112 暗躍する者達 ④
まったく、嫌な役目を仰せつかったものだ。
私はクルグネ様より八名の配下だけを預かり、レガリオスへ来ていた。
「トラキお嬢様。ご報告差し上げます」
「はい、お願いします」
「イスティリという名の魔王種は確かにレガリオスに滞在しています。祝福持ちの、セイと名乗る男に同行している模様です」
「そうですか、やはり情報屋で仕入れた通りなのですね」
私は毛並みを整えながら思案する。
祝福持ちに仕えている魔王種を暗殺する事は簡単なのだろうか?
配下はともかく自分は痛い思いをしたくないな……。
「トラキお嬢様。その祝福持ちのセイ一行ですが、十名の戦士団に魔道騎士、スクワイの剣士、それに魔王種。加えまして詳細不明の魔族に祝福≪完璧記憶≫持ちのフォーキアンが居ります」
「え~。それ無理な案件じゃん。ガパラさん? クルグネ様に『無理です』って言って来てよ」
「ははは……お嬢様? 言いに行った者は戻りませんよ。そして減った人数でこの案件を処理しなければならないと思います」
「うっわ~。ガパラさんの正論、正直苦痛ですわ」
折角夜会用のドレスも新調したと言うのに、レガリオスへの<転移>が出来ると言うだけで、この任務に選ばれてしまった私の不運を嘆くしかなかった。
私はイヤリングをシャラシャラ弄びながら、何回か往復して戦力を整えるのが最適だとの結論に達した。
「クルグネ様はその魔王種の腕が再生できた理由を探ってらっしゃいますから、出来れば『生け捕りに』とは仰いましたが、正直無理ですね」
「はい。お嬢様」
「仕方がありません。戦力を補強して奇襲し、魔王種を殺したら撤退しましょう。それで任務完了の体は成すでしょう」
「はい。お嬢様」
早速<複数転移>で共周りも連れて帰還する。
説明は配下にさせて、その間にお茶でも頂こう。
「ほっほっほっ。これはトラキちゃんじゃありませんか? もう魔王種を捕縛して来たのですか?」
「あ……いえ。少し戦力を補強しようと思いまして……」
最悪な遭遇と言うのはこういう場合を言うんじゃないかしら?
仕方なく私はクルグネ様に詳細を報告した上で、戦力の補強をお願いした。
「は~っ。仕方ありませんね。けれど、そうするからには確実に『生け捕り』でお願いしますね?」
「えっ!?」
「えっ、じゃありません!! もし失敗でもしてみなさい、タダじゃおきませんからね!!」
「は、はひぃ」
私の声は上ずった。
クルグネ様は私の利き腕を優しく撫で摩ると、満足そうにその場から姿を消した。
あ~あ、もし失敗したら、この可愛いお手手ともお別れか……。
とは言え、一先ずは人員を増やして良いという言質が出たのだ。
ギリギリまで連れて行こう。
私はコボルド魔術師団『クルグネちゃんと愉快な仲間達』の中から選りすぐりの十名を選び、その上で予備役の者達を三十名連れて行くことにした。
「予備役なんて連れて行くんですか? お嬢様」
「はい。ある程度の死人は覚悟しなければ任務は完遂できないでしょう。でも、その時にクルグネ様の手駒を減らしたとなれば、やはり叱責は免れません」
「はい」
「そこで予備役を『壁』に使い突撃します。予備役なら私の財布からでも補充できますからね」
「なるほど。お嬢様も苦労人ですね……。クルグネ様の末子と言えども関係無いのですね」
「それは言わないで下さい。早くあのオバサンが死んで、私が家督を継ぐまでの我慢です」
コボルドは末子相続だから、母上が死んでしまえば、このマーティルも、飛び地のヘレルゥも私の物だ。
そう考えて私の気分は少し良くなった。
もうクルグネ様に遭遇するのも嫌だったので、お茶も飲まずに兵を輸送させる為に往復してからレガリオスに戻った。
戻ると現地で待機させていた配下の一人が私に耳打ちしてくる。
「トラキ様。是非ともお会いしたいと言う男が居りましたので、外で待たせております」
「う~ん。何なのよ、もう。私は疲れたから今日はこれで店じまいよ!!」
「いえ、それが、どうも我々に協力したいと……」
「え!? そんな美味しい話が転がってる訳無いじゃない。騙されてない?」
私は仕方なくその男に会う事にした。
「俺の名はドローマ。アンタ方に旨い話を持ってきた」
◇◆◇
鈍い頭痛を我慢しながら起き上がると、もう外は随分と日が落ちていた。
「随分寝てしまったな」
私は食事を摂る為に、リリオスの屋敷まで歩いて行った。
「これはラメス様。お食事でしょうか?」
「うん。入って良いか?」
「もちろんでございます」
もう私はリリオスの配下のつもりは無かったが、雇い止めされた訳でも無く、自身で申し出た訳でも無かったので、その宙ぶらりんの立場に難色を示されるまでは都合よく利用しようと思っていた。
彼から与えられた屋敷を根城にし、彼の屋敷で食事を摂る。
だが私が食事をしているとリリオスの配下が血相を変えて飛んで来て、私に詰問した。
「リリオス様は大変お怒りだぞ? 何も言わずに出て行ったかと思えば、セイを追っているそうじゃないか!」
より正しく言えば私の獲物はハイ=ディ=メアただ一人であったが、説明する必要も無いのでスープを胃に流し込むとその配下を無視して外へと向かう。
配下は追ってくるが、私が少し剣の柄に手を掛けると硬直して動きを止めた。
「それが正しいと思うよ」
ここも潮時か。
もう少し滞在できると思っていたが、リリオスはセイに傾倒してしまったな。
仕方なく荷物を纏めて街へと出る。
数人、私を尾行している者が居たので、隙を付いて三名殺した。
路地裏で剣を拭っていると、もう一人近づいてきたので剣を構える。
「や。ちょっと待ってください。少しお時間よろしいですか、ラメスさん」
「お前は誰だ?」
「私はガギュと申します。ラメスさんにとって大変良いお話を持って来たのですが」
「良い話だ? おっと、そこから動くな。動いたら首と胴が泣き別れするぞ」
ガギュと名乗った男は動かずに話し始めた。
「兵を貸しますよ。ラメスさん。ハイ卿を殺すための兵をね」
「フン」
「その代わり……」
どうせそんな事だろうと思った。
タダで殺しを手伝う酔狂な奴はいない。
「何だ、言ってみろ」
「セイも殺してください」
何だ、そんな簡単な事で良いのか。
私の返答は聞くまでも無いだろう。
◆◇◆
私が出陣の準備を整えているとガギュが帰還して来た。
「ガデア様。準備が整いましてございます」
「ご苦労」
魔術の防護が幾重にも織り込まれたミスリルの鎖帷子を着込み、魔剣アピスを腰に挿す。
真紅のマントを身に纏い、最後にアダマントの冠を頭に嵌める。
何時もにも増して念入りに戦いの準備を整えるには訳があった。
我らがスーメイ党の首領バルカラ様から、セイの祝福は私が奪って良い、とのお言葉を頂いたのだ。
これで私も遂に祝福持ちか……。
セイという男はあの≪悪食≫と呼ばれる祝福を制御できず、翻弄されている感があったが、この『業火の姫君』と呼ばれる私、ガデア=エルダイズなら支配できる。
現時点でスーメイ党が保持する祝福は二つ。
これで三つ目ともなれば我らが魔術結社の株も上がると言う物だ。
「で、戦力はどのようになっておる?」
「はい。マルパレより私兵五百、ピアサーキンの傭兵五十九、弓兵二十二、魔術師八、僧侶四」
「ふむ」
「コボルド達は魔術師十八、魔術の扱える兵が三十、指揮官として一名、一級<魔術師>が居る模様です」
「彼らの素性は分かったのか?」
「はい。クルグネの配下の模様です」
「そうか。あの犬が利益にならない事をする訳が無い。これは裏があるな」
「恐らくはそうでしょう。続きましてラメス=オータルは、傭兵といいますか荒くれを四十ほど雇った模様です。壁として使ってくれ、と」
「はは。あの女は何者だ? 調べは付いているのか?」
「いえ。複数の遮断呪文と『加護』付きの腕輪を突破できませんでしたので……」
「加護持ちの悪鬼か。味方であって良かったな」
後は、マルパレの手の者がリリオスを殺す。
この日の為にリリオスの私宅に二十年潜伏させていた女が、全ての水に毒を入れていくのだ。
そして、その嫌疑をセイ達に掛けて追い詰める。
もう外野にも手を回してある。
この一件はマルパレとスーメイ党が仕切る、と根回しがしてあるのだ。
これからレガリオスの勢力図が変わる。
その時にこの一件に難色を示したものは干される。
迎合した者には当然見返りがあるのだ。
「作戦は徹底させろよ?」
「はい。まずは『総力でセイのみを狙う。セイが祝福を制御できずに暴走し始めたら一旦撤退し、様子を見る。これを繰り返してセイを疲弊させて実際に暴走させる』ですね」
「うむ」
「その『処理』が済み次第、個々に標的としている人物を殺しても構わない、と通達してあります」
ガギュは快楽主義者の気まぐれな男だが、有能な男だ。
この一件が終わったら、彼にも要職を与えてやらなければな。
セイから祝福を奪うための手段はバルカラ様から頂いてある。
仕込みは上々。
さあ、セイよ。
私の糧となり、その≪悪食≫をスーメイ党に捧げよ!!




