子供の朝は早かった
「おはよう、ヨシマサ」
「約束通り、朝まで待ったよ!」
俺の前に立ったユーリとクレアが、満面の笑みを見せる。
クレアはいつも通りテンションマックスで元気ハツラツ。ユーリも珍しく高揚しているように見える。
うんうん。
二人とも、俺の言い付けを守って、よく待ったな。
すごく偉いぞ。
偉いんだが……、
「お前ら、もうちょっと時間を考えろ!」
ただ今、万桜号の時計で朝の4時。
うん。確かに朝だよ。
だけどね、もうちょっと良識的な時間ってあるよね。
朝の9時とか、普通、そういうのを想像するよね。
てか、まだ太陽さえ上ってねえよ!
朝って言うか、まだ未明。どう贔屓目に考えても早く来すぎだろう!
どんだけ気合入ってんだよ、お前ら!
「お~、なんとぶあついすてーきが~。がうがう」
ほれ見ろ。
うちの姫様なんか、まだ完全に夢見心地だぞ。
中途半端に起きたせいで、俺の腕に犬歯を突き立て始めちゃったじゃないか。
こいつの顎、ワニ並に強力だから、外すの大変なんだぞ。
てか、そろそろマジで痛ぇ!
本気で食い千切ろうとしてんじゃねえよ、ポンコツが!
いい加減離れろ!(ブスリッ!)
「ほぎゃーっ!」
顔を押さえて床をゴロゴロ転がるセシリア。
目つぶし一発。
寝ぼけた頭にはちょうどいい刺激だろう。
「ぐー……」
ふむ。
どうやら刺激が足りなかったようだ。
顔を押さえたまま寝ちまいやがった。
「はあ……。まあいいや。来ちまったもんは仕方ないからな。で、お前ら、朝ご飯は食ってきたのか?」
「ううん」
「お母さん、まだ起きてないし」
ブンブン首をふるクレアの横で、ユーリがさも当然といった素振りで言う。
これ、大丈夫かな。
朝起きたら子供が俺のところって、完全に誘拐と間違えられるフラグだろう。
「大丈夫。ちゃんと昨日の夜、お母さんに言っておいたから。明日は朝からヨシマサのところに行くって。書き置きもしてきたから、全然へっちゃら」
まあ、それなら大丈夫か。
とはいえ、お母さんもまさか朝4時に家を出るとは思うまい。
書き置きを見て、心底呆れることだろう。
あと、お前まで俺の表情から心を読んで会話し始めるな、ユーリ。
最近慣れてきたとはいえ、そんなみょうちくりんなことをするのはセシリアだけで十分だ。
「若干不安を覚えるが……まあわかった。ともかく、腹が減っては戦はできぬ。まずは腹ごしらえだ。本のことは、それからってことで」
俺が言うと同時に、ユーリとクレアのお腹が『く~!』となる。
ハッハッハ。
なんともまあ、二人とも正直な体だな。
「んじゃ、メシにするか。簡単なものしかできないが、少し待ってろ」
「「うん!」」
二人とも、実に素直でいい返事だ。
どこかの悪態しか吐き出さないクソ邪神も見習うといい。
ともあれ、手早く四人分の朝食を用意する。
本日はオムレツとサラダ。それに買い置きのパンというお手軽メニューだ。
さらに俺様特製のしぼりたてオレンジジュースを付ければ完璧だ。
「んあ? このにおいは……」
調理の途中で、オムレツのにおいに釣られたのか、セシリアも目を覚ましてきた。
相変わらず食い意地の張ったやつだ。
まあ、いつも通りではあるが……。
朝食の用意が終わるころには、東の空が明るくなり始めていた。
万桜号の前にテーブルを出し、御来光を眺めながらの朝食だ。
たまにはこういうのもいいかもしれんな。
「わらわは遠慮したいがのう。ふぁ~……」
眠たそうにオムレツをはぐはぐしながら、セシリアが聞かれてもいない返事をする。
いや、お前の場合夜ふかしするのがいかんだけじゃん。
毎晩毎晩遅くまでネットサーフィンとか、お前どこのニートだよ。
「違うぞ、ヨシマサ。わらわは、寝ずの番で万桜号を警備しておるのじゃ」
お前が警備しているのは万桜号じゃなくてタイムラインだろうが。
てか、「万桜号はこの世界で最強の乗り物じゃ!」って豪語してたのはどこのどいつだ。
俺らが許可しなきゃ誰も乗リ込めないんだから、警備いらないじゃん。
「そこはほら、気分というヤツじゃよ、ぐ~……」
寝ながら食うな、自宅警備員。
行儀が悪い。
「ねえねえ、ヨシマサ。セシリアちゃんは誰と話しているの?」
「気にするな、クレア。こいつはちょっとかわいそうな子でな。俺たちには見えない、妄想という名の妖精さんと交信しているんだ」
「がうっ!」
思いっきり噛まれた。
チッ!
本当にこういう時の反応だけは早いな。
能力のキャパをムダに使いやがって。
「隙あらば、わらわを貶めようとするとは……。まったく、器の小さい男じゃのう。お里が知れるぞ」
『はあ、やれやれ』と首をふるセシリア。
今のセリフ、貴様にだけは言われたくない。
そっくりそのまま、のし付けて帰してやるわ。
ともあれ、セシリアもこれで完全にお目覚めのようだ。
居てもうるさいだけだから、そのまま寝ててくれても良かったんだが……。
「おい、誰がうるさいじゃ、誰が」
「セシリアよ、見えないお友達との交信はそれくらいにしておけ。クレアが若干心配そうに見ているぞ」
「むぐ! ……覚えておれよ」
さすがのセシリアも、自分より小さい女の子(というか子供?)には弱い様子。
小さな声で捨て台詞を残し、すごすごと引き下がった。
フフフ。
なんだろう。超快感。
気分よく朝ご飯を食っていると、お日様も完全に顔を出し、気温も急上昇してきた。
さすがは夏。
この様子だと、今日も暑くなりそうだ。
市場街の方に目を向ければ、店を開ける準備をしている連中もちらほら出てきた。
みんな、朝からご苦労なことだ。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
そうこうしている内に、朝飯も食い終わる。
さてはて、そんじゃあ、約束を守るとしますか。
俺は後片付けもそこそこに、ユーリとクレアを万桜号の中へ案内した。
「よーし、待たせたな。これから、お前たちが欲しがっていた『本』をくれてやる。二人とも、準備はいいか?」
「「おー!」」
「うんうん、いい返事だ。じゃあ――ほれ!」
ユーリとクレアに、昨日印刷した紙束を渡す。
途端にきょとんとした顔になる二人。
まあ、「本をやる」って言って、紙束渡されりゃあ、ポカンとするわな。
「いいか、二人とも。それは、本の素だ。これからそれを使って、本を作るぞ」
「本を……作る?」
「ぼくたちにそんなことできるの?」
紙束を手に、ユーリとクレアが完全同機の動きで首を傾げる。
対して俺は、「できる!」と頷いてみせた。
「もちろん、俺が持っているような難しい製本の本は作れないけどな。でも、簡単な本ならお前たちでも作れる。俺が保証する」
そう言って、俺は未だに呆けている兄妹の頭に手を置いた。
「お前たちが欲しいと望んでいたものを、自分たちの手で作り出すんだ。きっと、ただ本をもらったり、買ったりするよりも、ずっと愛着を持てるぞ。――どうだ? 自分たちの手の中から本が生まれてくるって、何だかワクワクしてこないか?」
「本を生み出す……」
「わたしたちの手で……」
俺がニッと笑ってみせると、釣られるようユーリとクレアの顔にも笑みが灯った。
「うん! わたし、やってみたい!」
「ぼくも!」
満面の笑みを見せ、二人が大きな声で返事をする。
よっしゃ!
どうやら、俺の目論みも成功したようだな。
安い予算で最大限の満足を。
これぞ、商いの基本にしてコストパフォーマンスの神髄。
それをこうも容易く体現するとは、さすが俺。
伊達にモテたい一心で経営学の勉強をしてないぜ!
……まあ、こいつら、厳密には客じゃないけどな。金もらってないし。
「毎度思うが、それだけ努力してすべて空回りしている段階で、お主の恋愛運のなさは神懸りめいていると言えるのではなかろうか」
黙れ邪神。
仮にも神様であるお前がそれを言うと、マジでシャレにならん。
俺はちょっと間が悪かっただけだ。
そう。俺のモテ期はこれからなんだ!
「ああ、うん。まあ、その……頑張れ? わらわも応援しとるぞ?」
…………。
なんだろう。
そうやって温かい目で応援されると、逆に傷つくな。
まだいつものように罵詈雑言を浴びせられた方がマシな気がする。
まあいいや。
俺には仕事がある。
今は、目の前の二人を優先だ。
というわけで、俺流製本教室、開講だ!




