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104 今後のプラン ①

「セラ。何故ミュシャが俺に≪悪食≫を授けたのか、前に聞こうとしたことがあったよな」

(ええ)

「こんな危険な祝福を授けた意図は何処にあったんだ?」


 俺は眼前に広がる地獄絵図から目を背けながら彼女に問うた。


(ミュシャ様がセイに≪悪食≫をお与えになったのは、そうしなければこの世界を救うことが出来ないと判断したからです)

「その結果、俺は神格の制御も碌に出来ないままに人を殺め、俺を慕う彼女らを毎回のように危険に晒す……」

(それでも……あなたがこの世界を救えなければ、このウィタスの全て者が死に絶えます……)


 例えそうだとしても!!

 俺はあの神格達に身も心も奪われ、ウィタスの死期を早める結果にしかならないのではないのか!

 

 いつか俺は愛する者達を食べるのではないか。

 例えその時、俺の人格は搔き消え、あの≪悪食≫に潜む神格達に乗っ取られ『俺』で無くなっていたのだとしても……。


(例えそうだとしても、貴方は進むのです。……貴方が≪悪食≫に飲み込まれる時、貴方が死ぬ時、その時は、わたくしが黄泉路をお供しましょう)

「セラ……」


 俺は虚ろな目でシオの石を取り出すと、歯で割り、その欠片をメアの口に、口移しで押し込んだ。

 彼女の口の中でシオの石は溶け、彼女の体を癒して行く。


 イスティリとウシュフゴールにも分け与えた。

 彼女らは俺の体を力の限り抱擁し、決して手では石を受け取ろうとはしなかった。

 

 二人にも口移しで石を押し込むと、ようやく彼女らは離れた。


 石を受け取る時、イスティリは俺の下唇を甘く噛んだ。

 イスティリは俺の事を「優しい」と言うが、本当に優しいのは彼女だ。 

 俺は優柔不断で流されやすい只の男にしか過ぎない。

 優しいイスティリ。


 俺は、まだ生きている兵士や魔術師達にもシオの石を渡そうとした。 

 まだ意識の戻らないメアを片手に抱いたまま、彼らに近づく。


「ヒッ!? こ、殺さないでくれ!! たっ、頼む……俺には妻と幼子が居るんだ」

「こないでっ。かあさん!! とおさん!! たすけてっ」


 もう殆ど動かない体を引きずり、あるいは四つん這いになって逃げようとする者。

 俺に放心した表情を見せる者……諦めたかのように目を瞑る者。


 そして、もう事切れた者達。

 俺が、彼らの人生を終わらせたのだ。


 セラの中に退避して逃げる事が最適であったにも関わらず、俺は怒りに我を忘れ、心のタガを外した。

 俺の心の弱さがスヴォームに付け入る隙を与えた。


「セイ様、貸して」


 イスティリが俺の腕から石をもぎ取ると、手際良くまだ生きている者達の口に無理やり押し込んでいく。

 

「かっ、体が!!」

「……元に戻って行く!?」


 幾人かは石を吐き出してしまっていたが、その光景を見て慌てて砂利ごと石を口に入れた。

 

 数名がボソボソと感謝の言葉を口にしたが、多くの者がどう反応して良いのか分からず呆然としていた。

 

「お、俺を助けてくれたのか!? スヴォーム様!」


 何と、リリオスは生きていた。

 俺は彼が好きでは無かったが、それでも何故かホッとした。


「……すまなかった」


 俺はリリオスに、そして俺を見つめる兵士や魔術師達に深々と頭を下げた。


「行こう」

「はい。セイ様」


 俺たちはセラの中に入る。

 次の瞬間、俺は意識を失ってしまった。


◇◆◇


 気が付くとベッドで寝ていた。

 それを優しく見つめていたのはメアだ。


「ここは?」

「セラの中ですよ。セイが建ててくれた家のベッドです」

「そうか……。っメア! 体は大丈夫か!?」

「ええ。お洋服は台無しになりましたが、わたくしは傷一つありませんよ」

「そうか。良かった……」

「わたくしが付けたい傷は、セイからの傷だけです」


 メアはそう言うと顔を真っ赤にして俯いた。


「その、セイ?」

「イスティリが言っていたのですが、その……みんなセイから口移しで神様の薬を?」

「あ、うん」


 メアはガバッっと顔を上げると俺の眼前に近づいて来る。


「わ、わたくし、覚えてません!!」

「?」

「わたくしだけ覚えてないんです!! ですので、セイ、も、も、もう一度ですね、その、く・く・く・口づけをですね!!」

「えっ!?」


 あれは口づけでは無く口移しだぞ、と思ったが、イスティリが話を盛ってそうな気配がした。

 メアはそんな俺の考えも知ってか知らずか、意を決して覆いかぶさり、目を瞑ったままキスをして来た。


 ガチリッ!


「っつー??」


 前歯同士がぶつかりあって火花が飛んだ。

 

 そこにノックも無しにイスティリが入って来て地団駄を踏んだ。


「んっもー、メア!! 抜け駆けは無しって約束じゃん!」

「あ、いえ、イスティリ。覚えている一回と覚えていない一回は天地の差があると思うんです、わたくし」

「そんなの関係ないよっ。ボクだってセイ様ともう一回する!」


 しどろもどろに弁明するメアをぴしゃりとやるとイスティリは宣言し、実行に移し始めた。

 彼女は俺の頭をがっしと掴むと無理やり距離を縮める。


 ぐっぐぐぐぐ……。


「ちょ、ちょっと待て、イスティリ?」

「何を待つんですか! 男なら据え膳は食べるべきです! だいたい何ですか! セイ様は何でも食べるのにボクの唇は食べないんですかっ」

  

 イスティリは顔を真っ赤にして叫んだ後、突撃して来た。

 メアは「次はわたくしの番です」と悲鳴を上げてイスティリとの場所取り合戦を始めた。


「ここは譲らないっ。セイ様、もう一回しましょうー」

「ちょ、ちょっとお。イスティリは二回目でしょう? 次はわたくしです!」

「おーおー。こんな真昼間からいちゃこらして、攫われてきたあたしを放置とは良い度胸だねぇ」


 そこに冷めた声がした。

 開けっ放しになったドアの枠に手を付いてこちらを見つめるのは≪完璧記憶≫持ちのフォーキアン、アーリエスだ。

  

「あ、いや。攫ってきた訳じゃあないんだけどな」

「あっそ。じゃあ詳しく話を聞かせてよ? あとシンはどこ?」

「シン?」

「あたしの『オマケ』よっ。スクワイのヒリスシン!」

「ええっと。ゴメン、何処にいるか分からないや」


 アーリエスは狐の尻尾をブリブリ振りながらプリプリ怒りだした。


「あのねっ。一から十まで説明しなさい! そうしないとそこの女の子たちに色ーんな事教えちゃうわよ?」

「色ーんな事?」

「そうよっ。『男を落とす為の手練手管』がいいかしら? それとも『恋敵を蹴落とす百の方法』の方がいいかしら? ウッフフフ」

「し、師匠と呼ばして下さい! ボクはイスティリ! イスティリ=ミスリルストーム!!」

「……し、師匠。悪くない響きよ!」

「わ、わたくしにもその『男を落とす手練手管』をご教授ください!」

「おいおい……勘弁してく……」


 最期まで言い切る事は出来なかった。

 何故ならイスティリとメアにキッと睨まれたからだ。


◆◇◆


「なるほど、おおよそ分かったわ。で、あたしが使った『出来レース』って言葉について知りたいのね」

「ええ」


 俺たちは焚火を囲んでセラの世界の魚を食べていた。

 俺にイスティリ、メア、それにウシュフゴールにトウワは勿論の事。

 それにグンガル・プルアにコモンとその元配下達も加え、更にはアーリエスと総勢十七名の大所帯だ。


「残念だけど、あたしもこの言葉の本来の出所は知らないの。あたしの一代前が出会った『黒騎士』に教えて貰った言葉なのよ」

「黒騎士?」

「うん、黒騎士。彼は世界中を放浪している漆黒の鎧を身に纏った男よ。今、まだ生きていれば六十歳に届くんじゃないかしら?」

「その黒騎士は何て言ってたんだ?」

「ええっとね。『この世界は出来レースなんだよ。人口調整の為に同族を二派に分けて戦争させてるんだ。ウィタス延命の為にね』と言ってたわ」

「そうなのか」


 俺は少し落胆したが、それでもその黒騎士を調べればまた違った何かが見えて来るのかも知れないと切り替えた。

 しかし、人口調整の為に二派に分けている、という見解は気に掛かるな。


「セイ。昔からその様な考え方はありました。トレモ学派は異端派ですが『世界の崩壊は確定事項である。それまで人と魔族が争い延命し、奇跡を待つ』という教義です」

「ふーむ。それでも『出来レース』ってのが引っ掛かるな」


 ウシュフゴールは釣りが気に入ったのかコモン達とずっと釣りをしていた。 

 コモン達はローテーションを組んで釣りを手伝ったり、魚を捌いたりしてくれた。


「セイ殿。あの巻き角魔族は大丈夫なのか? 事ある毎に唇を触りながら『もう歯を磨かない』とか言ってるんだけど?」

「大丈夫だよ。怒らせると眠らされるぞ」

「何だ、それ」


 コモンの配下は笑いながら釣りに戻って行った。

 食事が終わると、俺は今後のプランについて皆と話し合う事にした。

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