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106 今後のプラン ③

 皆が寝静まった頃にイスティリとメアが木の実を食べに来た。

 彼女らは俺にウィンクしてから家に戻って行った。


 珍しくその日俺は独りで寝た。

 毛布はコモンにやってしまったので草地に寝そべり、満天の星空を見ながらうとうとする。


 そこで俺は唐突に≪悪食≫達が居る、薄暗い部屋に呼ばれたかの様に移動していた。

 丸テーブルには蝋燭が一本灯っており、そこにはル=ゴがワインを飲みながら座っていた。


「ル=ゴ」

「……」


 彼女は俺と目を合わせながらも何も語ろうとせず、ゆっくりとワインを空けながら静かに沈黙していた。


「今日はお前一人か?」

「そうだ」


 彼女はようやく口を開くと、俺の元に歩んで来た。


「本当に弱い男だな、お前は」


 ル=ゴは眉間にしわを寄せ、絞り出すかのように言葉を紡いだ。

 俺は憤りを覚えたが、今日の出来事を思い返せば全くもって彼女の言う通りでしかなかった。


 俺はまたしても≪悪食≫を制御できず、スヴォームに意識を乗っ取られる寸前だったのだから。

 メア達の血によってスヴォームの支配が緩み、その機に乗じて窮地を脱していなければ、俺はスヴォームの躰として全てを喰らい尽していただろう。


「俺は……弱い」

「知っている」


 鋼の意思が欲しい。

 ≪悪食≫達を制御出来る鋼の意思が欲しい。


「そんなものは必要無い。お前は何か勘違いしている」


 俺を取り込もうとする≪悪食≫の神格にそう言われるのは意外な気がした。


「私が今から語る事は独り事だ。酔った女が少しばかり昔話をする。ただそれだけだ」


 ル=ゴは滔々と語り出した。

 彼女の語りを聞いている内に、俺は白昼夢の様に脳内に映像が流れ込んできた。


 俺はその映像の奔流に飲まれ、見た事も無い異世界を、五感の全てを使い『体験』した。

 そうなりながらもル=ゴの語りは聞こえ、映像と詳細にリンクしていた。


◇◆◇


 ルーメン=ゴースと言う名の次元があった。

 そこには一人の女神が居り、その次元を守護していた。


 ルーメン=ゴースは文明の段階こそ低かったが、女神の加護により比較的生活は安定し、人々は温和で信心深い者が多かった。


 その平和な世界にいずこからか災禍が訪れる。

 男たちは騎士としてその災禍に挑み、女たちはそれを補助した。


 だが、次第に災禍に圧され、人々は死に、疲弊していった。

 彼らはルーメン=ゴースの守護者たる女神に祈りを捧げ、庇護を求めた。


 しかし、女神はその全能力を持って災禍を抑え込み、その上で自身の手から零れ落ちる禍が人々に舞い降りるのを忸怩たる思いで見つめていたのであった。

 そう、女神は災禍の殆どを抑える為、身動きが取れない程の状態にまで陥っていたのだ。


『力が欲しい。強い意思が欲しい。災禍を完全に抑え込める絶対的な能力が欲しい』


 その女神は自身の願いを叶える為には、一旦抑え込んでいる災禍を手放し、その上で新たな高みに上り詰める必要があった。

 しかし、女神は更なる高みへと至る段階には到達していなかった。


 災禍を手放し、私が研鑽を積む間に人々はどれだけ死ぬのだろう?

 この世界はどれだけ傷付くのだろう?


 ただ、このまま災禍を抑え込み続ければ、世界は滅びこそしないものの、戦いと血の匂い立ち込める争いの次元となるだろう。


 自身が抑え込める内は良い。

 災禍が力を増し、私が抑え込めなくなったとしたら?


 そうしてなお、私はこの世界を守り続け……その先に光明を見いだせるのであろうか?

 

 否。


 そうしてなお、人々は私を信じてくれるのだろうか?


 否。


 人々の心が離れて行き、力を失った私に、この災禍は抑え込めるのか?


 否。


 しかし……。

 女神の葛藤と不安をよそに世界は荒廃し、人々は荒んでいった。


『この災禍は……元は祝福を制御出来ずに取り込まれた邪神。私がこの者を取り込み、自らで祝福≪悪食≫を制御して見せる』


 女神は賭けに出た。

 賭けに出ざるを得なかった。


 災禍を手放さずに処理出来さえすれば、愛する大地ルーメン=ゴースは守られる。


 ……だが。

 彼女は長い間、力を使い過ぎた。

 人々の信仰は離れた。


 その中で、女神ルーメン=ゴースは≪悪食≫を制御出来ず、自らが愛した世界を喰らい始めた。


「女神よ。何故です? 我らが何をしたというのですか?」


 傷付き、血を流した一人の騎士が女神に問う。

 この世界最後の生き残り。


『私は全てを喰らう。お前も、この世界も。全てのモノは私の中で永遠の眠りにつくがよい』


 蛇へと変じた髪が騎士に喰らいついた。

 彼は次第に石へと変わっていく。


「ル…………ゴ……様」


 彼女の周りには数多の石像が立ち並んだ。

 女神ルーメン=ゴース討伐の為に送り込まれた、最後の戦士達の亡骸。


 それを少しずつ齧り取るようにしては食べながら、女神は血の涙を流した。


 その涙が大地に落ちる度、世界ルーメン=ゴースは石が砂になるように崩れて行った。


 世界を全て喰らい、女神は次の獲物を求め、新たなる餌食を求めて次元を彷徨った。


 新たなる『災禍』の誕生であった。


 ……そこで俺は唐突に薄暗い部屋に呼び戻された。


「……ル=ゴ」


 俺が見たのは……ル=ゴの?

 俺はル=ゴを見たが、彼女は自分の席まで戻ると蝋燭の灯を吹き消した。


「求めるのは意思の強さでは無い。お前は私と同じ轍を踏むな」


 蝋燭が消える瞬間、彼女はそう言った。

 

 彼女は何故≪悪食≫に取り込まれた神格であるにも拘らず、俺にこのようなヒントをくれたのか。

 ル=ゴは愛するモノを喰らった。

 俺は愛する者を喰らおうとした。


 そこに何かを感じ取って、ル=ゴは俺にこのような機会を設けてくれたのかも知れない。


『女神さまー。今年一番の葡萄酒です。どうぞお召し上がりになって下さいー』


 若い女性の声が木霊する。

 緑色の髪の乙女が美味しそうに酒杯を空けていた。


『次はボトルで欲しいな』


 人々の笑い声が聞こえた。


◇◆◇


 翌日、俺達はメアの進言で俺・イスティリ・メアの三人でアーリエスを送り届ける事になった。

 今度はピアサーキンに<変身>してみたが、アーリエスが興味津々と言った体で「なぜそこまで警戒するのか?」と聞いてきた。

 仕方なくリリオスと敵対しており、昨日も交戦して彼の兵を随分殺してしまった事を伝えた。


「何だ! 虫一匹殺せない様な顔をしながらなかなかやるな!」

「褒めて貰って恐縮なんですが、同じ人類を殺すのは後味が悪いです」

「それはそうだ。その感覚が正常だからな。殺しが普通になるとそれは単なる殺人鬼だ」


 その感覚が正常、と言われて俺は少しホッとした。


「所で、この輸送機は良いな! 飛空艇の様に移動できる上に居住空間は広くて快適だ」


 輸送機と言われたセラは類を見ない位激怒していた。


(セイ! とっととこの尻尾娘を追い出してください! わっ、わたくしを輸送機だなんて!)


 俺はこの空間がセラという名前の天使が管理する小世界である事を伝えた。


「彼女は『輸送機』と呼ばれて激怒してます。もうそんな事は言わないと誓って下さい」

「えっ!? この中は天使が管理している異世界? お前は何者だ!?」

「掻い摘んで話しますと異邦人です。祝福も幾つか所持していますよ」

「異世界人というのはおおよそ推測できていたが、お前も祝福持ちだったか!」

「ええ。さて、お店の裏に着いたらしいですよ。外に出ましょう」


 俺たちがハルレット商会レガリオス支店の暖簾をくぐると、店内は爆弾でも投げ込んだかのように大慌てになった。

 なんせ行方不明になったフォーキアンが戻って来たのだからそうなるか、と思っているとオーナーらしき老人の一喝で一旦は静かになった。


 俺は攫われそうになっていたフォーキアンを助けて匿って居た事を告げる。

 店内がシーンと静まり返った。


「これはこれはありがとうございます。わたくし、ハルレットと申します。折角お越し頂いた所申し訳ないのですが、このフォーキアンはリリオス様の預かりとなってしまいました。もし報奨などをお望みでありましたなら、リリオス様のお屋敷に向かわれるのが吉かと思います」

「うわー、リリオスかぁ」


 そこでハルレットは自店の商人が魔王種に切り殺され、護衛もやられてしまった事を俺たちに教えてくれ、結果、祝福持ちフォーキアンは余りに危険なのでリリオスが買い取る事になったのだと教えてくれた。


「ボク達、そこに居たんですけどね」

「しーっ」


 俺たちは嫌々ながらリリオスの屋敷に向かう事になったが、正直道中不安で不安で仕方なかった。

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