111 暗躍する者達 ③
俺はセイという男を主人の元へ連れてくる事も、捕縛して引き摺ってくる事も出来なかった。
その件で上役から散々叱責を受けた挙句、負傷した仲間の治療費が偉く嵩んで財布までボロボロになった。
「やあ、これはこれはドロ-マさん。お元気ですか?」
俺の隣に立っているヒューマンが白々しく俺を呼んだが無視した。
この野郎は加勢するとか言いながら、旗色が悪くなるとあっさり撤退した腰抜けだ。
「まあ、無視とは酷いですね。ええ。これから私達の主人同士が会合を開くのですから、その配下同士仲良くやりましょうよ」
この気の抜けた男の名はガギュ。
魔術師の暗殺集団『スーメイ党』の幹部のはずだが、どうも掴み所の無い奴だ。
俺達は部屋を一通り探る。
俺は文字通り調度品を調べ、カーペットをめくり、罠が仕掛けられていないか、何者かが潜伏していないかを調べる。
ガギュは幾つかの呪文を詠唱すると「異常無し」と呟いた。
俺は危険が無い事を確認した上で主人を招き入れる。
ドワーフの大商人マルパレ。
表向きは健全な商売のみを手掛ける商人だが、その実、闇競売を仕切る男でもある。
ガギュが招き入れたのはナーガの女性。
恐らくはスーメイ党の大幹部、『業火の姫君』ガデアその人だろう。
ただ、残念ながらそれを確認するだけの勇気は無い。
護衛は俺達だけ。
それがこの密会の取り決めだった。
主たちが椅子に腰掛けると、ガデアが口火を切った。
「本日は私の要望を聞いて下さり、誠にありがとうございます」
「口上などどうでも良い。それよりも本題に入りたい」
ガデアは一瞬ムッとしたが、気を取り直して改めて口を開いた。
「では、早速」
「うむ」
言葉尻だけ捉えればマルパレの方が上位である様に錯覚するが、あくまでガデアが穏便に話を進めたいだけなのだろう。
そうでなければ俺もマルパレも、今ごろ消し炭になっていた可能性がある。
「こちらはセイを捕らえ、<隷従>を使い、リリオス殺害と、祝福持ちの『駒』を得る計画でしたが、時期尚早と判断しました」
「儂も出来ればあの男を配下に加えたかったが、どうも交渉の席にもつかぬ」
「はい」
「そこで、いっそ邪魔にならないうちに殺そうと考えたが、これも上手く行かぬ」
「はい」
「とは言え、あれを放置しておく訳にもいかないので、案を考えて来た。おい、ドローマ」
俺はカデアに説明を始める。
一つはセイ一派と敵対する女剣士ラメス=オータルに、駒を貸す見返りとして彼を殺させる。
「理由は分かりませんが、ラメス=オータルはセイに随行する魔道騎士ハイ卿を追っているらしいのです。そこで、セイも殺すという条件で手を貸そうと考えます」
「何だ、この獣はしゃべれるの? 愛玩動物かと思っていたわ。所でその交渉は纏まった?」
「……いえ。それはここでの会合次第です。話が纏まれば交渉を開始します」
ガデアが挑発するが、それを無視して話を続ける。
「次に、同様にセイに随行する魔王種イスティリの事を探るコボルド達と交渉の場を設けようと思います」
「そのコボルドならこっちにも情報が来てるわ。どうもその魔王種を殺したい様子ね」
「ならより一層交渉しやすそうですね。ラメスとコボルド達を取り込み、その上で我々が戦力を嵩上げする」
「猫風情が大層な口を。……とは言え、そこまでしておいてからリリオスを殺害し、その嫌疑をセイに掛ける」
「儂は悪逆の徒セイを討伐し、己の正当性を主張し利益を得る。レガリオスはパエルルに継がせて、傀儡に仕立て上げる」
「我等『スーメイ党』と致しましては、党内の『祝福』の保持数を増やしつつ、レガリオスでの基盤を盤石なものにする、という事でよろしいでしょうか?」
「ああ、この一件が一段落着いたら、リリオス配下の魔術師達は解雇して、スーメイ党から兵を雇用しようではないか」
「ありがとうございます」
言葉とは裏腹に、ガデアは全く感謝している様子は無かったが、それでもこの件はこの会合の通りに進む事になった。
……今思えばこれが俺の転落人生の始まりだったのだと気づくのは一年後の事だった。
◇◆◇
私は珍しくドゥア領主オグマフ様の屋敷に呼ばれていた。
メア姉さまがドゥアを去ってからは、オグマフ様に会う機会が無かったのだ。
「よく来た、ハイレアよ。実はお前に頼みごとがあって呼んだ」
「お久しぶりでございます。オグマフ様」
「うむ、うむ」
オグマフ様は私を椅子に座らせると、美味しいお菓子を振舞ってくれた。
「実はな、先だってメア卿より通信があってな。セイ殿に配下が出来たそうなのじゃが、その配下の奥方が身ごもったのじゃ」
「はい、オグマフ様」
「そこで旅を続けるセイ達に奥方を付いて行かせる事は無理だと判断した」
「はい」
「ハイレアよ。セイ達は今レガリオスじゃ。護衛を付けるゆえ、その奥方をこのドゥアに連れて来てはくれまいか?」
「えっ。私がですか?」
「うむ。護衛は魔道騎士が付くので大丈夫じゃ。それにお主とも少し面識のあるプラウダを随行させよう」
「私でよろしいんですか?」
「久しぶりに姉に甘えて来ると良い」
オグマフ様は私を気遣ってここに呼んで下さったのだ。
私はメア姉さまに会える、と浮かれてしまってその後の話をうわの空で聞いていた。
「……という訳で、レガリオスの近くに着いたらギリヒムが通信で落ち合う算段を取り付ける。おいっ!? ハイレアよ、聞いておるのか!?」
「はっ、はい!!」
オグマフ様はやれやれ、という顔をしながら杖で頭をコリコリ搔いていたが、それでも最後は笑って許して下さった。
……オグマフ様の屋敷から帰宅する途中、私は何故か道に迷って暗がりの多い路地に迷い込んだ。
「ハイレアよ。お前に『試練』が訪れる。用心せよ。心して掛かれ」
「影法師……」
暗がりに『影法師』が潜んでおり、私に語り掛けて来た。
この者が来ると私は陰鬱な気分になった。
「雛よ。勇者の雛よ。先日の告知は耳に届いたか?」
【候補:ヘイリヒス=クレ=マクーリエンが脱落しました。残り候補は六名となります】
私がこの『告知』を聞いたのはもう一週間も前だったのに、まるで今さっき聞いたかのように思い出す事が出来た。
「……何故、私なの?」
「……」
何の返答も無かった。
私は『影法師』をキッと睨むと、踵を返して大通りを目指した。
「何故、私なの?」
その答えを知るのはずっとずっと先の事だった。
私はその『答え』を知った時、膝を付いてコラス兄さんの名を叫んだ。
『ハイ=ディ=レアよ。立ち上がるのだ』
影法師はその時ですら無慈悲に私を立たせようとした。
◆◇◆
俺はプルアの為に、そして産まれて来る俺の子の為に<滋養>の霊薬を買ってやりたかった。
プルアは少し食べては悪阻で吐いてしまい、見かねたイスティリ殿が、夜に魔法の木の実を持って来てくれた。
「プルアさん、これ」
「イスティリ様! これは本当は貴女の手を治す為の物なのだと聞きました。頂けません」
「んー、ボクの手はいつかは治るよね? でもお腹の赤ちゃんはその子だけだよ?」
「あ、ありがとう、ございます……」
プルアはその木の実を押し抱くようにして食べた。
その様子を見て、俺は妻の為にもセイ殿と交渉すべきだと考えた。
「セイ殿はどちらにいらっしゃいますか? イスティリ殿」
「二人とも、イスティリで良いよぉ。なんかムズムズする。……ええっと、セイ様はメアと葡萄の木を見てるはずだよ」
「分かりました」
俺は天使の世界へと入り込む。
この四角いサイコロが天使だと知った時に俺は驚き、セイがこの天使を女性扱いして居る事に更に驚いた。
俺も、俺の部下もここに自由に出入りできるが、特に用が無い時はセイ殿たちの『神域』として遠慮していた。
今日もグンガル達は大部屋で天使を囲むようにして交代で夜警に立ってくれていた。
しかし、今日は是非ともセイ殿に会わなければ。
「セイ殿!」
「コモン。どうしたんだ?」
「そ、その、なんだ……」
葡萄の木の剪定について熱弁を振るっていたメア卿は、空気を読んだのか一礼すると席を外してくれた。
俺はセイと給金についての話をする。
「ああ。そりゃそうか。そういった話をしていなかったね」
「はい。いきなり押しかけてカネの話で申し訳ありません」
「いや、いいよ。もう言ってる間にお子さんが産まれて来るんだから、普通気になるよね」
「……はい」
「一応七日ごとに一人金貨十枚。コモンは二十枚。それとは別に支度金としてそれぞれ金貨百枚を渡しておくよ」
「えっ!?」
「あれ? 少なかったかな……。一応メアと相談したんだけど」
「あ、いえ。余りに破格なので驚いたのです。俺たちを奴隷から解放するカネも必要でしたでしょうに?」
「そこは気にしなくて良いよ」
「あの……本当にそんなに頂いてもよろしいんですか?」
「うん。それと……」
「それと?」
「あそこの金貨、中央のが俺の物だから、その、なんだ……砥石が欲しいな、って時とか、男どもがちょっと羽目を外したいなーって時に好きに持って行くと良いよ」
「羽目を外したい時」
「うん。俺も男だから。ホラ、ね?」
「……ははっ! 分かりました! ありがとうございます」
良い主に巡り合えたものだ。
早速セイ殿は金貨の入った皮袋を人数分持って来てくれた。
何でも俺達が武器を選んでいる間に購入しておいたらしい。
「け、結構重いな」
「手伝いますよ」
「あと、これはプルアさんの分。メアの屋敷を借りれると言っても色々入り用だろうからさ」
俺はもう少しで泣く所だったことを白状しておく。
外に出るとプルアはあの木の実で落ち着いたのか寝息を立てていた。
イスティリは優しくプルアの髪を撫でていた。
「おかえり、コモン。じゃあボクも寝るね」
イスティリは小声でそう言うと、天使の中に戻って行った。
「お前達。セイ殿から支度金を頂いてきたぞ」
俺が小声で伝えると、仮眠を取って居た者達も飛び起きて目を輝かせた。
歩哨当番ダルガとペイガンはチラっとこちらを見たが、それぞれ担当している窓際と扉からは離れなかった。
ブルーザが口笛を吹いてザッパに叩かれていた。
「こら。お嬢が寝てるんだぞ」
「す、すまねぇ」
俺は確か<滋養>の霊薬は一本二金貨位で買えたよな、と考えながら、皆に皮袋を配って回った。
何時も読んでくださる皆様に心からの感謝を。




