガリオス領主のみが残された。 


◇◆◇


 ドワーフの豪商マルパレは、怒りを露わにしながらドローマを叱責していた。


「何だ! スーメイ党はリリオスを殺しそこねただと! しかも兵力はたった二百しかこんのか!? 冗談も良い所だ!」

「流石にリリオス、一筋縄ではいきませんね」

「そんな事は聞いて居らん! リリオスを殺さねば大義名分は何処に行くと言うのだ!?」


 そこに配下の一人が駆け込んできた。


「も、申し上げます。スーメイ党よりリリオス殺害成功の連絡が参りました!」


 その言葉にマルパレは先程の激怒はどこにやら、小躍りしながらドローマの肩を叩いてはしゃいだ。


「ようし、手筈通り触れを出せ。『リリオス殺害の容疑でセイに出頭を命ずる』とな!」

「はっ」


 勿論セイは否定するだろうが、そんな事はどうでも良いのだ。

 セイを人身御供にして、レガリオスの実権を簒奪する為の方便なのだから。 

 

 こうして、セイ一行に魔の手が迫りくる。


 ハイ=ディ=メアを付け狙う元『勇者の雛』オリヴィエ=ソラン。


 イスティリ=ミスリルストームを狙うクルグネの実子トラキと、その配下の魔術師達。


 そして、セイを狙うはガデア=エルダイズ。

 魔術結社スーメイ党の女幹部。


 戦いの幕開けは迫っていた。

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