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108 ラメス=オータルという女性

「ねえ? 私もその旅に付いて行って良いかな?」


 ラメス=オータルは椅子から立ち上がり、そう伝えてきたが、メアの表情を見て断る事にした。


「いや。悪いけど無理だ」


 ラメスは露骨に嫌そうな顔をした後、食って掛かって来た。


「何故? 何故なの? 私はそこの烏賊よりも遥かに強い。絶対に役に立つよ?」

「強い弱いじゃないよ」

「ねえ。リリオス様からも言って下さい。この私の有能さと実力を」

「セイ殿。確かにラメスは強いですよ。剣技だけで測ってもレガリオスで並ぶ者は居ないでしょう。それに二級<魔術士>でありながら三級<僧侶>です。どこをとっても実力者。セイ殿のお供に最適かと思われますが?」

「そうそう! このラメスは誰よりも有能! そこのちびっ子魔族や魔道騎士よりも役に立ちますよ」


 ラメスの言葉に俺は違和感を拭えなかった。

 彼女は初対面のメアに敵意を向け、かつメアが魔道騎士だと知っている。

 俺はその違和感を信じる事にした。

 

 加えるなら、俺の仲間を下げてまで自分を売り込んだその面の皮の厚さが鼻についた。


「すまないが、その話は無しだ。俺は強さを基準にして人を雇ったりしていない」

「タダで良いわ。路銀は手出しで賄うわ」

「しつこいね、君も」


 その言葉にラメスはイラついた表情を隠そうともせず扉を蹴破って出て行ってしまった。

 メアは心底安堵した表情を見せ、イスティリはメアの髪を優しく撫でた。


「セイ殿……ご無礼を致しました」

「いえ。確かに彼女は強いんでしょうけど、精神的に未熟で不安定な気がします。雇わなくて正解でしたね」

「確かに、そうかもしれませんね」


 俺はその後リリオスに食事に誘われたが、まだコモン達にキチンとした食事も摂らせていないので遠慮した。

 リリオスはしきりに残念がった。


「所で、今宿はどちらにお取りになっていらっしゃるんですか?」

「宿は追い出されてから『精霊』の中で寝泊まりしています」

「そうでしたか! 『酔いどれ包丁亭』に騎乗蜘蛛が置いてありましたので、そちらで宿を取られているものと思っておりました」

「ああー、しまった。蜘蛛は置いてきちゃってたか。取りに行かないとな」

「なら私が『酔いどれ包丁亭』を貸し切っておきます。是非、ここにいらっしゃる間はそちらで寝泊まりなさって下さい」

「ありがとうございます」


 俺は彼の厚意に甘えることにした。

 イスティリは大はしゃぎでピョンピョン飛び跳ねて、アーリエスに「ここの料理すっごく美味しいんだよ!」と満面の笑みを浮かべていた。

 

「セイ。後でお話があります」

「うん。ラメスの事か?」


 メアはコクンと頷く。

 彼女の青ざめていた顔に、ようやく血の気が戻り始めて居た。


◇◆◇


 ラメス=オータルことオリヴィエ=ソランは、親指の爪を噛みながら怒りの発作を抑えていた。

 彼女はレガリオスでの一連の騒動の最中、どさくさに紛れて奪った書類の中で一人の名前を発見した。

 

 ハイ=ディ=メア。

 彼女が殺そうと画策しているハイレアの姉に当たる人物。

 

 オリヴィエはこれを僥倖と見た。

 彼女は偽名を購入した後、即座にドゥアに向かう予定であったが、一旦リリオスの剣客として雇用される事にした。

 そして、あっさりと雇用されたが、それも彼女の実力あっての物である。


 最も新鮮な情報が行き来するレガリオスの領主に取り入った彼女は、ハイ=ディ=メアの雇用主セイの動向を伺った。


 目的はハイ=ディ=メアの殺害。

 メア卿の生首を手土産にハイレアに会いに行く。

 ただその為だけに、彼女はそれを成し遂げたかった。 


 しかし今回は無理だ。

 魔術師達が無数に居るリリオスの屋敷で遭遇してしまったのは運が無かった。

 そこで一計を案じてセイに取り入ったがナシのつぶてであった。


「やはりあのままハイ=ディ=メアを殺してから遁走するべきだったか?」

 

 流石のオリヴィエでもそれは無理だろう。

 彼女は自身の親指の爪を歯で引きちぎると、澄ました顔でリリオス達の居る部屋の近くまで戻った。

 そうしてから中の会話を盗み聞きした。


『なら私が『酔いどれ包丁亭』を貸し切っておきます。是非、ここにいらっしゃる間はそちらで寝泊まりなさって下さい』

『ありがとうございます』


 影は私を見捨てたが、天は私を見捨てていない。


 オリヴィエ=ソランの顔には自然に笑みが零れた。


◆◇◆


 酔いどれ包丁亭は創業以来の危機に陥っていた。


「シリリ様! もうパンが無くなります! 肉も豚と鳥は切れました!」

「シリリ様!! 燻製と塩漬けは全て使い切りました。どうします!?」

「あなた! あ、あの魔族ちゃんがお肉のパイをもう七つ下さいと!」

「な……」


 店主であるシリリ=コトは絶句した。

 もうかれこれ三時間はただひたすら来るオーダーを捌いていたが、それも食材的な制限で限界に近づきつつあった。


「ありとあらゆる肉でパイを作れ! イロモノですが、と言って野菜のパイも出すんだ! 魚も使え! 肉詰めを刻んで具材にしろ! スープを出して時間を稼げ!! パールはパンの小麦を練るんだ。発酵させる時間が無い? そんな事は分かっている! 俺が何とかする!」


 彼は汗だくになりながらも高揚していた。

 ここまで俺の料理を旨い旨いと食べてくれる!

 食材が無くなるまで食べ尽してくれるなんて!


 数時間前、リリオス様直々に『酔いどれ包丁亭』を貸し切りたいとの申し出があった時、丁度その日の夕食のピークであった。

 宿自体は貸し切りにして、宿泊客は別の姉妹店に無料で移動して貰ったのだが、流石に今居る食事客までは無理だ。

 

 そこにリリオス様から伝えられていた二十名近い団体が到着して、テーブルが空く度に次々に座っては山のような注文をし始めた。


「セイ殿ー。こっち空きましたよー」

「まずはお前達が腹いっぱい食ってからだ」

「何言ってんですか! セイ殿が座らんと俺ら座れませんぜ!」

「そ、そうか」


 あのセイという男が一番偉いらしかったが、配下達に思いやりを持って接しているのがシリリの琴線に触れた。


「ああいう男は伸びる」 


 シリリは大喜びで包丁を握っていたが……。


「シリリ様! スープのダシが切れました!」


 彼は現実に引き戻された。

 そう、彼はかれこれ三時間ひたすら料理を作り続けていたのだった。


「このシリリの名に賭けて! この危機を乗り越えて見せる!」


◇◆◇


 私は運良くセイ様の隣に座る事が出来た。

 遠くでイスティリが「ちぇー」と言う顔をしたが、お料理に夢中になってしまったのか視線を感じなくなった。


「ウシュフゴールは好きな食べ物とかあるのか?」

「わ、私、スロホが好きです! 後、キンザ」

「分かった。給仕さんに聞いてみよう。お酒は?」

「葡萄酒を!」

「分かった。コモン、プルアさんも好きに頼んでね。あと、ええっと……」

「俺はトルダール、こっちはフィシーガだよ。セイ殿」

「その内覚えて下さいね! あっ、おねーさんー。注文、注文聞いてーっ」


 肝心のセイ様はと言うと、葡萄酒の瓶とエールを頼んでいた。

 祝福≪悪食≫があるとあんなにも飲むのかな、と思っていたが、葡萄酒のほうはセイ様から出て来た蛇が瓶ごと食べてしまった。


 お料理に舌鼓をうちながら、今日リリオスと和解出来た事を話してくれる。

 私が隙を付いて「あーん」とやると、セイ様は左右をキョロキョロした後で、お肉を口に運んでくれた。


 少し調子に乗った私は、熱いスープをスプーンにすくって、フゥフゥしてからセイ様の口元に運んだ。

 セイ様は少し照れながら差し出したスープを飲んだ。


 ああ、あの唇にもう一度触れたい。

 私はスープをすくって今度は自分の口元に運んだ。

 

 アーリエスとかいう新参者が私達のセイ様の膝に座りに来た。

 

「セイ殿。どうもあたしにはまだこのテーブルはデカすぎる様だ。膝に乗るから口に運んでくれ」

「シンじゃ駄目なのか?」

「シンはそもそも膝が無い。あとツルツルするから乗れたとしてもズリ落ちる」


 セイ様はキツネ娘を膝に乗せて食事を再開した。

 私は羨ましくて堪らなかったが、イスティリとメアさんは目が怖かった。


 ずっとこっちを見て来るあの二人の視線を避けながら私は葡萄酒を飲み干した。

スロホ=きゅうり

キンザ=にんじん

と置き換えてください。


セイはウシュフゴールの為にきゅうりとにんじんのピクルスを頼みました。


何時も読んで下さる皆様に感謝を。

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