出来る彼と出来ない彼女
彼は何でも出来た。
スポーツをさせれば敵が居なくなるほどに。音楽をさせれば聴者を感動させるほどに。絵を描かせれば観た者に衝撃を与えるほどに。料理を作れば大人も舌を巻くほどに。
何でも出来た。
ゆえに失敗することはなかった。何でも出来たから。
失敗する人の気持ちはわからなかった。何でも出来たから。
成功することが当然であり、失敗するなんてことはありえなかった。何でも出来たから。
・・・しかし、そんな彼にも何と出来ないことが出来た。
彼女は何も出来なかった。
スポーツをすれば野次がくるほどに。音楽をすれば聴者から怒号が飛ぶほどに。絵を描けば観た者に不快感を与えるほどに。料理を作れば子供も逃げ出すほどに。
何も出来なかった。
ゆえに成功することはなかった。何も出来なかったから。
成功する人の気持ちがわからなかった。何も出来なかったから。
成功なんて夢幻だった。何も出来なかったから。
・・・しかし、そんな彼女にも何と出来ることが出来た。
何故か彼は何も出来ない彼女に惹かれた。それは烈情と呼べるほどに、それでいてどこか慈愛にも似たものだった。当然、彼女は何でも出来る彼に惹かれた。それは憧れにも似たもので、それでいてどこか妬みとも呼べるものだった。
そんな中、何でも出来る彼が愛の告白を行うのに時間はかからなかった。
何でも出来るが故に失敗は恐れなかった。
彼女に対する態度はそれは情熱的に、烈情的とも呼べるものだった。胸の内を曝け出し、どれほどに思っているのかを言葉に、態度に、時には歌にまで乗せた。そうする事が出来たから。今までもそうしてきたから。
出来るからこその態度で、自身に満ち溢れた素振りで、真っ直ぐに前だけを見る瞳は彼女にとって眩しかった。眩しすぎた。上から詰られてるかのような気分にすらなった。猛烈で、傲慢で、大胆で、恐れ知らずとも取れる態度は着実に彼女を襲っていた。
そんな彼を避けるようになるのは時間の問題だった。
成功することが当然であり、失敗するなんてことはありえなかった。何でも出来たから。
だからこそ、彼女を追い詰めてることは知らずにいた。だからこそ、そんな彼女に愛の告白を平然と行った。出来ない(失敗する)ことなんてなかったから。
・・・・・・。
幼い頃から何でも出来た彼にとって失敗することで得る感情を、それに対する共感と接し方を知らなかった。負の感情について知る由がなかった。相手の気持ちになるという事ができなかった。避けられてるのは照れてるから程度に考えていた。
出来るからこそ出来ないことに気付けなかった。
初めて知った出来ない(失敗する)ということ。出来ない(失敗する)ことでどういう心境になるのかを初めて知った。彼にとって立ち上がれないほどの虚脱・喪失感を味わうには充分だった。
「と、まぁこうして何も出来なかった彼女は見事、何でも出来る彼の求愛を断ることが出来たのさ。」
「ふぅん・・・、そんなことがねぇ。それからは?」
「それからは・・・、色々あって今に至るのわけさ」
「なんだそりゃ。まぁそこからの大体は知ってるからいいけどさ」
「君が転校してくるまでの出来事はこれくらいのものさ。
・・・しかしよくあの当時の僕に絡んでこれたものだね?」
「いやぁ、転校先に何でも出来るって噂の天才君がいるって聞いてワクワクしてたのにさ。
いざ蓋を開けると、負のオーラ全開の根暗野郎がいるじゃん?そりゃ弄りたいのが性ってもんよ」
「初対面によくそんなことが出来たね。ある意味有り難かったわけだが」
「まぁ?俺も?いわゆる「出来る」ヤツだったってわけよ」
「なるほどね。ならこんな所で油を売ってないで仕事をしたらどうなんだ?出来る専務君」
「この時間はお昼休みで昼食中なのでございますよ、社長殿。今現在、仕事してるのはあなた位のものです。このポエムのような話の続きは、いつもの店ででも聞かせてくれるのかな?」
「自分の所で食べたまえよ・・・。そして今日はパスだ」
「またかよ、つれないねぇ」
「家で新しく買った洗濯機が上手く使えないと連絡してきた愛しい人が待ってんでね。今日は出来る限り早く上がらせて頂く」
「・・・またかよ」
「そう言うな。初めからすぐに出来るヤツなんて本当はいないのさ。・・・昔の僕みたいにね。
だからこそ出来るようになるまで根気良くやればいいのさ、OKの返事を貰えるまで足掻いた僕みたいに。
何事も遅すぎることはないのさ。だから君も早くいい人を見つけてだね・・・」
「・・・ごちそうさまでした。仕事してくる」
いかがでしたでしょうか。
初のちゃんとした文を書いたので至らない点も多々ございますでしょうが、それもスパイスの一種かのように読んでいただけると幸いです。