道を歩けばドラゴンに当たる
次の目的地、先代魔王がいる村は俺とセシリアが出会った草原のさらに南にある。
というわけで、俺たちは来た道を戻るように進路を取り、一路南を目指していた。
――のだが……。
「ぬぉおおおおおおおおおおっ! な~んでこうなるんだぁああああああああああっ!!」
南へ行くんだったら、とりあえずヴァン王国に向かおうかという旅路の途中。
運転の疲れを取るために外で軽く体操なんぞしていた俺は、偶然飛んできた飛龍(小型、モンスターのランクとしては低レベル、ただし普通の人間には致死性抜群)に追いかけられていた。
万桜号の方へ逃げれば良かったんだが、気が動転した俺は愛しのマイホームから真逆の方向へ激走。
こうして捕食者と被食者による命懸けの追いかけっこに興じているというわけだ。
あ、そうそう。走りながら気づいたんだが、どうやら俺、この世界に来てから身体能力もアップしていたらしい。
以前、セシリアから『体が頑丈になっているが痛みはそのまま』といううれしいんだか悲しいんだかわからない眷属特典の話を聞いたが、どうやらそれは身体能力にも及んでいたようだ。
まあ早い話、この飛龍くらいからなら割と逃げられる。逃げられるだけだが……まあ、倒せないんで意味ないわな。
だって、セシリアいないと魔法使えないし!
俺、武器とか持ってないし!
俺の戦闘スキル、基本的にブタ野郎を殴れる程度の護身術だけだし!?
「どうでもいいから、誰か助けてぇええええええええええぃ!?」
「だったら伏せなさい!!」
「はえっ?」
どこかから聞こえてきた、女の子の鋭い声。
なんかよくわからんが、この声の感じは間違いなく美少女! (←無駄なシックスセンス発動)
ならば是非もなく、とりあえず従っておこう。
てなわけで、俺が地面に向けてダイブした瞬間だった。
――シュパッ!
「キシャァアアアアアアアアアアッ!!」
風切り音とビリビリ来るほどの絶叫。
直後、俺の頭の上を越えてでっかいものが地面に落ちた。
顔を上げて前を見てみたら、飛龍が地面に墜落していた。
よく見れば、首が飛んでいる。完全に絶命しているな、これ。
つまり……危機は去った!
「おお! 助かったーっ!?」
飛び起きて両手でガッツポーズ。
ハハハ!
バカな飛龍め。この魔王様に刃向うのが間違いだったのだ! (←安定の小物感)
「どうやら無事だったみたいね。運のいいヤツ」
後ろから声をかけられて振り返ってみれば、一人の女性の姿が目に入った。
褐色の肌に赤髪。動きやすそうな軽装で、剥き出しのスラッとした足と腕が実に健康的。
年の頃は二十歳前ってところか。
正にアウトドア派のワイルド系の美少女だな。
もろ好みです。
本当にありがとうございます!
「お嬢さん、助けていただきありがとう。よければ私と結婚してください」
「……は?」
おっと、いかん。
あまりの運命的な出会いに、思わず先走ってしまった。
いきなり結婚とかダメだろう。
物事には順序ってものがあるし。
ちゃんと筋道立てていかないと、この麗しいお嬢さんを混乱させてしまうな。
よし。それでは深呼吸してテイク2だ。
「お嬢さん、助けていただきありがとう。よければ私と【ピーッ!!】してくださ――のぎゃあ!」
血の滴る長剣を突きつけられました。
ヤベえ……。
これは俺、地雷踏んだ?
思いっきり踏み抜いちゃった?
「悪いけど、私、その手の冗談は嫌いなんだ。まだ茶番を続けるようなら、あの飛龍と同じ目に遭ってもらうことになるけど……それでもいい?」
「…………」(←冷や汗ダラダラで愛想笑い中)
刃に負けない鋭い視線を俺に向けつつ、ワイルド系美少女が問いかけてくる。
ハハハ……。
……ヤバい、目がマジだ。クリティカルで地雷踏み込んじゃったよ、俺。
てか、串刺しにしやすいように構え直してるよ、この子。殺る気満々。
うわー。刃先が太陽に反射してビッカビカに光ってるー。何これ、超切れ味良さそうだなー。
うん。百年の恋も冷めそうな輝きだわ、これ。
これまでいろんな女の子からフラれてきたけど、ここまでアグレッシブなフラれ方は初めてだわ。
ある意味、新鮮。
「……で、返答は?」
「不謹慎な冗談を言って、マジですんませんでした!?」
とりあえず土下座した。
ええ。マジ土下座です。
魔王だろうが頑丈だろうが、対応を間違えれば時には死ぬのです。飛龍の首を飛ばすような刃を受ければ、間違いなくDEATHなのです。
そして、俺はこんなところで死にたくない!
童貞のまま死んでたまるか、ちくしょう! (←もはや、やけっぱち)
「うんうん。わかればいいのよ。あたしはシェリル。トレジャーハンターよ。よろしくね」
刃物のような視線を引っこめて、子供のような笑顔を見せる美少女改めシェリルちゃん。
どうやら、俺の命は助かったようだ。
そして、グッバイ、マイラブ。
短かったけど、いい夢だったぜ。(生きている間に覚めてくれて、本当に良かった……)
では、改めて……。
「俺はヨシマサだ。改めて、助けてくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。――で、君は一体ここで何してんの? セクハラの罪で放り出されたとか?」
「なぜ最初に出てきた可能性がそれなのかは知りませんが、そんなアバンギャルドな理由ではないですよ」
いきなりすごいことを言ってくる娘だね。
この娘の方こそ、よく今まで名誉棄損で訴えられなかったものだ。(この世界に名誉棄損があるのか知らんけど)
てか、この世界ではセクハラすると飛龍の餌にされるのか。
何と恐ろしい世界なんだ、オヴァノール。
まあ、俺は生まれてこの方、セクハラなんてしたことないジェントルマンだからな。関係ない話だ。(←無自覚)
――って、シェリルちゃんや。なんでそんなに驚いた顔してんの?
「ああ、ごめんね。……あまりに意外だったもんで」
「どういう意味ですかねぇ!?」
俺の絶叫に、サッと目を逸らすシェリルちゃん。
俺、なんか今、すごいひどいこと言われた気がすんですけど。ていうか、現在進行形でひどい態度取られてる気がするんスけど。
何なの!?
俺、そんなに性犯罪者か何かに見えるの?
「ああ、自覚ないタイプか……。厄介な……」
小声でシェリルちゃんが呟く。
けど君ね、割とよく通る声しているから丸聞こえですよ!
なんだよ、「厄介な……」って!
俺、無実ですよ。ガッツリ良識的な、普通の一般人ですよ!
あとね、下手に気を使って聞こえないようにしようとか、その妙に温かい視線とか、結構傷つくんですけど!?
「あはは。まあ、気にしない、気にしない」
俺としては正しておかなきゃいけない認識の齟齬だと思うんだけど……。
まあいいや。
たぶんこの娘、人の話をあまり聞かないタイプと見た。
これ以上やっても、より一層残念な人を見る目で見られるだけだ、きっと。
なんだろうな~。
すっごい美人なのになぁ~。
命の危険とか関係なく、絶対にお付き合いとかしたくない類に人だな、この娘。
こんなタイプ、この世界に来てから初めてだ。(なお、セシリアは元々守備範囲外なのでノーカンで)
「で、結局君はここで何していたわけ?」
「ん? ――ああ、俺は単なる旅人だよ。で、休憩がてら乗り物の外で体操していたら、あの飛龍に襲われたの」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、危ないからその乗り物のところまで送ってあげるよ」
「あ、いや、それはさすがに悪いよ。そこまでしてもらわなくても大丈夫。ホント、すぐ近くだから……」
遠慮のジェスチャーをしつつ、ジリジリと距離を置く。
美少女と二人歩き。本来なら、何を置いても飛びつくんだけどね。
ぶっちゃけ、できるだけこの人とは関わりたくないですわ。
いろんな意味でMP削られそうなんで……。
いくら美人でも、この娘は例外。
「ふーん。でもさ、近くって言うけど、見た感じすぐ近くに乗り物なんて見えないよ。君、どこから逃げてきたの」
「ええと、あっちの方向から5kmくらい走ったかな」
我ながら、よく走ったものだ。
いつぞやのアイラさんほどではないが、あのスピードで5kmとか軽く人間離れしていると思う。
邪神の眷属特典、恐るべし。(でも、調整が中途半端なところが玉に瑕)
「5kmって、結構な距離じゃん。今は飛龍が北へ渡る時期だから、下手するとまた襲われちゃうよ」
「うっ! それは……、しかし……」
「旅は道連れ世は情けって言うでしょ。(←「この世界でも言うのか!」byヨシマサ)んじゃ、レッツゴー!」
腕を掴まれ、ズルズルと引き摺られる。
あれ、おかしいな?
腕を組むって、もっと甘酸っぱいうれし恥ずかしイベントだと思っていたんだけど……。
なんかドナドナされる仔牛の気分だわ♪ (←半ばヤケ)
ともあれ、こうして俺は妙な同行者を得て、懐かしのマイホーム・万桜号へと帰ることになったのだった。