実践といってみようか
驚きで目を見開くブタと腰巾着どもを、俺は睥睨するように見下ろす。
俺からしたらアホの代名詞でしかない『魔王』の雷名も、こいつらからすればそれなりに意味があるものらしいな。
思った以上に効いたわ。
ああ、もしかしてこいつら自身が小悪党だからかな?
悪党はより上位の悪党を恐れるってことで……。
「まったく……。肥えるしか能のないブタの分際で、俺の客に随分と調子こいたことしてくれたな。覚悟はできているんだろうな、うじ虫共が!」
「ぐぬぬ……。 調子に乗っているのは貴様の方だ、チンピラ風情が!」
頭から湯気を立ち上らせた四男坊が、取り巻きたちを押しのけ、立ち上がる。
おお~。怒っとる、怒っとる♪
大勢の前で俺にコケにされたことが、相当気に食わないと見えるな。
いい気味だ。
つか、あんまり顔を近づけんなよ、クソデブ。
暑苦しいことこの上ないだろうが。
その上、汗臭いし息が臭い。存在するだけで最悪だな、こいつ。
「このヴァーナ公国で『魔王』の名を騙ったことを後悔するがいい。すぐにしょっ引いて、公開処刑してくれるわ!」
「あ~、さいですか」
わなわな震えながら、怒りを爆発させる四男坊。
「――何をしておるか、警備兵ども! すぐにこの魔王を名乗る危険人物を捕えろ!」
パンパン! と四男坊が丸々太った手を打ち鳴らし、市場街の警備兵たちを呼び寄せる。
だが……。
「すみません、マカロフ様。野次馬が多くて、なかなかそちらに辿り着けません!」
「なんだと!?」
野次馬の壁が行く手を阻み、警備兵たちはにっちもさっちもいかない様子。
どうにか壁を抜けようとしているが、なかなかうまくいかないようだ。
――って、おいおい、みんな。
さすがにこっち向かってサムズアップはまずいだろう。
ようやく役目を見つけてうれしいのはわかるが、お前たちもしょっ引かれちまうぜ。
まあ、警備兵たちも壁を抜けようと頑張っている振りしているだけみたいだから、咎められたりはしないだろうけどな。
ホント人気ねえわ、このおっさん。
あの横暴さじゃ、当然だけどな。
「ええい、無能どもめ。どこまで使えないのだ!」
「てめえほどじゃないだろうさ、ブタ野郎」
拳をバキバキと鳴らし、四男坊たちへ向かって一歩踏み出す。
さてと……。
んじゃ、みんなが稼いでくれたこの時間、有効活用するとしますか。
なーに、こんな連中、五分もあれば片が付く。
「ひっ! 来るな、下郎! 寄るんじゃない!?」
「わ、我らに手を出せば、お前もただでは済まんぞ!」
「必ず後悔させてやるぞ!」
助けが来ないとわかり、顔を青くしたブタと喚くしか能のない取り巻きが後退る。
まったく、さっきまでの威勢はどこへやらだな。情けない……。
あと、その金切声は耳障りだ。いい加減黙れ、腰巾着ども。
「わ、わかった。今回の余への不敬は、不問にしてやる。貴様もこのガキどもも許してやる。そのガラクタも返そう。だから、冷静になれ。な?」
後退りながら、ブタが譲歩するように捲し立てる。
上から目線の恩情、痛み入るね。
けど、悪いな。
「……なあ、マカロフ様よぉ。国のトップってのは、国民の見本となるべき存在なんだよな。だったら、俺もお前を見本に行動しなきゃなんねえってわけだ」
「そ、そうだ。その通り! つまりお前も、余を見習って冷静に――」
「……『やめて』と頼まれたら、嘲笑って続行。それがてめえの流儀だったな。マカロフ様の有り難い教え、確かに受け取ったわ」
「んなっ!」
足を止めたマカロフ様(笑)の前に到達。
きつくきつーく拳を握り締め、全身のバネと腰の回転を活かしつつ……、
「んじゃ、実践といってみようか! とことん付き合ってもらうぜ、マカロフ様?」
「ひぎーっ!?」
弾丸のような拳をブタ型サンドバックのたるんだ頬へ突きさす――直前だった。
「――ヨシマサ、ちょっと待った!」
「――んぐっ!」
聞き覚えのある、よく通るイケメンボイスが野次馬の外から発せられる。
この声、間違いなくあいつだよな。
チッ!
なんだよ、いいところだったのに。
思わず拳を止めちゃったじゃんか。
本当に間の悪いヤツだ。
そんなことを考えていたら、今度はこんな声だけでも美人とわかるソプラノボイス×2が聞こえてきた。
「すみません、みなさん。ちょっと通してもらえますか?」
「すまない。通してくれ!」
非難混じりの視線(あ、もちろんこれはあの野郎に対してだぞ。美人二人は悪くない!)を、声が聞こえた方へ向ける。
同時に、野次馬の壁がモーゼの奇跡のように真っ二つに割れた。
割れた壁の先に現れたのは――予想通り、シェフィルさんとフレアちゃんを連れたイケメン勇者・アルフレッドだった。




