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喧嘩は良くないと悟った

「ふう……。まさか、人間にはねられる日が来るなんて思わなかったよ」


 家の高級ソファーに座り、前魔王が『参った、参った』といった様子で笑う。

 ちなみに前魔王、全身包帯だらけで軽くミイラ男になっている。

 まあ、原因は主にセシリアだな。

 こいつが前魔王を5メートル(目測)まではね上げなければ、ここまで怪我をすることもなかっただろうに……。


「何を言うか。どう考えても、お主が悪いじゃろう。さっさと謝って、慰謝料代わりに二人分の豪華な夕食でも作ってこい」


「ちゃっかり慰謝料の中に自分の分まで加えるな。てめえなんか、牧草でも食ってろ」


「なんじゃと! いい度胸じゃ、この童貞魔王め。その腐った性根、叩き直してやるわい!」


「腐ってんのはどっちだ、年齢詐称邪神! こっちこそ、貴様のひん曲がった性格を矯正してやるわ! 表へ出やがれ!」


 売り言葉に買い言葉。

 額をこすり付け、ガンを飛ばしあう俺とセシリア。

 そのまま、屋敷から出て行こうとした時だ。


 ――ゴイーン! ガイーン!


「がふっ!」


「げぺっ!」


 二人そろって神速のフライパンを頭にくらい、悶絶。

 チカチカする目で上を見上げると、腕を組み、背中に夜叉を背負ったおばちゃん(この間、前魔王が壁壊した店のオーナー。前魔王の手当てに来てくれた)が笑顔で俺たちを見下ろしていた。


「あんたたち、『反省』って言葉を知っているかい?」


 こめかみに青筋を浮かせたおばちゃんが、笑顔で問い掛けてくる。

 なんだろうな。……回答を間違えたら、首が飛びそうな気がする。

 だってほら、おばちゃんの後ろの夜叉、手に持った刀で素振り始めたし。目にも留まらぬ速さでびゅんびゅん振り回してるし!

 つうか、なんなの! なんであの夜叉、幻のくせに存在感半端ねえの!!

 このおばちゃん、実は召喚士か何かか!?


「反応が悪いねぇ。もう一度聞くよ。――返事は?」


「「調子に乗って、すみませんでした!」」


 おばちゃんに恐れをなして、俺とセシリアは床が抜ける勢いで土下座した。

 おばちゃんに平伏し、全力で謝罪する魔王と邪神。

 何とも情けない光景だ……。

 しかし、怖いものは怖いのだ。

 謝る以外に取るべき選択肢はない。

 だって夜叉だし。リアルに首落とされそうだし。


「あの……ジルおばさん、二人も反省しているみたいだから、そのくらいで……」


 前魔王が間に入ってきて、おばちゃんをなだめてくれる。

 サンキュー、前魔王。マジ助かった。

 ちなみにこいつ、包帯だらけの割にはかなり元気だ。

 実際、かすり傷と打撲程度の怪我しかしてないしな。

 どうやら俺と同じ、セシリア謹製の打たれ強さの加護が残っているようだ。もしくはナチュラルに頑丈なのかもしれん。


「まったく、アンデルスがケガをしたというから村の連中と様子を見に来てみれば……。あんたたち、これに懲りたらもうケンカなんかするんじゃないよ!」


「「イエッサー!」」


 正座のまま、二人揃ってビシッと敬礼。

 うん。

 今は大人しく従っておくのが吉だな。

 まあ、30分後にはどうなっているかわからんが。


 俺たちが反省の色を示すと、おばちゃんも信じてくれたのかフライパンを下げてくれた。

 基本、人の誓いを信じてくれる善人なのだ。

 すぐフライパンで殴るけど。(←信頼を裏切ると顔の形が根本から変わるという噂)

 心の中に夜叉を飼っているけど。


「んじゃ、あたしたちは帰るよ。あの子も心配しているだろうから、あんたの無事を伝えてあげなきゃいけないからね。それとアンデルス、傷は大したことないけど、今日は大人しくしているんだよ」


「うん。ありがとう、ジルおばさん。ミラさんにもよろしく。みんなも心配してくれてありがとう」


「なーに、これくらい朝飯前よ! それより、お前もドラゴン狩りに出るんだろ? さっさと怪我を直しておけよ」


「うん、わかったよ」


 一緒に来ていたおばちゃんの旦那さんが、丸太のように太い腕で前魔王の肩をバンバン叩く。

 見た目完全にプロレスラーかボディビルダーだな、旦那さん。

 でも、職業は料理人。

 ただしちょっとやんちゃなところがあるので、この間道具が近くにないからってヤシの実チックな木の実を素手で握りつぶしてジュースを作っていた。

 ……夫婦そろって冒険者にでもなった方が儲かるんじゃなかろうか。


 他何人かの村人が、「早く直せよ」とか「軽い怪我でよかったよ」とか言いながらアンデルスの家から出ていく。

 ちょっと怪我しただけでこんなに人が集まるんだから、前魔王の人気は半端ねえな。


 勇者の村でこんだけ人気にものになる前魔王……。

 こいつのカリスマ性も、勇者に負けず相当なもんだ。


「よくよく考えてみたら、お主を召喚するよりアンデルスを使った方が、よっぽど人気集めをしやすかったのう……」


「やーい、バーカ、バーカ」


 隣で自己中クソ邪神がこれ見よがしに溜息をついたので、とりあえずやり返しておいた。

 同時に、隣から繊維質のものがキレる『ブチッ!』という音。


「バカという方がバカなのじゃ! そんなだから、お主はモテんのじゃ。人望なしの万年童貞め!」


「んだと、ゴラァ! 上等だ、表へ出ろやロリ年増!」


 舌の根も乾かぬうちにケンカを始める俺とセシリア。

 すると……。


 ――シュパパッ!

 

「げはっ!」 


「ぐふっ!」


 玄関の方から廊下を突き抜け、二個のフライパンがフリスビーのように飛来。

 俺とセシリアの顔面にめり込んだ。


「――さっきの約束、憶えているかい? 次にケンカしたら、このくらいじゃ済まさないよ」


 玄関から聞こえる、死神の静かな声。

 俺達がいる部屋からは顔が見えない上に、声が妙に冷ややかな感じだから、余計に怖い。

 てか、俺達がいる部屋、玄関から角が二つくらいあるんだけどな。どうやってフライパン投げこんたんだ、あのおばちゃん。

 もはや魔法の域にある投射テクニックだぜ……。


「――返事は?」


「「い……いえっさー……」」


 何も答えないでいたら、催促が来た。

 俺とセシリアは床に転がってピクピクしたまま、どうにか返事をし……、


 ――ガクリ……。


 ……力尽きた。


 うん。

 結果的に、前魔王よりも俺たちの方が重傷になった気がする。

 この村にいる間は、もう二度とケンカしないようにしよう。

 白目を剥きながら、俺とセシリアはそう心に固く誓ったのだった。

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