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107 今後のプラン ④

 リリオスの屋敷に到着すると門番に話を付けて門の前で待機した。

 門番曰く、幾らかの報奨があるらしい。

 今はピアサーキンの姿形をしているので神妙に貰う事にするか、と思っていると魔術師が数名出て来てあっさり<変身>を解除された。


 俺たちはアーリエスを置いてセラの中に逃げるか思案したが、その魔術師達が杖を大地に置いて膝まづいたので呆気にとられた。


「セイ様、その配下の皆様方。リリオス閣下がお待ちでございます」

「リリオスが?」

「はい」


 まあリリオスも昨日の一件で懲りた事だろうし、その気になればセラに逃げ込める安心感も手伝ってか彼に会う事にした。


「会おう」

「セイ? 危険ではありませんか?」

「そうだね。でもこの機会を逃せば俺はリリオスと会話する機会が無いとも思うんだ。俺の世界には『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という諺がある。危険を避けるんでは無く、時には向かう決意も必要なんだ」

「分かりました。でも、無理はしないで下さいね」

「うん」


 俺たちの会話を聞いて魔術師達はホッと胸を撫で下ろすと屋敷へと案内し始めた。

 門を潜ると小さな庭があり、その先にリリオスの屋敷があった。


 彼の屋敷は大理石を使った豪奢な作りで、幾分成金趣味だったが、それよりも目を見張ったのが警備兵たちが魔術師で構成され居た事だ。

 彼らは俺たちを見ると素早く腰に挿した短い杖に手を添えていた。

 

 屋敷の内部でエルフ女性とすれ違った。

 彼女は俺を見るなりニコリと微笑み掛けてきた。

 

 衣服こそ質素だが、腰に挿した長剣が異彩を放つ。

 立ち振る舞い一つ一つが豹の様にしなやかで機敏だ。

 さしずめ彼女は用心棒か何かか。


「こんにちは。貴方がセイ様ですね。私はラメス=オータル」

「こんにちは。ラメスさん」


 彼女はまた俺に微笑むと、俺たちの後ろを付いて来た。


 こっそりとイスティリが耳打ちしてくる。


「セイ様。あの人、かなり危険です。殺気を押し殺して付いて来ています」

「うーん。もう揉め事はウンザリなんだけどなぁ」

「でも、セイ様に殺気を向けてないんですよね」

「そうなのか?」

「はい。彼女はメアに対して敵意を持っているようボクは感じます」

 

 当のメアが居心地を悪そうにしていた所を見ると、どうやらイスティリの考えは的を得ているようだった。

 何故彼女がメアに敵意を向けるのかは分からなかったが、事を起こす気は無いのか、彼女は笑みを崩さずに静かに付いて来ていた。


 案内の魔術師が扉の前で立ち止まり、ノックをすると中から使用人が出て来て俺たちを招き入れた。

 俺が中に入ると同時にリリオスが小走りに駆けて来て神妙な顔で、恐る恐る俺の手を握った。 


「スヴォーム殿。よくぞおいで下さいました」

「今はセイだな」

「そっ、そうなのですか!? ではセイ殿とお呼びすればよろしいんでしょうか?」

「はい」


 リリオスは俺たちにソファを勧めると、使用人にお茶を入れさせた。

 ラメスもさも当然と言わんばかりに近くの椅子に腰掛けると、勝手に焼き菓子にまで手を伸ばし始めた。


 この展開に俺は拍子抜けしたが、リリオスがお茶を一口すすると話し始めて納得した。


「先日は大変ご無礼を致しました。俺は、いや私はあの時死の淵に居りました。もう駄目だと思って居ったのです。それを救って下さったセイ殿に感銘を受けたのです」

「感銘?」

「はい。私なら慈悲を与えず見殺しにします。今までそうやって生きて来ましたから……」

「俺は出来れば穏便に……と思いながらもスヴォームを止められず貴方の配下を随分と死に追いやりました。それについては本当に悪かったと思っています」

「いえいえ! 私が貴方様に勝機の無い喧嘩を売った。ひとえにそのせいでございます……」


 それから彼は先日の戦闘で逃亡、あるいは退却した者達については厳罰を与えず全てを不問にした事、戦死した者の遺族には慰問金とその後の補償を確約した事を話し出した。


「お恥ずかしい限りですが、このリリオス、死の淵を彷徨った事で今までの行いを顧みる機会を得ました」


 俺の知っているリリオスはいつも眉間に皺を寄せている肥え太ったエルフだったが、今の彼は随分と穏やかな顔をしていた。

 彼は使用人やラメスが居るにも拘らず、俺の前まで歩み寄ると膝を折って俺に頭を下げた。


「どうか、このリリオスをお許しください」

「分かりました。この一件はこれで手打ちにしましょう」


 俺は彼と和解をした。

 俺の心を動かしたのは、彼の兵士たちに対する処遇だろう。

 リリオスが苛烈に兵士たちに厳罰を与えていたとしたら、俺は彼の謝罪を受け入れなかったと思う。


「ありがとうございます。セイ殿」


 イスティリとメアも安心したのか、口も付けて居なかったお茶に手を伸ばした。


 アーリエスは焼き菓子をパクついてはお茶で流し込んでいたが、百七十年の記憶がある割にはそれは幼女の仕草そのものだった。

 彼女は尻尾をフリフリしながら口の周りを粉だらけにしていた。

 時々メアがハンカチを取り出して彼女の口周りを拭いてやっていたが、首をプルプルと振ってイヤイヤした。


「所で、今日ここに来たのはこの子を連れてくるためだったんです」

「はい。祝福持ちのフォーキアンですね。この娘を奪いに来た魔王種とセイ殿は鉢合わせになった。そこであの四角い精霊の中に避難させた。おおよそそこまでは調べがついております」

「ええ。ですので、今日本来の持ち主であるハルレット商会にお届けしたのですが……」

「はい。あまりにも危険なので改めて私が購入しました。ここなら魔術師達も何十と居りますし、それ以外にも防護呪文や守護魔法も充実しておりますので」


 俺は納得して、アーリエスにお別れを言ってから立ち去る事にした。


「そういう訳だから、ここでお別れだ。短い間だったけど同じ祝福持ちに出会えてよかったよ」

「ま、待ってくれ! り、リリオス様と言ったか? あたしはコイツについて行きたい! コイツが目指す先を見てみたい!」

「ふむ。正直私がこの子を所有していても宝の持ち腐れですね。二代前の『勇者』の知恵袋、アーリエス様ですから。……どうでしょう、セイ殿? このフォーキアンを買いませんか?」

「本当ですか!?」


 この提案に俺は驚いた。

 だが正直この提案は魅力的だった。


 この子はここの誰よりも色々知っている。 

 この旅に同行してもらえるならそれは願っても無い事だった。


 そして、俺はリリオスと売買契約を交わし、アーリエスを『金貨一枚』で購入した。  


「こんな値段で良いんですか?」

「はい。金額ではありません。貴方様の旅路にこのフォーキアンがお役に立てるかと思います」

「ありがとうございます」


 それから、スクワイのヒリスシンが呼ばれ、彼もアーリエスの『オマケ』として俺たちの旅に同行する事になった。

 

 後に判明するのだが彼は細身の剣を二本持たせれば無類の強さを発揮する剣士だった。

 そのヒリスシンの剣技で仲間たちは随分と救われる事になる。


「シン!! どこに行ってたのよ! もう!」

「それはワタクシの科白でございます。お嬢様。もうワタクシは心配で心配で……」

「あたしが簡単に死ぬわけないじゃない! 所でシン、あたしはこのセイ殿に付いて行くことにしたの」

「左様でございますか。ではワタクシもご同行致します。セイ様、皆様方、ワタクシ、スクワイのヒリスシンと申します。お気軽にシンとお呼びください」


 一応アーリエスもシンも奴隷身分であるらしかったが、呪紋が入っている訳でも無いので書類上の物でしかない様に思われた。


「でも、あたし達は奴隷のままで居るわ」

「何でだ?」

「奴隷身分にまで堕ちた天才美少女軍師が異世界人の元で世界に羽ばたいて行くのよ! これほど物語になるモノは無いわ!」

「流石お嬢様! ではワタクシも奴隷身分のままお嬢様をお守り致します!」


 何か違う気がするが、彼女らが非常に楽しそうにしているので水を差さずにそっとしておいた。


「所で、セイ殿はこれから何処に行くつもりだ?」

「一応ダイエアランの大図書館に行こうかな、と思っています。そこからは何も考えて無いけど」

「そうか! 初代のあたしはダイエアランの北にあるトールキルの生まれだ。あそこらの地理には詳しいぞ!」


 プルアをオグマフが寄越してくれる人に預けたらダイエアランに出るか。


「なあ、メア。オグマフは誰を寄越してくれるんだ?」

「魔道騎士のギリヒム殿にプラウダ=スカガさん。それにレアが来ます」

「おお。プラウダさんにハイレアさんか! ちょっと滞在して貰って皆で美味いもんでも食うか!」

「はい!」

「えっ。美味しい物!? 食べる食べるー」


 殆ど話を聞いていなかったイスティリが食事の話となると文字通り食いついて来てはしゃいでいた。


「ねえ? 私もその旅に付いて行って良いかな?」


 ラメス=オータルがスッと立ち上がると俺の前に来てそう言った。


 メアが一瞬嫌そうな顔をした。

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