110 暗躍する者達 ②
翌朝は軽く食事にするとコモン達の装備や日常品、衣類などを買いに出た。
レガリオスを大手を振って歩けると言うのは快適だったが、当然ラメスを警戒しながらである。
唯一セラの中で留守番になったメアは寂しそうにしていたが、今日は切り替えて葡萄の木を剪定をするらしい。
「解決したらまたお洋服を買って下さいね」
「ああ。その服に合う宝石もあつらえような」
「必ずですよ?」
まずはコモン達の武器と防具を見に行った。
俺が長旅になると伝えると、彼らは胸元だけ薄い金属を張り付けた革製の胴鎧を買い、それに皮のグローブとズボン、それに硬いブーツを購入していた。
しっかりした縫製の鎧下も選ぶと着こみ、その上から胴鎧を装着すれば立派な戦士団だ。
「セイ殿。予備の下着や靴下なんかは姉妹店の服飾屋で買えば割引してくれるそうですよ」
「そうか。なら次は武器だな」
「待ってました!!」
アーリエスやシンは防具に興味が無さそうだったが、武器選びと聞いて目を輝かせた。
「シン!! お前もセイ殿に双剣を買って貰え」
「はい。セイ殿。ワタクシも選んで宜しいでしょうか?」
「ええ。シンさんは剣士なんですよね」
「はい。スクワイ流刀剣術<コラン>の皆伝でございます」
そのコランと言う剣術がどんなものか分からなかったが、アーリエスとシンの自信のありようから察すると、結構な腕前なのかもしれない。
コモンは両手持ちの大剣、グンガルは斧を選んだ。
昨日のテーブルで同席だった中年、トルダールは両手槍を選んで居た。
最年少のフィシーガはソバカスだらけの若者で、トルダールの甥にあたるらしかった。
彼も槍を選んだが、その槍は片手持ちらしく、対になる小型の盾を選び始めた。
ダルガと言う名の青年は片手剣に小型の盾を、双子の弟であるらしいパルガも全く同じ装備を揃えていた。
二人とも金髪碧眼だが髭も濃く、俺はヴァイキングみたいだな、と密かに思った。
コモン隊で最も巨漢であるブルーザは両手メイス、最も痩せた小兵であるザッパは片手メイス二本を手に取り、お互いのメイスをゴッゴッとぶつけ合ってニヤニヤしていた。
「ブルーザとザッパは同郷なんですよ」
コモンがそれとなく教えてくれた。
陰鬱そうな長身の青年ペイガンはクロスボウと中型の剣。
盾を買うか少し迷っている様子だったが「重すぎるのも問題だよな……」と呟くとクロスボウの矢を見に行っていた。
最後まで遠慮しながら控えていた三十手前位の男レキリシウスはフレイルという可変式のメイスを選んでいた。
彼は左目の側面から顎下に掛けて裂傷を治療した痕があり、顔が少し引きつっていた。
レキリシウスは俺の視線に気が付くと胸に手を添え、ペコリと頭を下げてくれた。
それから彼らは予備の武器として短剣を腰に挿したり、ダーツの様な武器を買っていた。
ベルモアが使っていたタイプの投げナイフも人気らしく、革製のベルトに数本刺さった奴を肩口に付けたり、腰に巻いたりしていた。
アーリエスはシンの為に短剣を二本選んでいた。
「シン、これなんてどう? 鋼の層がキメ細やかで頑丈そうよ」
「お客様、お目が高い。こちらは鋼を織り込みつつ作るドフ鋼の名品でございます」
「ではワタクシこれに致します。セイ殿、宜しいでしょうか?」
「ああ。もちろん構わないよ」
「ありがとうございます」
シンは胴に皮のベルトを巻くと、左右に短剣を挿した。
スクワイの胴は目よりも上にあるので、俺から見ればハチマキを巻いて、その左右に短剣を挿したみたいに見えて面白かった。
シンはしきりに触腕で短剣の出し入れをして、その感触を試しているようだった。
イスティリは斧を見ていたが、お眼鏡にかなう逸品には出会えなかったらしい。
彼女はコモンや他の戦士達と談笑しながら時間を潰していた。
ウシュフゴールは興味津々と言った体で店内を見ていたが、結局面白半分に買った投げナイフを油紙に包んで貰っていた。
「何も買わないと言うのは駄目かと思いまして……」
この子、お店に入ったら何か買わないと気が引けちゃうタイプなのか。
俺もコンビニでトイレ借りるだけなのにガム買っちゃったりしたなぁ、と思い出して一人で笑っていた。
「トウワ。お前も武器でも買うか?」
(ははっ。何の冗談だよ。じゃああそこの剣でも持ってみるか)
彼は俺の冗談に乗ってくれて、剣を持ちに行ったが彼の触手では剣は持てず、『トゥルン』と滑って取り落とした。
(ほらみろ! 店員が俺を睨んでないか? あーあ、セイの口車に乗った俺が馬鹿だった)
「はははっ」
俺はひとしきり笑った後で会計の際にその剣も買った。
「セイ様? 使いもしない武器何て買ってどうするんですか?」
「後でル=ゴに食べて貰うんだ。そうすれば何かの役に立つかな、と思って」
「じゃあ、斧も一つ買ってボクの為に食べておいてください」
「分かったよ。なら他にも幾つか食べておくか」
俺はそれ以外にも幾つか武器を買い、小出しにル=ゴに食べて貰ったが、この判断は良かった。
『武器が無い』という状況が避けられるのは大変心強いのだと後々知る事になる。
それから衣服や毛布等の必需品を購入し、食堂で昼食にした。
俺は道すがら梨に似た果物を買い、その食堂でセラに食べて貰う。
「所でセラ。この前食べた桜桃はいつ食べれるのー? ボク待ち遠しい!」
(うふふっ。あれは昨日初めて実を付けましたよ。お家の裏手です)
俺がイスティリに通訳してやると彼女は小躍りしていた。
ウシュフゴールは昼食を食べると「……お昼寝」と呟いてセラの中に戻ってしまった。
彼女は兎に角よく寝る。
睡眠の魔術を完璧に習得した彼女が、沢山寝る事には何か関連があるのだろうか?
俺はサンドイッチに似た調理パンを盆に乗せてセラの中に戻った。
「メアー。お昼持って来たよー」
「あら、嬉しい。丁度お腹が空いてきた所でしたわ」
彼女に食べて貰いながら、ハイレア達が後どれ位で到着するのか聞いた。
「そうですね。明日の正午にはレガリオスには着くはずです」
「なるほど」
「ギリヒム殿には<遠声>でリリオスと和解した経緯まで伝えているので、そのまま『酔いどれ包丁亭』まで来て貰いましょうか?」
「いや、ハイレアさんも来るならレガリオスから少し離れたほうが良いな。ラメスの動向が分からない今、出来る限り不安要素は減らしておきたい」
「……つまりは、妹も標的にされる可能性があると言う事ですね」
「ああ。現状ではそこも考えておいて損はないだろう。レガリオス近郊の村辺りで落ち合えないか相談してくれないか?」
「分かりました。以前セラの中から呪文を唱えたら駄目だったんですが、もう一度試してみようかしら?」
メアは呪文を詠唱したが、どうもセラの中では<遠声>は効果を発揮しなかったようだ。
「セラ? 何で呪文が使えないんだ?」
(セイ。わたくしの世界は別次元にありますからね。流石に無理じゃないでしょうか?)
そうか。
よく考えたらセラの世界は別の次元になるんだ。
そりゃ無理か。
仕方なくメアに一旦外に出て貰った。
彼女は発声を拾われない<雷鳥>で通信を取る。
どうも思念で作った手紙を伝書鳩の様な呪文で送るらしかった。
「これで一先ず大丈夫でしょう」
メアは後でどんな内容を送ったのか教えてくれたが『コレトーという村で明日正午に待つ』という内容だった。
◇◆◇
オリヴィエ=ソランは<気配鈍化>を使いセイ達が食事をしている様子を伺っていた。
しかし肝心のハイ=ディ=メアが見当たらない。
一瞬だけ彼女が姿を現したかと思ったら、即座に搔き消えてしまった。
恐らくは呪文による通信を取ったのだろうが、戦士たちの壁が厚くて何を唱えたのかすら分からなかった。
「クソが」
地道に狙い続けるしかない。
オリヴィエは一旦金で雇った斥候に見張るよう伝えると休息をとる事にした。
執念が彼女を焚き付ける。
その執念がオリヴィエに新たなる力を吹き込もうとしていた。
【……】
「何だ? 今の雑音は?」
【□ □□□□】
耳鳴りが止まない。
流石に丸一日寝ていない状況では無理も無かろう。
オリヴィエはリリオスから与えられている屋敷に<帰還>すると、ベッドに倒れこんだ。




