お店経営は甘くなかった件
店(という名の露店未満の何か)を開いて、二時間後……。
「客が来ねえ~」
セシリアお手製『何でも屋万桜堂』の看板(画用紙にクレヨンで書いたもの)の前で項垂れる。
そりゃ俺だってね、商売が甘くないっていうことぐらいわかっていますよ。
だけど、ここまで客が来ないものだとは思わなかった。
……ああ、いや、一人だけ客は来たんだった。
なんか貴族風の恰幅のいいおっさんが。
なんかセシリアと三十分お散歩させてくれたら5000ゴルド出すって言ってきたおっさんが。
セシリア見て、闘牛みたく『フゴーッ、フゴーッ!』と鼻息荒くしていたおっさんが……。
ちなみに、ここの貨幣価値は俺感覚で1ゴルド=100円(つまり、1セスト=1円)って感じだ。
要はこのおっさん、セシリアとのお散歩に五十万円出すと言っている計算だな。
……どんだけこのポンコツロリ邪神とお散歩したいんだ、このおっさん。
まあ、セシリアが目に涙を溜めて、超かわいらしく『いやいや』って首振っていたから、丁重にお断りしたけど。
さすがに俺も、初日からパートナー売ったりはしません。
ちなみにセシリアは、その一件があってから万桜号の中に引きこもっている。
邪神のくせにメンタル弱いんだよな、あいつ。
で、それ以外は完全に閑古鳥。
人っ子一人、見向きもしない。
やっぱ、市場の端っこって立地が悪いのかな。
……いや、それ以前に怪しまれているだけかもしれんが。
「こりゃ、今日も川魚かな~」
日が傾き始めた空を見上げ、「はあ……」と溜息をつく。
ああ……。四方八方からおいしそうなにおいが漂っているのに、何一つ食べられないなんて何たる不幸だ……。
「なんじゃ、一人も客が来ておらぬでないか」
「ん? ――なんだ、立ち直ったのか」
万桜号から出てきて開口一番に不満をもらす、我らがお姫様。
だったら、てめえも客引きくらいしろ。
「まあよい。――ほれ」
「あん?」
反射的にセシリアが投げてきたものを受け取る。
見れば、セシリアが用意した魔導書の一冊だった。
タイトルは『これでバッチリ! 宴会魔法大全』。
前回に引き続き、なんともまあ、アレなタイトルだ。なんだよ、宴会魔法って。
「これで何しろってんだよ」
「察しが悪いのう。何でも屋で客が来ないなら、見世物で稼ぐに決まっておろうが」
「ああ、なるほど」
確かにそれはいいアイデアかもしれん。
見世物ならやっている間に人が寄ってくるかもしれんし、見てくれた人に顔を売ることもできる。
なかなか頭が回るじゃないか、豆腐メンタル邪神。
「よし、それじゃあ早速芸をやってくれ」
「というわけでお主、それを使って芸をやれ」
…………。
「え? お前が芸をやるんじゃないの?」
「なぜそうなる。その魔導書を使うのはお主なのだから、芸をやるのもお主に決まっておろうが」
てっきり俺が火の輪とかでも出して、こいつがくぐるのかと思ってた。
「いや、仮にそんなことできたとしても、それやったらお主確実にまた詰所行きじゃぞ」
俺の顔色を見て心を読むな。
でも、確かにこいつの言う通りだ。
こいつに芸をさせたら、俺って単なる悪徳奴隷商人にしか見えん。
それでは顔を覚えてもらう意味が変わってしまう。
『おまわりさん、この人です』になってしまう。
「まあ、仕方ねえな。んじゃ、やるか。――おい、セシリア。ちょっと準備するから、お前客引きして来い」
「うむ。任せておけ。千人くらい連れてくるでな」
「いや、そんなに連れてこなくていい」
人はそれを、『赤っ恥の公開処刑』もしくは『黒歴史製造舞台装置』と呼ぶ。
「なんじゃ、一万人くらい欲しかったか。さすがのわらわもそれはちと荷が重いのう」
「俺、連れてくるなって言ったよね。そんなたくさんいらねえんだよ。とりあえず十人や二十人も連れてくれば十分だ」
「張り合いないのう。まあ、それくらいお茶の子さいさいじゃ。一分ほど待っておれ」
自信満々に人波の方に消えるセシリア。
自分で頼んでおいてなんだが……超不安だ。
あいつ、客引きなんかできるのかな。
「まあ、あいつだって伊達に邪神はやってないだろう。客引きくらいお手の……」
「愚民どもよ、よく聞け! これより偉大なるわらわが眷属が、お主たちのために芸を披露する! さあ、括目してみるがよい。そして、有り金すべて差し出すのじゃ!!」
全然ダメだった。
何やってんの、あのポンコツロリッ娘。
「どうした、聞こえぬのか。仕方ないのう。ならば、もう一回――もがっ!」
「すみませんでしたーっ!」
速攻回収。
ダッシュで離脱。
うわーお。周りの人たち、白い目でこっち見てる。
あ、やべえ。あそこの奥様方、なんかこっち指さしてひそひそ話始めた。
善良な一般市民としては、心が折れそうだ。
とりあえず、万桜号の中に一時退却だ。
「君は一体何をやっちゃってくれてるのかなセシリアちゃん。あんなこと言ったら、また兵隊さんたちが飛んでくるだろうが」
「何を言うか。魔王が芸を披露するというのじゃぞ。これくらい当然じゃろ」
ダメだこいつ。
神様な所為か、ナチュラル上から目線すぎる。
本当に人気稼いで勇者にいやがらせする気あんのか。
「いいか、セシリア。お前は人気を稼いで、勇者を見返してやりたいんだよな」
「うむ、そうじゃ!」
えっへんと平たい胸を張る、我らが邪神様。
ちくしょう、こんな時でも一々かわいいな、こいつ。
――って、いかん。ここは心を鬼にせねば。
「だったら、人間に好かれるやり方ってもんを覚えろ。あれじゃあ、どうやっても嫌われる一方だぞ」
「なんじゃと!」
セシリアちゃん、愕然。
つうか、そんなに驚くほどのことなのか。
こいつ、今までどんな神様ライフを送ってきたんだ。
「ヨシマサよ、ではどうすればよいのじゃ。教えてたもれ」
「まずは下手に出ることを覚えろ。客商売は好感度が命。お客様に少しでも気分を良くしてもらえるよう努める。いいか、『お客様は神様』だ」
「なんと……。あやつらは人間でありながら神でもあるのか?」
「そうだ。客であるというバイアスがかかった瞬間、やつらは神に変わる。俺たちは大軍となった神を相手に戦いを挑もうとしているのだ」
「ふむふむ、なるほど。これは気を引き締めてかからねばならんな」
セシリア、目から鱗が落ちたって感じだな。
本当に扱いやすい奴だ。
こいつがバカで助かった。
「それで、わらわは具体的に何をすればいい」
「そうだな。それじゃあ……」
ひそひそ、とこいつ向きの客引き方法を教える。
途中、セシリアが顔を真っ赤にして「できるか、ぼけーっ!?」と噛みついてきたが、「これしかないんだ。お前も上手いメシが食いたいだろう」とマジ顔で説得したら、不承不承でOKしてくれた。
まあ、これで最低限の客は何とかなるだろう。
「よし。やり方はわかったな、セシリア。うまくやってくれよ。今日の晩飯はお前の肩にかかっている」
「まあ仕方ない。今回だけはお主の策に乗ってやるわい」
「OK。それじゃあ、いくぞ!」
万感の思いをこめ、俺たちは再び戦場へと足を踏み出した。