とりあえず全力で謝っといた。
運ばれてきた料理もあらかた片付き、まったりと食後のお茶を楽しむ俺たち。
ああ、もちろん俺とセシリアはジャンボパフェをかきこんでいるけどな。
あれッスよ、あれ。パフェは飲み物ってヤツッスよ。
食えるときに食っておく。おごりと聞いたら遠慮しないし、容赦しない。
これぞ、今をときめく邪神&魔王クオリティ。
「それにしても、まさかこの街でセシリアに会えるとは思わなかったよ」
紅茶のカップを片手に、ふわりと微笑む勇者。
こいつはどんな格好していても絵になるな。
これだから、イケメンは……。
まったくもって、忌々しいことこの上ない。
「急にアンデルスのところからいなくなったと聞いて、ずっと心配していたんだ。君が無事で、本当に良かったよ」
言葉の通り、心底安心したといった様子で勇者が一息つく。
そう言えばこいつ、昼間もそんなこと言っていたな。
今日会ったばかりの付き合いだが、こいつがどんなヤツかは大体わかった。
あまり裏表がなく、子供のように素直で無邪気な男。
今のこいつの言葉は、演技じゃなくて本心からの言葉だ。
デートで女性に最高のエスコートをするため、心理学を学んできた俺が言うのだから間違いない。
でも、そうなると一つ腑に落ちないことがあるんだよな……。
「なあ、勇者」
「ヨシマサ、できれば僕のことはアルフレッドって呼んでくれないかな。その……『勇者』って呼ばれるのは、さすがに気恥しいからさ」
少し顔を赤くして、困ったように人差し指で頬を掻く勇者。
チッ!
どんな仕草も絵になるって、結構ウゼえ。(←イケメンへの嫉妬&僻み)
……………………。
……フウ。
まあいいや。
こいつの仕草に一々腹を立ててたら、話が進まねえしな。
名前で呼んでほしいって言うなら、そうしてやるさ。
大して親しくない男同士でファーストネーム呼び合うとか、かなり気色悪いけどな。
「んじゃ、アルフレッド。ちょっと聞いてもいいか?」
「もちろん。僕に答えられることなら、いくらでも」
「お前さ、なんでそんなにセシリアのことを気にかけてんだ。一応、全面対決したような敵同士なんだろ、お前とセシリア」
前魔王が間抜けな結末を迎えて直接対決は避けられたものの、敵としての構図自体は変わりないはず。(実際、セシリアは勇者を天敵扱いしてたし……)
なのに、こいつはセシリアのことを心配していやがった。
さらに言えば、俺が新たな魔王と知っても何も言わねえし、あまつさえこんな風にメシまでおごってくれている。
正直なところ、こいつが何をしたいのか、さっぱりわからん。
そう思って、聞いてみたんだが……。
「え? 僕とセシリアが敵同士? いや、僕らは別に敵でも何でもないけど」
「…………。……は?」
きょとんとした様子で返事をする勇者に、俺も一瞬ポカンとした後、素っ頓狂な声で答えてしまう。
いや、ちょっと待ってくれよ。
ちょっとだけ整理させてくれ。
勇者パーティーって、魔王軍を壊滅させたんだよな?
各方面軍をフレアちゃんたちが落として、勇者が魔王城に乗り込んだんだよな?
なのに、どういうことだよ。「敵でも何でもない」って……。
「そもそも僕たちは、魔王軍と戦う気なんて、これっぽっちもなかったんだよ。魔王軍は知性あるモンスターや魔族を束ねてくれる、貴重な組織だったからね。そんな有用な組織、好き好んで壊そうと思うわけないだろう?」
さも当然と言わんばかりに首を傾げる勇者殿。
いや、まあ、言われてみれば、その通り……なのか?
魔王アンデルスの時代にどんな統治をしていたのか知らんから、何とも言いようがないんだが……。
「あれ? じゃあ、なんで全面戦争なんてしたんだ。結果的にお前ら、魔王軍を壊滅にまで追い込んだんだろう?」
「いや、僕らは戦争するつもりなんて、これっぽっちもなかったんだけど……。アリオス王国国王の名で同盟を持ちかける親書を出して、その答えを聞きに行こうと思ったら……なんか攻撃されちゃって」
「…………。……ほうほう」
「それで仕方ないから、フレアたちにモンスターをなだめてもらっている内に、僕が直接魔王城に行くことになったんだ。そしたら、さらに勘違いされて魔王から攻撃を受けて……。慌てて跳ね返したら、飛び方が悪くて魔王城の方に行ってしまってね。結果、あんなことに……」
『あんなこと』というのは、魔王がビビッて足滑らせたあげく、記憶飛ばしたってやつだな。
なんか勇者、「僕がもうちょっとうまく立ち回れば、あんなことにはならなかったんだけど……」と反省しきりな様子だ。
こいつ、本当にお人よしだな。さすがの俺も感動してきたぜ。
だけどまあ……うん。
安心しろ、勇者。
お前、たぶん全然悪くねえよ。
悪いとしたら……。
「おい、セシリア」
勇者から視線を外し、隣に座るジャリの方を見る。
速攻で目を逸らされた。
「お前から聞いていた話と、ずいぶん違うんだが。親書ってどういうことだ?」
「いや、それはその、なんというかじゃな……間違えて読む前に薪にくべてしまって……」
目を泳がせまくって、言い訳がましく言うセシリア。
うん、完全に嘘だな。
大方、読んだ後で調子に乗って、「勇者など恐るるに足らず!」とか言いつつ、ちょっかい仕掛けに行ったんだろう。
「なぜわかった!」
大きなお目々をパッチリ見開いて、セシリアが超驚いた顔で俺を見る。
わからいでか!
単純バカでお調子者のお前が考えていることなんて、丸わかりだっつうの!
要するに、徹頭徹尾こちら側が悪かったってことじゃん。
勇者たち、完全にとばっちりじゃん。
調子に乗っていろんな人に迷惑かけた挙句、てめえらが勝手に自滅しただけじゃん!
ホント、何やってんのお前ら?
バカなの? 死ぬの?
人に迷惑かけまくっといて、都合よく話盛ってんじゃねえよ、バカちんが!
――と、それはいい。
こうなった以上、このジャリを叱る前に、まずやるべきことがある。
俺は居住まいを正し、勇者の目を真正面から見つめた。
「アルフレッドよ……」
「ん? どうしたんだい、ヨシマサ。急に改まって」
「うちの馬鹿どもが思いっきり迷惑をかけて、本当にすんませんでした!」
ええ。もうガチで謝りましたよ。これまでの人生で最も真剣に謝りました。
俺、一応このクソガキの保護者ですし。
俺が来る前のこととは言え、ガキの不始末は保護者の責任ですし。
机に額こすり付け、心の中は完全に土下座ですよ。
「え? あ、いや、君に謝ってもらう必要はないんだけど……。ほら、僕にも落ち度はあったわけだし……」
困ったように笑って、何事もなかったかのように許してくれる勇者。
お前、本当にいいやつだな!
イケメンでハーレム主なのに許せちまいそうだよ、俺。
脳内『あいつ絶対許さんリスト』のトップから2位に引き下げしておくよ。(外しはしない。そして、入れ替わりでセシリアがトップだな)
――なんて、俺が感動の渦に飲まれていると……。
「そうじゃぞ、ヨシマサ。元はと言えば、勘違いされるようなことをしてきたこいつらが悪い。お主がそのギリギリ見られる面をテーブルに押し付けることはないぞ――ほぎゃ!」
とりあえず無言でジャリの後頭部に手を当てて、机に叩き付けた。
ほれ、セシリア。
リピート、アフター、ミー。(←激おこ)
「本当にすみませんでした」
「すびばせんでじた……」
「よくできたな。偉いぞ、セシリア。いいか? どんな時も謙虚が一番だ。二度と忘れるなよ、トリ頭」
「いえっさー……」
さすがに心のどこかで、1%くらいは自分たちが悪かったと思っていたのだろう。
普段の生意気振りは鳴りを潜め、セシリアは存外素直に謝った。
うん。わかればいいんだ、わかれば。
「――こいつもこう言っているので、どうか許していただきたい」
「あ……ああ。うん。ぼくらも気にしていないから、その……そろそろ放してあげてよ。ほら……セシリアの額が当たってる部分から、机もひびが入り始めているし……」
勇者の許しも出たので、セシリアを解放してやる。
なんか額から血が間欠泉みたいに噴き出しているが、器用な芸をするやつだ。
まあ、こいつのことだからツバでもつけておけばすぐに治るし、気にしないようにしよう。
ともあれ、こうして俺たち魔王軍(と言っても、今や邪神と魔王の二人だけだが……)と勇者パーティーは、遅ればせながら和平を結んだのだった。




