勇者とアフタヌーンティー
四男坊逮捕騒動から一夜明けた、今日この頃。
夏の太陽が照り付けるお昼過ぎ。
「――というわけで、マカロフ氏はあの後あっさり罪を自供。取り巻きの方々も、大人しく罪を認めてくれたよ」
「ほ~、そうですかい」
「それはよかったの~」
俺とセシリアは、なぜか喫茶店で勇者とアフタヌーンティーに興じていた。
何でこんな状況に? と聞かれれば、なんのことはない。
あれは、およそ30分前のこと。
色々と片付けやら準備やらをしていた俺達の前に、突然勇者が「マカロフ氏の事件について教えに来たよ」とひ・と・りでやってきたのだ。
で、恒例の何だかよくわからない勇者パワーでセシリアと共にあれよあれよと連行され……今に至るというわけだ。
この勇者、意外とゴーイングマイウェイだよな。忌々しい……。
「あれ? なんか機嫌悪くないかい、ヨシマサ。セシリアも……」
「別に~。俺はいつも通りですが~」
「わらわもな~」
目の前で優雅に茶を飲む勇者に、適当な相づちを返す。
ええ。どうせ来るならシェフィルさんやフレアちゃんを連れて来いってんだ、とか全然思ってませんよ。
何が悲しゅうてイケメンと茶なんぞしばかねばならんのじゃ、なんて心の底から思っていませんとも。
ちなみに、セシリアはただ勇者と茶を飲むのが気に食わないだけだ。
こいつ、勇者嫌いだから。
「そうかい? ならいいんだけど。――じゃあ、ここからが本題。君達を呼んだ本当の理由なんだけど……」
「あん? まだなんかあるのかよ?」
ぶっちゃけ面倒くさいです、といった態度で勇者を見る。
すると、勇者は姿勢を正し、折り目正しく俺たちに頭を下げた。
「今回の一件、君たちの大切なお客人に迷惑をかけて、本当にすまなかった」
「は? ……いや、待て。なんでお前にそんなことを謝られなくちゃならん」
思わず頭をひねりながら尋ね返す。
正直、かなり面食らったわ。
いきなり謝り出すんだもんな、こいつ。
ただまあ、今回の件について、こいつが俺たちに謝るような謂れはないと思うんだが。
一体何だってんだろうな。
ギャグか? 勇者ギャグなのか?
ちっとも面白くないぞ。
「いいや、今回は僕たちの落ち度だ。僕たちがもっと早く事件にケリをつけられていたら、あの子たちを泣かせずに済んだ。君にあんな汚れ役のようなことをさせずに済んだ。――だから、すまない」
神妙な顔つきで、更に謝罪を重ねてくる勇者。
どうやらギャグじゃなかったらしい。(←「当たり前じゃろう、ボケナスが」by セシリア)
いや、確かにあの豚野郎がもう少し早く捕まっていたらクレアは泣かずに済んだだろうが……。
ついでに俺も、騎士さん方の詰所で暴力沙汰の事情聴取&お説教のコンボを食らわずに済んだだろうが……。
だけどさ……。
「別にお前が謝ることじゃないだろう。クレアたちがあんな目に遭ったのは、あいつらの不注意が原因。俺だって、あのブタ野郎を殴ったのを後悔なんかしていない。実際、初めて会った時からムカついていたしな。――だから、お前が気にすんな」
「いや、それでは僕の気が済まない。何かしっかりとした謝罪をさせてほしい」
俺の目を見て、勇者が真剣に頼み込んでくる。
ハア……。
こいつ、本当に生真面目だな。
別に気にすることないんだが……。
そこがこいつの、いいところなんだろうかね。
まあ、このままじゃ、こいつも引っ込みがつかないだろう。
仕方ない。
「わかった、わかった。んじゃ、今晩メシでもおごってくれ。ユーリとクレアも俺の方で誘っとくから。特別豪勢なヤツを頼むぞ」
「ついでにお土産のデザートもな。この国一番のスイーツを用意するのじゃぞ」
ちゃっかり入ってくんじゃねえよ、ロリ邪神。
けど、まあいっか。
結果的にこいつにも小指の先ほど迷惑はかけたし、それくらいのオプションは許容してもらおう。
「ああ。それくらいは構わないが……。しかし、それだけで本当にいいのか。もっと何か――」
「俺がいいって言ってんだ。受け入れろ。あのガキどもも、勇者と一緒にメシが食えるとなったら、喜んで許すだろうさ」
下手したら、昨日本を完成させた時より喜ぶかもしれん。
何たって、世界一のアイドルとの会食だ。
ある意味、どんなに金を積んでも買えないプレミアチケットみたいなものだ。謝罪の形として、これ以上のものはないだろう。
「わかったら、それで納得しておけ。どうせ今日が最後の夜なんだ。少しくらい、いい思い出を残させろや」
「ヨシマサ……」
ニッと笑ってやったら、勇者もなんか憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。
ハハハ。
そうだ、それでいいんだよ。
てめえ、一応イケメンアイドル勇者なんだから、そんくらいの顔していればいいんだ。
ただ、勇者はすぐ気遣うようにこんなことを言ってきやがった。
「最後の夜……ということは、もう決めたんだね」
「ああ。まあな。――明日の朝、この国を発つことにした」
勇者の問いに、軽い調子で応える。
さすがに暴力沙汰、それも今は罪人になっちまったとはいえ、国を治める貴族一族への暴行をやっちまったからな。
無罪放免とはいかなかったわけだ。
状況がアレだったこともあって、かなり情状酌量で減刑されたけど、結果的にこの国から出ていくということで落ち着いた。
期限は一週間以内とのことだったが、まあ早いに越したことはないので明日ということにしたんだ。
正直に言えば、残念なことこの上ないがな。
もう少しここで、平和に暮らしていたかったんだが……。
まあ、それで丸く収まって市場街の連中にも迷惑が及ばないってんなら、万々歳ってとこだろう。(ちなみに、騎士さんたちからも「本当にすまない……」って謝られた)
「セシリアも次の街へ行きたいとか喚いていたしな。まあ、頃合いってやつだ。次の国が、俺たちを待っているんでね」
「そうか……。わかった。君たちの旅が実り多いものになることを祈っているよ」
「サンキュー、アルフレッド」
勇者に礼を言い、俺も自分の紅茶をあおる。
こいつの行きつけの店だけあって、味は折り紙付きだ。
茶葉の良し悪しなんて俺にはわからんが、これが超一級品の茶葉だってことだけわかるぜ。
ペットボトルの紅茶とは格が違う。
「やれやれ、茶葉の違いさえ分からんとは……。これじゃから、野蛮人は……」
「うるせえ。今はてめえも似たようなもんだろうが」
セシリアと憎まれ口を叩き合うところまでが1ターン。
茶も飲み終わったら、店の前で一度勇者と別れる。
そのまま勇者はフレアちゃんたちのところへ戻り、俺とセシリアはユーリとクレアを食事に誘いに行った。
二人の返事はもちろんOK。
案の定、勇者とメシが食えるってんで、とても喜んでいた。
善きかな、善きかな。
感謝しろよ、二人とも。
かく言う俺も、実に楽しみだ。
フレアちゃんやシェフィルさんと高級ディナー……。
くーっ!
考えただけで興奮するぜ。
「ヨシマサ、いい加減あの娘たちは諦めよ……。またつらい現実を見るだけじゃぞ……」
「…………。言うな、セシリア。わかってる。わかってるから……。(シクシク、シクシク……)」
そう言った俺の肩を、セシリアが「泣くな、ヨシマサ。明日はきっといいことがあるのじゃ」と労わるようにポンポンと叩く。
お空はこんなに明るいのに、世の中とはどうしてこうも無常なのだろう。
あいつは美女揃いのハーレムで、俺は邪神にさえ慰められる始末……。
真っ青な夏の空を見上げ、俺はホロリと涙を零した。




