101 奴隷都市レガリオス⑧
もうすぐ大競売が始まる様だ。
俺たちはスクワイに変身して、奴隷のみを扱うエリアの椅子に腰掛けていた。
「触手で座るのって難儀だよな。慣れが必要だ」
「父様。モリスフエの様な『希少種』だったら人型なんですよ。ボク達も人型のスクワイにして貰えば良かったですね」
「あの子は『希少種』というやつだから人型なのか。何とも不思議だな」
「伝承だと、人に恋した烏賊が魔法の薬で乙女になって結婚するんです。その子孫は大半イカですけど、たまーに人の外見をした仔も産まれます」
「なるほどなぁ」
地球にもそう言う類の伝承はあった気もする。
人魚姫のハッピーエンド版なのかな?
「それにしてもイスティリは良く知ってるね」
「えへへ。ボクは主要十二部族の言語は勿論、風習や生活様式にも精通しているのです! 今日ボクの事はイリスティリと呼んで下さい。スクワイ風の名称です!」
「じゃあ俺はイリスセイにしとこう」
「わたしはさしずめイリスゴールでしょうか?」
等と言っていると所々にブラ下げられた提灯の様な物体からリリオスの口上が聞こえ始めた。
どうやら拡声器の様な代物であるようだった。
「えー、えー。ご来場の皆様方。リリオス様からご挨拶があります。ご清聴下さい」
「本日はリリオス主催の大競売にお越し下さいまして……」
別にリリオスの口上なんか聞いても面白くも何ともないので途中から聞き流した。
これでようやくコモン達を解放できる。
プルアとグンガルはソワソワし始めた。
トウワは全く興味が無いのか会話に参加すらせず居眠りしている様子だったが。
最初は腕に覚えのある剣士や魔術師達が競りに掛けられたが、興味が無かったのでスルーした。
そして小一時間程した所でようやくコモンが壇上に上げられた。
「番号二十番。都市レガリオス所有。元戦士。四十歳。コモン=ターラル。開始値は六百金貨」
おおっ!! という声が上がるが誰も入札には参加しない。
「あれがパエルルに喧嘩売った馬鹿か」
「見せしめにああやって週一で辱めを受けてるんだったよな?」
「ああ」
後方に居た商人たちがしたり顔で囁き合っていた。
コモンは随分と痩せたようだった。
プルアが肩を震わせながら椅子に座りなおし、グンガルが「お嬢。もう少しの辛抱です」と励ましていた。
「入札者無し」
終了を知らせる木槌が叩かれようとした瞬間、俺は触手を挙げて「入札する」と声を張り上げた。
「何故だ。あんな良いヒューマンに何故入札せん? 労働力は幾らあっても良いものだろう?」
「父様っ。私の奴隷っ。沢山買って!! 領地を開墾させてもっと麦を植えるの!!」
「うむうむ。帰ったら荒れ地を整備させような」
即興だが上手く会話を繋げた。
俺たちの会話を競売人は呆然と聞いていたが、俺が「入札すると言っているんだ!」と大声を張り上げると、彼は慌てて「入札あり! 六百金貨から!」と競売人としての職務を全うした。
「おいおい。どこの田舎者だ? 何も知らないのか」
「だが、良かったんじゃないか? 俺たちもあの見せしめをコモン=ターラルとその一味が死ぬまで続いていたとしたら、時間の無駄でしかなかったしな」
「それもそうだ。俺達が買えない奴隷がここから八人続くんだもんな。そいつらも買ってくれんかな?」
競売人に一人の男が近づいて来て彼とヒソヒソと話し始め、進行は少し停滞した。
どうやら入札が無い前提での出品だった為、実際売って良いものかを話し合っている様子だった。
しかし話は纏まったらしい。
カンカン! と木槌が叩かれると俺はコモンを落札することが出来た。
すぐさま俺の横に使用人が来て書類を手渡すと、立ち去って行った。
「父様。読みましょうか?」
「うん」
「ええっと。簡単に言うと『即金のみ』『落札後の交渉は不可』『呪紋を解除するかしないかを選べます』『この奴隷競売終了後、纏めてお支払い下さって結構です』『支払い完了後に奴隷を引き渡します』とあります」
「分かった。ありがとう」
そこでプルアとグンガルがそっと俺の触手を握って来た。
「ありがとうございます」
プルアは涙声で囁いた。
「全員助けますよ」
コモンはと言うと、壇上から呆然とした様子で俺を見ていたが、俺の次の発言を聞いて心底落胆した顔をした。
「グフフフフ。コキ使ってやるからな! 麦の収量倍率を倍に出来たら解放してやる!」
俺は大声を張り上げて周りにアピールしたのだ。
「あーあ。可哀想に。あれならレガリオスでの労働の方が良かったんじゃあ?」
先程の奴隷商人が少しコモンに同情していた。
それを見ていた競売人は納得したのか、先程会話していた男に頷く。
その男も軽く頷くと、そのまま姿を消した。
そこからは次々とコモンの配下だった者達を落札し、俺は彼らを全員落札することが出来たのだった。
一様に彼らは『助かったのか!?』からの絶望顔を披露してから壇上を引き揚げて行ったが。
「グフフフフ。コキ使ってやるからな! 麦の収量倍率を倍に出来たら解放してやる!」
俺はこのセリフが気に入って全員に大声を張り上げたのだ。
「父様? そろそろ切り上げないと」
「ううむ。お前がそう言うなら仕方ない!!」
俺たちはまた一芝居売って奴隷の競りから遠ざかると、一旦清算する事にした。
「もう一度聞きますが。呪紋は解除していいんですね?」
「うむ。どうせ逃亡した所で僻地だ。野たれ死ぬ」
「……分かりました」
使用人が解呪士を呼び、コモン達の呪紋を解除していくよう伝える。
その間に俺は支払いを済ませ、契約書にサインした。
「父様は少し触手が悪いの。ボクが代わりに書きます」
「はい」
イスティリが素早くペンを受け取るとサインをしてくれた。
モリスフエの手紙に書いてあった文字に似ている気がしたので、スクワイの文字かもしれない。
コモン達は解放された喜びでは無く、終始辛気臭い顔をしていた。
だが小声で彼らにタネ明かしをしてやる。
「俺だよ……セイだ。プルアさんに頼まれてコモン達を解放しに来たんだ」
「まじかよっ。本当にセイか!!」
「ああ。今は<変身>で姿を変えてる。ここを出るまでは悟られたくないからな、お前たちも辛気臭い顔しとけ」
「あ、ああ」
そう話していいると、どこかからか歓声が上がった。
「あたしの名前はアーリエス! アーリエス=フォーキリ=スエア=エマ四世!! 祝福を得て四度の転生で記憶を保持する美少女にして天才軍師!! 本日の大競売の目玉商品よっ!」
俺は駆け足で奴隷競売所に向かった。
そこからは熾烈な、本当に熾烈な戦いが始まった。
「30,000!」
「35,000!!」
「40,000!!!!」
「ろ、60,000だっ」
「な、な、70,000だあああ」
俺は前もってイスティリとメアの金貨も合せた金額を把握していた。
「正直、ボク達がお金を稼ごうと本気で動いたら何とでもなります。だから有り金使って下さっても構いませんよ」
「イスティリの言う通りです。わたくしが情報を仕入れる分は先に引いておきますから、気にせず全額使って下さい」
「ありがとう」
しかし、現実はかくも残酷な結果を迎えた。
「220,000」
眼光鋭い商人が提示した額を俺は上回ることが出来なかったのだ……。
俺は恥も外聞も無くその商人の袖を掴んだ。
「たっ、頼む! あの子と少しで良いから話をさせてくれ。俺の国の言葉を使ったんだ!!」
「何を言いたいのかさっぱり分からん。どいてくれ」
「待ってくれ!! そ、そうだ、好きな金額を提示してくれ! それを支払うから! ほんの少しで良いんだ!」
商人はウンザリした様子で「なら100,000金貨」と冷たくあしらった。
「分かった! すぐ支払うから待ってくれ」
俺は魔法のポーチを取り出す。
商人はギョっとしたが、それでも購入金額の半分が返ってくると言う誘惑に負けて折れた。
「ここじゃ駄目だ。何か変な取引をしていると思われたら俺の商売に響く」
「なら何処でだ!」
「裏手にある『夕霧亭』で馬車を待たせてある。今日はこれで引き上げだから、支払いを済ませたらそこで落ち合おう。そうだな……半ザン後でどうだ?」
「……分かった」
俺は一先ずメアと合流する事にした。
コモン達は辛気臭い顔をしながらゾロゾロと付いてきた。
「あら、旦那様。そちらはどうでした? こっちは沢山の文献や書物、それに最新情報なんかも手に入れましたよ」
「ありがとう。こっちはコモン達は落とせたが、フォーキアンは高くて手が出せなかった」
「そんなに高くなったんですか! 残念でしたね……」
俺はそのフォーキアンと会話するためだけに、大金を支払う事を話した。
「あら? わたくし達の中に『女の子』を増やさずに旦那様が納得出来るんなら、それは一つの正解ですね」
メアはコロコロと笑うとイスティリの触手をギュギュっと触った。
「なるほどっ。ボクはその考えが無かった!! と、なるとこれは良い方法だね!」
「ふふ」
俺たちは夕霧亭に向かった。
そこには先程の商人が幾人かの護衛を付けて待って居た。
「お待たせしました」
「いや。そんなには待って居ない」
彼の後ろには例のフォーキアンが居た。
俺は彼女に声を掛けようと近寄った。
「おい、まずは金がさ……」
商人が言おうとした矢先、彼の頭が消し飛んだ。
グラリ……と彼の体は倒れる。
「なっ!?」
俺たちは慌てて辺りを見回す。
俺の、俺の真横には……鉛色の肌の男が、湾曲した刀に商人の顔を突き挿して掲げていた。
その男は半裸で、腰に僅かな布を巻いただけという異様ないで立ちで、刀から滴る商人の血とも髄液ともつかない物を舐めとっていた。
「セイ様っ!」
イスティリが素早く動いた。
が、その男はフォーキアンを小脇に抱えると飛び退った。
「きゃあ!?」
「ゲヒ・ゲヒ・ゲヒ……」
そいつは暴れてもがくフォーキアンを掴んだまま、壁をよじ登り逃亡し始めた。
何時も読んで下さる皆様に感謝いたします。




