前魔王はアホだが天才だった
「いやはや、ごめんね。セシリアを見た瞬間、うれしさのあまり歯止めが利かなくなっちゃって」
申し訳なさそうに笑ながら謝る前魔王。
ちなみに話しながらも、手はせわしなくレンガを積み上げていっている。
壊した壁の修理を行っているのだ。
「実はアルフレッドから『もうすぐセシリアが戻る』って手紙をもらって、ずっと心待ちにしていたんだ。ああ、もちろん君のことも聞いているよ、ヨシマサ君。ようこそ、ウルス村へ! 歓迎するよ」
白い歯をキラリと光らせて笑う前魔王。
なぜだろう。
今のこいつを見ていると、勇者に対するのと同種の殺意を抱いてしまうな。
不思議なこともあるもんだ。
「単に『イケメンくたばれ!』のひがみ精神を発揮しておるだけじゃろうが。お主と違ってアンデルスは、顔も性格も良いからのう。フフン!」
黙れ、クソ邪神。
なんでお前が勝ち誇っているんだ。
第一、その言い方だとまるで俺の顔と性格が悪いみたいじゃないか。
「そう言っておるのじゃが、鳥頭にはちと難し過ぎたかのう」
「上等だ、ポンコツ邪神。大好きな勇者の銅像の隣に眠らせてやるから覚悟しておけ。墓碑銘は『寸胴ボディ、ここに眠る』だ」
「ほほう、よう言ったのう。では、お主の墓碑銘は『童貞魔王、ここで腐る』に決定じゃな」
額を付き合わせて、ガルル……とにらみ合う俺たち。
――と、レンガ積みをしていた前魔王が声を上げて笑い始めた。
「アハハ。仲がいいね二人とも」
「「よくないわ!」」
綺麗にハモった上、二人揃って前魔王を睨み付ける。
そしたら前魔王は、「やっぱり仲いいよ。息ピッタリだ」と言って、更に笑った。
「さてと、修理終わり! ――ジルおばさーん、修理終わったよー!」
すっかり壁の修理を終え、前魔王が立ち上がる。
うーむ、短時間でこの見事な出来栄え。
無駄にスペック高いな、こいつ。
中から出てきた家主のおばちゃんも、満足そうに何度もうなずいている。
「さすがはアンデルス。壊れる前よりきれいになったわね。むしろ、こっちがお題を払わないといけないかしら?」
「アハハ、よしてよ。迷惑かけた上にお代までもらえないって」
おばちゃんと楽しそうに話す前魔王。
なんつうか、完全に村の住人として溶け込んでいるな。
「ハハッ! わらわが知らない間に、随分と村に馴染んだのう……」
楽しそうなアンデルスを見て、セシリアが優しく穏やかに、けど少し寂しそうに笑う。
ただ、俺が見ていることに気が付き、すぐにその表情を引っこめてしまった。
「おい、セシリ――」
「お待たせ、二人とも。ごめんね、長々と付き合わせちゃって」
セシリアの雰囲気が気になって声を掛けようとしたら、前魔王が戻ってきた。
するとセシリアは、いつもの小憎たらしい笑みを見せ、
「まったくじゃ! わらわはもう疲れた。さっさと休ませい!」
とのたまった。
そこに、さっきまでの変な雰囲気は微塵も感じられない。
もしかして、さっきのは俺の勘違いだったか?
まあいいや。いつもの極悪邪神に戻ったのなら、特に言うことはない。(いや、文句ならオールウェイ溢れ出てくるけど)
「アハハ。ごめん、ごめん。それじゃあ積もる話もあるし、うちに帰ろうか」
そう言って歩き出す前魔王。
俺とセシリアは、そのまま前魔王の家(つまりはかつてのセシリアの家)へと招待された。
三人でテクテク歩くこと、およそ30分。
前魔王の家は、聞いていた通り村の外れにあった。
……のはいいのだが、その家を見上げた俺たちは、思わず言葉を失った。
「……お主、また改築をしたのか」
「改築したというか、気が付いたらこんな感じになっちゃったんだよね」
家を見たセシリアが呆れた様子で前魔王を見る。
対して前魔王は能天気に「アハハ」と笑っていた。
まあ、セシリアの気持ちはわからんでもないが……。
これ、家というか軽く城じゃん。1/16スケールバッキンガム宮殿って感じだ。
なんかカイゼル氏の邸宅を思い出すな。
うっ! 忌まわしい記憶までよみがえってきやがった……。
と、それは横に置いといて……。
これを数カ月の間に一人で作ったとか、前魔王ってどんな天才だよ。記憶失って、こいつ頭おかしくなったんじゃないか。
道理で壁の修理も手際が良かったはずだ。
あんなん、こいつからしたらお茶の子さいさいだっただろう。
「わらわがいた時は精々内装をいじるくらいだったのじゃがなぁ。建築のけの字も知らなかった素人が、この数カ月でずいぶん進歩したものじゃ」
しみじみとそんなことを言うセシリア。
いや、これ進歩というか進化だろう。
お父さんの日曜大工がいきなり宮大工になっちゃった感じだが。
てか、素人がこれ作ったのかよ。
「本当はセシリアを探しに、僕も旅に出ようと思っていたんだけどね。でも、アルフレッドに止められてしまって……。で、日々『セシリア大丈夫かな』とか『早く帰ってこないかな』って考えてたら、いつの間にか家がこんな感じになってたんだよね」
家が豪邸になっているのに気付いた時は腰が抜けかけたよ、と前魔王。
無意識に何やってんだ、こいつ。
うわの空で家を改築し続ける前魔王ってシュールすぎるだろう。
つうか、ここまでやるまで気付かんかったって、ある意味夢遊病のレベルだぞ。
さすがはかつて『魔王』の称号を持っていた人間。
記憶は失っても、アホの代名詞を背負っていただけのことはある。
なんというか、すごいんだが間抜けにしか見えん。
「そこら辺は、お主といっしょじゃな」
「さすがの俺も、ここまでアホではないと思う」
「……今回ばかりは同意しておくのじゃ」
唸るように頷くセシリア。
こいつが悪態を撤回するって、この世界に来て初めての経験なんだが……。
それをあっさりと成し遂げるとは――前魔王、恐るべし。
ちなみに前魔王、この宮殿が評判になり、今では大工仕事やDIYで生計を立てているとのことだ。
まあ、芸が見事に身を助けているってことにしておこう。




