一蓮托生だ!
祭の後夜祭が終わって、三日。
後片付けも一通り終わり、ウルス村もすっかり平常運転となった。
で、片付けを手伝った俺とセシリアは、前魔王(withもはやすっかり新婚気分のミラさん)に別れを告げ、村を後にした。
「なあ、セシリア」
「あん? なんじゃい」
「本当に、あれで良かったのか?」
万桜号へと戻る道すがら、何の気なしにセシリアへ問いかける。
何が良かったかなんて、言わなくてもわかるだろう。
そんなの当然、前魔王のところに残らなくて良かったのかということだ。
「あん? 良かったに決まっておるではないか」
俺の割と真剣な問いかけ。
それに対してセシリアは、これでもかというくらい大仰に肩を竦めてみせた。
「今のあやつには、共に笑い、助け合う仲間がいる。一途に慕ってくれる嫁がいる。今のあやつは、魔王アンデルスではない。ただの善良な村人であるアンデルスなのじゃ。そんな男の傍など、邪神であるわらわには眩し過ぎて、居心地が悪いわ!」
ナハハ、と豪快に笑うセシリア。
ただまあ、さすがに俺でもわかるわ。
こいつ、ちと無理してんな。
「セシリア……」
「なんじゃ、その顔は。ギリギリ見られる顔が辛気臭くて見られんレベルになって――」
「別に、俺の前でそんな気張らんでもいいんだぞ?」
俺の言葉と共に、セシリアから陽気な気配が消える。
俺だって、伊達にこいつと数カ月過ごしてきていない。
こいつの考えていることくらい、ある程度わかるさ。
こいつ――前魔王のために身を引いたんだ。
前魔王はすべてを忘れ、人生を一からやり直そうとしている。
パートナーだった相手のことまで忘れて、一人きれいさっぱりやり直しとか、聞きようによってはひどい話ではあるけどな。
それでも、セシリアは前魔王の再出発を受け入れ、祝福した。
でも、そこに忘れた過去の象徴であるセシリアがいたら、どうなるか。
もしかしたら、要らん過去を思い出し、前魔王が苦悩するかもしれない。
優しくしてくれる村人たちやミラさんに罪悪感を感じてしまうかもしれない。
だからこいつは、要らない過去をすべて背負って、前魔王の前から消えちまうことを選んだ。
前魔王が今と過去の間で苦しまなくて済むように、未来だけを見て歩いて行けるようにと願った。
こいつのやったことは、ホントすげえことなんだと思う。
自分の存在を消してまで誰かの幸せを願うなんて、普通できねえ。
でも、やっぱりこいつは大馬鹿だ。
そんなの、残った自分がきついだけに決まっているのだから……。
「お前は本当に、それでいいのか? アンデルスがお前と過ごした日々を忘れたまま、一人だけ光の中に行っちまって、それで満足なのか?」
「もちろんじゃ。わらわはあやつに憑りついて、十分楽しい時間を過ごさせてもらった。だからもう……あやつを解放してやらねばならんというだけのことじゃよ」
それがあやつに憑りついた邪神として、最後に与えてやれる加護じゃ。と、セシリアは儚く笑った。
まったくこいつ、普段は図々しい・忌々しい・憎々しいの三拍子揃った性悪邪神のくせに、何でこういう時だけは妙に聞き分けよくなってんだよ。
ホント、こいつらしくもない。
そして、俺も理由はわからないが面白くない……。
でも、こいつにとってアンデルスは、それだけ大切なパートナーだったのだろう。
だったら、その選択は尊重してやらなくちゃなんねえ。
それが俺にできる、唯一の務めだ。
――けどさ、その所為でこいつ一人だけが救われないなんて、それはねえだろ。
いくら神様だって、人に与えるばかりじゃなく、人から与えられたっていいはずだ。
(はあ……。まったく、仕方ない……)
心の中で頭を掻き、一人ぼやく。
こんな役回り、俺の柄じゃないってのに……。
とはいえ、ここには今、俺しかいないんだ。
なら、仕方ないだろう。
(たまにはサービスしてやるかな。なんたってこいつは、俺のパートナーなんだからな……)
もう一度大きく溜息をつく。
それから俺は、無言でセシリアの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「にゃわわ! いきなり何すんじゃい!!」
絹糸みたいな髪を乱れさせ、目の端に涙をうかべたセシリアが、非難がましく俺を見る。
対して俺は、知らん顔でそっぽを向きつつ――こう言い放った。
「……俺は、いなくなんねえよ」
「……は?」
胡乱気に眉根を寄せて、俺を見るセシリア。
どうやら俺の言いたいことがまったく伝わっていないらしい。
いらんところはすぐ気付くクセに、なんでこういうとこだけ察しが悪いんだ、こいつ。
ホント、面倒くせえな。
まあいいや。
今回は特別に、ちゃんと言ってやるか。
「だ・か・ら! 俺はてめえのことを絶対忘れないし、絶対てめえの前からもいなくならねえっつってんの!」
「――ッ! お主……」
目を丸くして、ポカンとしたまま俺を見上げるセシリア。
なんだよ、その妙に庇護欲をそそる顔は。
ああ、くそ!
なんだか、急に恥ずかしくなってきた。
「まあ、その、なんだ。お前がいなくなると、俺はチートも使えなくなっちまうし? 何より、俺をこの世界に呼び込んだのはお前なんだ。責任取って俺の旅に付き合ってもらうし……万が一お前がいなくなったら、地獄の底まで追いかけて必ずお前を見つけ出すからな」
そう。
こいつといっしょにいるのは、俺自身のためだ。
あくまで俺のため。俺が安全安心な異世界ライフを送るためなんだ!
べ、別にこいつを一人にするわけにはいかないとか、こいつのあんな寂しそうな顔をもう見たくないとか、そんなことを考えているんじゃないからね!
勘違いしないでよね!!
「お前が何と言おうが、俺はお前のパートナーだ。つまり一蓮托生。絶対に一人になんかさせてやらないから、覚悟しておけよ」
頭をバリバリと掻きながら、開いている方の手でビシッとセシリアを指さす。
ああ、恥ずかしかった。
こんなの、もう二度と言わねえぞ。
「――まったく、お主というヤツは……」
「あぁ? 何か言ったか?」
「まったくこのロリコンは、堂々ストーカー発言とか超キモイのう、って言ったんじゃ!」
「んだと、てめえ! 人がせっかく気を利かせて、元気づけてやろうとしたのに~! なんだよ、その言い草は!!」
「別に落ち込んでなんかいないわい。第一、お主に慰められるとか、逆に身の危険を感じてしまうわ!」
ガルル……と犬歯剥き出しで睨んでやったら、このクソガキ、あっかんべーとかしてきやがった。
ホント、かわいくねえな。
心配して損した。
「ただまあ……」
「あん? なんだよ」
「いやなに、お主を一人にするのはさすがに可哀想じゃからな。こんな童貞ストーカー野郎、お巡りさんぐらいしか相手にしてくれないじゃろうし……」
「誰が童貞ストーカーだ。俺はちょっと情熱的なだけだ。ストーカーじゃない!」
「ストーカーは皆そう言うのじゃ」
ああ言えばこう言うガキだ。
忌々しい。
「故に、仕方ないからわらわがいっしょにいてやるとするか。お主を一人にしたら、誰にも相手にされず、憐れ過ぎて目も当てられなくなってしまうからのう」
ニシシ! とセシリアが笑う。
はいはい、そうですか。
「そんじゃ、地獄の底まで付き合ってもらうとしますかね」
「ハハハ! 苦しゅうないぞ。お供させてやる」
付き合うの俺の方かよ。
まあ、どっちでもいいけどね。
「で、次はどこへ行くつもりなのじゃ?」
「俺に聞かれても知るか。お前こそ、どっかいい目的地はないのか?」
「そうじゃのう……。もう少ししたら冬になるし、温かいところがいいのう」
「んじゃ、南にでも行くか」
次の目的地も決まり、意気揚々と歩き出す。
さてはて、南には一体どんな国があるのかね~。
今から楽しみだぜ!
「……ありがとな、ヨシマサ」
「あん? なんか言ったか?」
後ろから何か聞こえた気がして、セシリアの方に振り向く。
けど、セシリアはただ首を横に振った。
「何も言っとらんわ。空耳じゃろう。まったくその年で幻聴とか、やめてほしいものじゃ」
「なんで一言しゃべるごとに貶されんといかんのだ。ふざけんなよ、クソガキ」
「フフン♪ 気にするでない。それもお主が持つ天性の気質じゃ」
しゃべる度に貶される気質……。
嫌な気質もあったものだ……。
「さあ、おしゃべりはここまでじゃ! 次の国目指してレッツゴーなのじゃ!」
「ヘッ……! ――オーッ!」
セシリアに合わせ、拳を振り上げる。
天気は快晴。正に旅日和。
俺たちは愉快に陽気にウルス村を後にしたのだった。