一件落着
「よう、アルフレッド。こんなところで奇遇だな」
「うん。一週間ぶりかな」
「そうだな。――で? お前はマカロフ様が大変ってんで、俺を止めにでも来たのか?」
「あはは。そんなに睨まないでよ、ヨシマサ。顔が怖いよ」
凄みを利かせて、勇者を睨み付ける。
対して勇者は飄々と笑うのみだ。相変わらずつかみどころのないヤツだな。
何を考えているのか、まったくわからん。
「てめえに恨みは……――あ~、うん、それはおいとこう。とにかく、そこのブタを助けに来たって言うなら、てめえもぶっとばす」
本音を言えば、こんなリアル巨○兵を相手になんかしたくないんだけどな。
こいつ、あの天上天下唯我独尊を地で行くセシリアにトラウマ植えつけちゃったくらい超強いらしいし。
けど、今回ばかりはこっちも引く気はない。
そこのブタどもは俺の客を――クレアを泣かした。あいつががんばって作った大切なものを傷つけた。
それだけは、どうあっても許せねえ。
例え世界最強の勇者を相手にすることになっても、必ずぶん殴る!
「いい顔だね、ヨシマサ。覚悟を決めた、強い男の顔だ。正直、僕も君のような男とは戦いたくないよ」
「だったら、そこで大人しくしていろ」
「ごめん。そうはいかない。――僕も大事な仕事があるからね」
勇者がふわりと微笑んで、やんわり俺の要望を拒絶する。
ハァ……。
やっぱり、やるしかねえか……。
俺はグッと拳を握り、勇者に向かって臨戦態勢を取る。
すると、俺の注意が勇者に向いた隙に、ブタの一味が勇者の下へと駆け出した。
「よ、良いところに来てくれた。さすがは勇者だ。うちの使えない警備兵どもとは格が違う。さあ、この不届きな犯罪者を捕えてくれ!」
「はい、わかりました。――シェフィル、クレア、頼む」
勇者に言われて、シェフィルさんとクレアちゃんがサッと動き始める。
チッ!
勇者め、よりによってフレアちゃんたちを出してきやがった。
顔と性格に似合わず、割と狡い野郎だ。
フェミニストの俺としては、可愛い女の子と戦うなんて御免こうむりたいんだが……仕方ねえか。
とりあえず魔法で抗戦して……。
――と思っていたら……。
「マカロフ卿、ならびに諸侯の皆様……。あなた方を贈賄、恐喝、不正取引の容疑で逮捕します」
「「「「は?」」」」
シェフィルさんの言葉にきょとんとしたマカロフと取り巻きたち。
そんな彼らを、フレアちゃんが瞬く間に縛り上げる。
み、見事なお手並みで……。
ちなみに、きょとんとなったのは俺やセシリア、市場街の連中も同じ。
へ? 何これ。
なんで勇者パーティー、ブタどもを捕まえてんの?
なんなの、この超展開。
「ゆ、勇者よ、これはどういうことだ!」
硬直から解けた四男坊が、泡を食った様子で喚き尋ねる。
いや、うん。
ホントこれ、どういうことなのよ、勇者。
わかるように、説明プリーズ。
「僕たちはこの一週間、ヴァーナ公――あなたのお父上の依頼で、あなたのことを調べていました」
「ち、父上の依頼だと!? バカな! お前たちは近々行われる建国記念日の式典に、ゲストとして呼ばれただけの――」
「それは、あくまで表向きの理由です。僕らが呼ばれた本当の理由はこちらですよ」
わななく四男坊の言を、勇者が封殺する。
アルフレッドの野郎、笑ってはいるがものすごい威圧感を放っていやがるな。
おかげで四男坊、呼吸困難にでもなったみたいに口をパクパクさせることしかできなくなっちまった。
「ヴァーナ公は、あなたが町の者を脅して物資を巻き上げ、それを闇商人に横流ししていると見抜いていました。しかし、あなたもなかなかに狡猾な人だ。決定的なボロを出さなかった。そこでヴァーナ公は、あなたを粛正するために僕らを呼んだのです」
なるほど、なるほど。
それでこのブタ、ちょくちょく町の方へ視察に来ていたわけか。
小悪党だとは思っていたが、意外に大物の悪党だったな。まったく褒められた話じゃねえが。
しかし、ヴァーナ公ってすごいことする人だな。
普通、身内の恥って外に知られたくないものだと思うんだが。
しかも国を治める貴族となれば、国民の信用や外交問題にも発展する可能性がある。
それを承知で身内がかかわる汚職の膿みを取り除いたんだ。
ものすごい決断力と行動力。
名君と言われるだけのことはあるぜ。(まあ、このブタを野に放っちまったところだけは、名君らしからぬ失敗と言えるがな)
「ま、待つのだ勇者よ! 余は横流しなど知らん。きっとそれは、こやつらが勝手にやっていたこと。余は関係ない!」
当の下手人は、見苦しい言い逃れを始めていた。
まったく、往生際が悪いったらありゃしない。
ちなみに子分の取り巻きたちは、「「「いいえ、悪いのはすべてこの男です!」」」と顎でブタ野郎を指していた。
思わず唸るほど見事な掌返しだな、おい。いっそ清々しいわ。
マカロフ様よ、いい子分を持ったな。
「――おい、ヨシマサよ。いいのか、あいつらを殴らんで」
「んあ? あ~、そうだな~。正直、もうどうでもいいかなって。あいつら、もう終わりっぽいし。それに、本も取り返せたしさ」
ガシガシと頭を掻きながら、駆けつけたセシリアに本を見せる。
なんだろうな。
あまりに見苦し過ぎて、殴る気さえなくなってきちまった。
まあ、俺が裁きの鉄槌を下すまでもなかったのだと思っておこう。
「勇者よ、余の話を――」
「はいはい、わかりました。話は騎士団の詰所でたっぷり聞きますから、とりあえず行きましょう。警備兵さんたち、よろしくお願いします」
「「「ハッ! お任せ下さい!!」」」
勇者が声を掛けると、警備兵たちはいい返事をしながらすっ飛んできた。
マカロフから命令された時とは一転し、キビキビと容疑者たちを連行していく警備兵たち。
心なしか、超うれしそうに見えるな。ものすごくイキイキしている。
彼らもこのような機会が来ることを、心待ちにしていたのだろう。
ともあれ、意外な形ではあったが四男坊にかかわる騒動はこれにて終了。
あとは……。
「大丈夫か、ユーリ、クレア」
セシリアといっしょに、呆然としたまま地べたにへたり込んでいるユーリとクレアに手を差し伸べる。
今の逮捕劇の間に、十分体力も回復できたのだろう。
二人は俺たちの手を取って、すんなりと立ち上がった。
「まったくお前たちは、妙なことに巻き込まれやがって……。これに懲りたら、ちゃんと前を見て走るようにしろよ」
「うぐっ……」
「ごめんなさい……」
シュンとした様子で俯くユーリとクレア。
ハァ……。
やれやれ、まったく……。
「ほらよ、クレア」
「ふえ?」
驚くクレアに、四男坊から取り返した本を握らせる。
うれしそうに顔を輝かせたクレアは、自分の手元にもどってきた本を大事そうに胸に抱いた。
「ありがとう、ヨシマサ」
「気にすんな。もう取られたりすんなよ」
「うん」
「それと、その本を『大事なもの』って言ってくれてありがとな。すげえ、うれしかった!」
「うん!」
いつもの向日葵のような笑顔を見せ、クレアが大きく頷く。
うんうん。
やっぱりガキは笑っているのが一番だ。
なんか妙に遠回りしちまったが、今回の仕事はこれにて本当に一件落着。
めでたしめでたしってわけだ。
あ~、疲れた。
もう二度と、こんなことはやんねえぞっと。




