105 今後のプラン ②
俺が口を開こうとしたその時、コモンがそれを柔らかく手で制した。
そうしてから彼は俺に感謝の言葉を述べた。
「セイ殿。グンガル、それに妻のプルアから全て聞いた。俺たちを解放してくれて本当に感謝している。この恩は生涯忘れない」
彼らは両膝を大地に付け、口々に感謝を述べ、その上で俺の言葉を待った。
「これも何かの縁だろう。グンガルが俺を頼って来た時、俺はコモン達を解放して戦士として雇い入れたいと思っていたんだ。利害が一致したのさ」
「はい。それも伺っております」
「ただ、俺には危険が付き纏う。君たちを雇用しても死地に追いやるだけかもしれない」
「……セイ殿。俺達はあのまま奴隷状態だったなら、虚ろな人生を歩んで、隷従から脱却する機会も与えられず死んで行くだけでした。その中から救い出して下さったセイ殿に、どうか付いて行かせて下さい」
「ありがとう。ただ、嫌になったら言ってくれ」
「はい。俺達は本日をもってセイ殿に忠誠を誓う戦士だ。何なりと言ってください」
「分かった。ではお前達が俺の元を去るまで、俺たちの剣として動いてくれ」
「はっ。このコモン=ターレル、そして配下一同、『コモン隊』として貴方がたをお守り致します!!」
彼らは改めて頭を下げると、それぞれ名を名乗った。
「ありがとう。だが、まずは休養を取って体力を戻してくれるか? それから装備や旅支度を整えよう」
「分かりました。グンガル、お前にも本当に感謝している。ありがとう」
「いえ。俺はプルアさんに救われた。次は俺の番だったんだ」
その光景を涙を流しながら見ていたプルアが、唐突に口を押えて走り出した。
どうやら遠くに行って吐いているようだ。
様子を見に行ったメアが教えてくれる。
「セイ。プルアさんは妊娠しているんじゃないでしょうか?」
「「えっ!?」」
俺とコモンが同時に声を上げた。
そこに青ざめた顔をしたプルアが戻って来て、コモンに微かに微笑み、恐る恐る彼に伝えた。
「こんな時ですが、コモン、貴方はお父さんになるんですよ」
「ほっ、本当か!! ははっ。プルア、でかした!!」
コモンは彼女を抱きかかえると破顔した。
彼はプルアを抱えたままくるくると回っていたが、プルアの顔色が更に青くなって来て慌てて彼女を降ろした。
「すっ、すまん!!」
「いいえ。うぷっ」
「コモン様。プルアさん、おめでたですか。良かったっすね!」
配下達も彼らを取り囲んで大喜びだ。
そこでコモンは真剣な表情を俺に向けた。
「セイ殿。俺は貴方の為に身の粉にして働きます。ただ……」
「ああ。プルアさんには元気な子供を産んで貰わなければならないよな。どこか身を寄せれる所はあるか?」
「いえ。もうレガリオスには居られんから今から探さなければならないですね……」
俺は思案した。
プルアが安全に子供を産める場所となれば……。
「セイ? ドゥアに身を寄せて貰いませんか。わたくしの屋敷なら幾らでも提供致しますよ?」
「メア!!」
「ご婦人。その話は真に受けて良いんですか?」
「わたくしの名前はハイ=ディ=メアと申します。ドゥアの魔道騎士です」
「魔道騎士!! 信用できる事この上ない。ハイ卿、ご厚意に感謝致します!!」
「いいえ、お役に立てて光栄です」
メアはコモンにニッコリと微笑みかけてから、プルアの手を優しく握りしめた。
「メア様……」
「ふふ。元気な赤ちゃんを産んで下さいね」
「はい!!」
こうしてコモン達は俺の仲間となり、プルアは出産の為にドゥアへと向かう事になった。
「セラ?」
メアがセラに声を掛けた。
セラはココッと振動して返事を返した。
「今何処にいるか分かりませんが、安全な場所についたら教えて頂けませんか? この件をオグマフ様に連絡して置こうと思います」
(セイ。今丁度高い屋敷の屋上ですから、メア様にお教えください)
俺がメアに伝えると、彼女は外に出てオグマフとの交信を取って帰って来た。
「セイ。オグマフ様が人を寄越して下さるそうです。プルアさんに護衛を付けてドゥアに向かって貰います」
「メアは手際が良いね」
「ふふ。褒めて下さるんでしたらわたくしの唇があいていますよ」
俺は偉くストレートなメアの発言に驚いたが、そこに怒り心頭のイスティリが割り込んできて未遂に終わった。
「ちょっとー!! メア!」
「あら? ふふっ」
その様子を見ていたアーリエスが少しうんざりした様子で「そっちの話は終わったのか?」と聞いてきた。
「ええ」
「ならあたしはこれからどうなるのか教えてくれんか」
「そうですね。アーリエスさんはどうしたいですか?」
「一旦、あたしを商人の店に連れて行って欲しい。一応買われた奴隷であるしな。そこにシンも居るのではないかと思うのだ」
「律儀ですね」
「まあな。呪紋こそ付けられて居らんが、勝手に逃げ出す訳には行かん。それにシンは唯一の臣下だ。見捨てられん」
「単なる興味本位なんですが、何故シンさんは臣下なんですか?」
「うむ。前世で最期までシンは付き従い、今生で奴隷として生を受けたあたしに対し臣下としての礼を取ってくれた忠義者なのだ」
「なるほど。確かに忠義の人ですね。……では明日にでもその商人の店に行きましょう」
「うむ、助かる。店はハルレット商会レガリオス支店。番地はスギレ大通り西辻八番だ。当の本人は死んでしまったとは言え、莫大な金が動いて居るのだから行ってやらねばな」
何の迷いも無くサラサラと唄うように言葉を紡ぐこの幼子は、確かに百七十年の記憶を持つ転生者なのだと改めて認識した。
とは言え、今日は色々ありすぎた。
それぞれが寝る支度をし始めた。
女性陣はタライに水を張り、家に運び込んで水浴みの準備をし始めた。
「セイ様ー。狐の子も水使って貰うよー」
「ああ。分かった。ホラ、水使ってベッドで寝て来なよ? 腹が減ってるならそこの葡萄と桃を持って行くと良いよ」
「ありがとう。そっちの小さな木の実は食べちゃいかんのか?」
「あれはイスティリの木だからね」
「イスティリ? あの小柄な魔族か。分かった。桃を二つ貰って行くぞ」
アーリエスは桃を抱えて小走りに家に入って行った。
イスティリとメアが笑顔で迎え入れ、ウシュフゴールは大きな欠伸をしていた。
トウワはどうも海辺で漂っている様子だ。
俺はコモンとプルアに毛布を持って行く。
「プルアさん、良かったら向こうの家ならベッドもありますよ?」
「お気遣いありがとうございます。けど、今日はコモンと一緒に寝ます」
「そうですか」
それからコモンの配下達に頭を下げた。
「悪いな。今日は雑魚寝で我慢してくれ。明日にでも毛布や必需品を買うからさ」
「いえっ。セイ殿。俺たちゃ昨日まで奴隷でしたからね! こうやって好きに出来るだけで十分です!」
「助かるよ。あそこの桃と葡萄は好きに食べて良い。けど、二本ある小さな木はイスティリの物だから手を付けないでやってくれ」
「分かりました! 所であの金貨の山は……」
「中央の山は俺のだから、常識の範囲内で持って行くと良い。他の二つは俺のじゃないから触らないでくれ」
「わかりました!」
コモン隊の面々はこの約束を守り、砥石や鎧のリベットを買う時以外、殆ど金貨に手を付けなかった。
ごく玉に歓楽街で羽目を外すのに使っていたが、それは俺も男なので黙認した。
俺は毎週彼らに給金を支払い、「ボーナス」や「有給休暇」も導入して彼らを驚かせたがそれはもう少し後の話だ。
「魔道騎士!! 信用できる事この上ない。メア卿、ご厚意に感謝致します!!」
上記を
「魔道騎士!! 信用できる事この上ない。ハイ卿、ご厚意に感謝致します!!」
に変更。
この時点でコモンがハイ=ディ=メアを、メア卿と呼ぶ知識はありませんよね。




