100 奴隷都市レガリオス⑦
どうせこのまま競売所に向かっても危険だらけで大変だろう。
どの様にして競売に潜り込んでコモン達を、そして祝福持ちのフォーキアンを無事に競り落とせるかをセラの中で話し合った。
「わたくしが皆さんに<変身>を掛けます。例えばそれでスクワイに変身して競売に入れば、ばれないんではありませんか?」
「そんな便利な呪文があるのか。ならその案で行こうか?」
「セイ。例えばなんですけど、お金持ちのスクワイが『元気な奴隷を欲している』のでコモンを買うんです。リリオスに目を付けられるから買わない、という予備知識が無いという体で入札し、『レガリオス所有と言う事は健康状態も良いでしょうね』と大声で話すんです」
「なるほど! その調子でフォーキアンも入札すればいいんだね。『あの祝福持ちも買っておきますか』とか言って」
「ええ。それと並行して、わたくしがエルシデネオンに関する情報を買っておきます。信心深いスクワイなら赤龍の事を調べても不思議はありませんからね」
「メア、すっごーい! そこまで考えてスクワイなんだ!?」
「ふふ。褒めても何も出ませんよ?」
「メア。出来れば『門』の事も調べておいて欲しいんだけど?」
「分かりました。全て上手くいったらさっき建てた家の内装や模様替えをしましょうね」
競売で競り落とした家は井戸の近くに出していた。
メアは念願がかなって大喜びだ。
早速家具を俺とトウワで運んで位置を決めたが、どうやらメアはお気に召さなかったらしくダメ出しをされてしまった。
「とは言え、まずはレガリオスから出る事を優先ですね。模様替えと部屋決めは楽しみに取っておきます」
「ボクはセイ様と大部屋にするっ。うふふー、たっのしみー!!」
「駄目です!! 大部屋は共有にして、それぞれ個室を割り当てます」
「ええっ!? メアのケチー」
「ふふ。イスティリ? 個室の方がセイとの距離も……」
「メア!! なんて策士!?」
俺はイスティリが上手く丸め込まれてるだけに見えたが……。
まあ。いいか。
早速メアに<変身>を掛けて貰うと、俺たちは寸胴のイカになった。
「役割を決めておきますね。セイはスクワイの商人。わたくしはその商人の奥さん。イスティリとウシュフゴールはその娘。グンガルとプルアは使用人。それっぽく見える様に外見を変えてあります。トウワは荷物持ちなのでそのままの姿です」
「ええっ!! メア! ボク奥さん役が良い!!」
「もう呪文掛けてしまいましたし。……ふふ、今日はセイの奥さんです」
「うっわー、ずるくない? ねえ? ずるくない?」
そして、万が一の場合には、セラの中に逃げ込むことが打ち合わせで決まっていた。
イスティリが何度か試した結果、セラの中に入るには念じるだけで良い事が判明したのだ。
距離は余り関係ない様子なのだ。
もしかしたら超遠距離になると無理なのかもしれないが、それでも豆粒サイズになるまで遠くに行ったイスティリが、セラから出て来た時はみんなびっくりした。
「ね? ボクの言った通りでしょ?」
これにはセラ自身も驚いていた。
(わたくしも知りませんでした……)
となれば、誰かがもし危険にさらされた場合でも、その時一旦セラの中に逃げ込む。
中に入った事はセラから俺に伝わる。
そこから外に出れば俺たちに合流もできるし、と良い事づくめなのだ。
イスティリを筆頭に、競売所が近づくに連れて皆、役割に徹し始めた。
「ねえ、父様? 今日は健康な奴隷を買って下さるんですよね?」
「ああ。元気で力強い奴を沢山買おうな」
「ねえ、父様? 昨日お土産をお願いしましたのに、何も買って来て下さらなかったですね」
「……」
俺たちはそんな会話をしながら大競売所に入り、奴隷コーナーの最前線に陣取った。
メアは情報ばかりが売買されるコーナーへと向って行った。
◇◆◇
わたくしは禍禍福達と<分岐地球>に降り立った。
「南の白銀、分岐地球は初めてか?」
「ええ。話には聞いておりましたが、来るのは初めてです」
「そうか」
禍禍福たちのリーダー格『黄』が鷹揚に頷いた。
『黄』は元々阿羅漢と呼ばれる神格であったが、時代の変遷と共に外道へと堕ち、そこから手毬様の試練を経て、また神へと再起したのだと言う。
彼は筋骨隆々の躰に僧服を着込んだ中年男性の姿で、髪だけが異様なまでに蓬髪だった。
「それがし、未来の分岐地球は余り好きではござらん」
しぶしぶと言った体で着いてくるのは『青』と呼ばれる神格。
彼は確か刀剣の付喪神で、人に害成し続ける存在であったが、『黄』同様に手毬様の試練を突破した者だと言う事だった。
彼は今は痩せた初老の男性の姿をしていた。
「あたしもキライ! 緑が少ないもの!」
そう答えるのは紅一点の『赤』と呼ばれる女神。
彼女は元は食人植物の魔神であったが、今の容姿は可憐な少女のそれであった。
彼らは一様に手毬様の『三つの試練』を禍・禍・福と突破した者達であり、極めて珍しい存在であるらしかった。
「まあ。普通はそのまま邪神として大成するわな。人に仇なし続けた俺達が、誰も人に祝福を授けるとは思わなかったからなー」
「そうそう。あたし達自身もそのまま突き抜けると思ってたくらいだからね」
「左様。最後でコケたのが良かったのか悪かったのか今でも悩む時がある」
三人はそう言うと顔を見合わせてカ・カ・カと笑った。
その三人にわたくしは付き従い、<分岐地球>の最果ての時間軸まで来ていたのだ。
「ここから先の未来はミュシャ殿が守護していないから進めないのだが、見ての通りこの時点で人類は死滅寸前だ」
「本当に。ひたすら荒野が続く感じです。文明の香りがしません」
「うん。人間は地下に埋もれたシェルターで生活しているし、地上は汚染され過ぎて生き物は皆無だ」
「あたしが創造した新たな植物群が汚染を除去して行ってるんだけど、あと二万年はかかるかな?」
<正史>の地球は繁栄し、超科学文明の中で栄華を誇っていると言うのに、同じ地球でもここまで違う物なのか……。
「向こうは神に祝福された上で時が進んだからな。こっちはミュシャ殿が降臨するまでの間は放置されてたんだ」
「誰もこっちの地球に見向きもしなかったのですね」
「ミュシャ殿が出現するまでは、<正史>地球の神の管轄になってたからな。彼が放置すると決めてしまったらもう詰んだも同然だったんだ」
「でもミュシャちゃんが降臨してテマリ様の眷属になった事で、あたし達もここに来れるようになったんだよ」
「なるほど、分かりました。所で、わたくしを連れて来た理由をお聞かせ下さい」
「そうそう。南の白銀が持つ『門』を事前に設置しておいて欲しいんだ」
「分かりました」
わたくしはシォミルゥレー様より授けられた力を発現し、<分岐地球>にポータルを作成した。
「もしセイという男がウィタスを救えなかった場合、ウィタス崩壊までに『門』を使い人々をこちらに移動させる」
「何故ですか?」
「ミュシャ殿の為だよ。死滅しつつあるここの人類からの信仰では、彼女の糧にはならん。そこで外部から生き物を入れる」
「でも、その方法だとセイはこの次元に入ることが出来ませんよ?」
「ああ。だが、ミュシャ殿が全能力を分け与えてすら、セイがウィタスを救える確率はコンマの世界だ」
「はい」
「つまりはこの『セイが試練を全て突破し、ミュシャが全ての力を取り戻す』というプランは失敗に終わる前提で動かねばならん」
「失敗と言うのはセイの死、と言う事ですね」
「その通り。平たく言えば『セイは死ぬ』という前提で今、動いている」
セイがウィタスを救う確率は0.8%と算出されていた。
ミュシャ様が≪悪食≫を授けていなければ、更に低く低く……数億回に一回成功するかどうか、という割合であったが。
「セイが試練を突破できず死んだ場合、連動しているミュシャ様の試練は失敗に終わるんではありませんか?」
「人の身であれば失敗はそのまま死に繋がるが、俺達テマリ様の眷属には失敗は無い。その場合『禍』が付くだけさ。ただ能力は全ては戻らんだろうが」
「左様。ミュシャ殿は前二つを『福』『福』と突破しておるから、言うなれば福福禍といった所か」
そうなると、さしずめウィタスから来る人々は力を失ったミュシャ様への生贄か……。
わたくしは少し憂鬱な気分になった。
例え、ウィタス崩壊と共に死すべき運命の者達だとしても、わたくしは彼らの運命を憐れんだ。
唯一の解決策は、セイがウィタスを救う事。
わたくしはセラを通じて、彼に何かしてやれないものかと思案し始めていた。
遂に100話です。
これも皆様のお陰です。
ありがとうございます。




