敵(勇者)の敵(ポンコツ邪神)はやっぱり敵だった。
「マカロフ様、ここは僕に免じて矛をお納めいただけませんか」
「むぅ……。勇者殿がそう言うのであれば、仕方あるまい。今回は見逃してやるとしよう」
朗らかな笑みを浮かべ、四男坊を説得してくれる勇者アルフレッド。
市場街での騒動は、こいつの登場によって急速に終結の方向へと向かっていった。
警備兵たちは、『無駄な仕事をしないですんだ』と言わんばかりに自分の持ち場へ戻っていく。
四男坊と取り巻き達も、自分の巣――じゃない! 国の中心区画の方へと戻っていった。
あとに残ったのは、勇者、俺、気絶したセシリア、そして黄色い歓声を上げ続ける町の娘たちだった。
「ハッ! ここは……」
「おう。起きたか、セシリア」
どうも周りの騒がしさに目を覚ましてしまったらしい。
あと少し気絶していれば、幸せだったものを……。
当然、それに気づいて寄ってくる男が一人……。
「セシリア、気が付いたんだね。よかったよ。もしかして体調がすぐれなかったりするのかな?」
まるで姪っ子にでも声を掛けるように、フランクで優しく問いかける勇者。
こいつ、自分が気絶の原因だとは、夢にも思っていないんだろうな。
セシリアも早速また気絶しかかっているし、ここは仕方ない。
パートナーとして助けてやるか。
「ああ、実はそうなんだ。こいつ、朝から腹の調子を悪くしていてな。すまないが、そっとしておいてくれないか」
「ああ、そうなのか。で、ええと、君は……」
突然割り込んできた俺に、勇者が困惑気味の笑顔を見せる。
ああ、そういや名乗ってなかったな。
「俺はヨシマサ。なんつうか、まあ、セシリアの旅の連れみたいなもんだ」
「セシリアの連れ……。ということは、そうか。君が次の……」
ハッとした様子で勇者が俺を見る。
新しい魔王だということはあえて言わないでおいたのだが、勘付かれたようだ。
まずいな、これ。
俺、リアルに命の危機ですよ。
かくなる上は、このロリ邪神を囮にして……。
「まあ、それはいいや。僕はアルフレッド。どうぞよろしく!」
キラリと白い歯を見せ、俺に向かって右手を差し出す勇者。
ふう……。なんか知らんが、命の危機は脱したらしい。
とりあえず安心し、勇者の手を取る。
――だが、これが巧妙な罠だった。
「クッ! なんだ、この手から伝わってくるいい人オーラは!」
勇者の手を握った瞬間、ヤツから溢れ出たいい人オーラが俺を襲う。
チッ!
あまりのいい人オーラに、セシリアを囮にしようとした自分の心の汚さに苛まれてしまいそうだ。
これがリアル○神兵と呼ばれた勇者の力か!
「安心するのじゃ、ヨシマサよ!」
「セ……、セシリア……」
勇者に屈しかけた俺の名を、セシリアが支えるように呼ぶ。
ふと傍らを見れば、勇者の前だというのに両のこぶしを握り締め、気丈に俺を見上げるセシリアの姿が目に入った。
ガクガク震えつつも、その目は労わりと励ましの色で満ちている。
そう。それはまるで、俺と一緒に戦ってくれているかのように……。
そうか。
お前、俺を奮い立たせようとそんなにも必死に頑張って……。
泣かせるじゃねえか、ちくしょう。
お前はやっぱり、最高のパートナーだぜ!
「お主は魔王なのじゃ。つまり、勇者とは対極をなす存在。むしろ、お主くらい心がギトギトに汚れておった方が、釣り合いが取れるというものじゃ。だから、何も恥じることはないぞ。ヤツのいい人オーラに負けぬ、いつもの陰湿卑怯な小悪党オーラを見せてやれ!」
「うん。お前、もうちょっと黙ってろや」
やっぱりこいつは最悪のパートナーだった。
てか、お前どっちの味方だよ。
何を勇者に便乗して、助けに来た俺にダメージ与えに来てんだ、ゴルァ!
せっかく今日は、お前のためにゴージャスなメシにしてやろうと思っていたのに!
「うむ、よいな。苦しゅうないぞ。存分に振る舞うがよい」
「誰が振る舞ってやるか。そこらの雑草でも食ってろ、クソ邪神。てか、そんなに勇者が好きなら、こいつらのパーティーにでも加えてもらえ!」
「恐ろしいことを言うでないわ、このボケナスが! そんなことしたら、わらわ、3日で死んでしまうじゃろうが!!」
宿敵である勇者を前にしても、変わらず仲間割れをする俺たち。
これぞ、邪神&魔王クオリティ。
こんなんだから、勇者に勝てないんだろうな。
ちなみに、当の勇者アルフレッド様はというと……。
「ハハハ。どうやらセシリアも元気になったようだね。素敵な仲間にも恵まれたようで何よりだ」
取っ組み合いを始めた俺たちを微笑ましそうに眺め、こんなことを申しておった。
大らかというか何というか……。
こいつはこいつで、俺たちとは別ベクトルのバカなんじゃないだろうか。
「――おっと、そろそろ仲間と合流しないといけないな。ヨシマサ、セシリア、ぼくもそろそろお暇するよ」
「おうおう! さっさと行ってしまえ!」
勇者にあっかんベーするセシリア。
喧嘩のテンションと勇者と同じ空気を吸い過ぎたことによる感覚麻痺で、一時的にトラウマを乗り越えたらしい。
おかげで地が出て、ものすごい強気だ。
「あはは。随分嫌われてしまったね。まあ、無理もないか」
少し寂しそうに微笑む勇者。
ここまで言われても怒らないのか、こいつ。大したもんだ。さすがは勇者。
俺だったら即キレて全面戦争だが。
と、そこで勇者が名案でも思いついたように、手をポンッと打った。
「そうだ。ここで会えたのも何かの縁。せっかくだから、今晩一緒に食事でもどうかな? 君たちがどんな旅をしてきたのかも興味あるし」
「ハン! なんで勇者なんぞとメシを食わねばならんのじゃ。おことわ――」
「乗った!」
「――りじゃ……なんじゃと!!」
セシリアが信じられないようなものを見る目で俺を見る。
フフフ。
甘いぞ、セシリア。
確かに勇者と一緒にメシなんぞ、俺だって嫌だ。
何を好き好んでこんなイケメンとメシを食わんといけないのだ、って感じだ。顔が良い男に用はない。
――だがな……俺の目下の敵はお前だ、セシリア!
先程の非道な仕打ち、忘れたとは言わさん。
貴様に嫌がらせするためなら、俺はイケメンとメシに行くことさえ厭わない!
「くっ! こんな時に無駄な覚悟を固めおって。この裏切り者が!」
「フハハ! なんとでも言うがよい! だが、決まったものは決まったもの。貴様には、勇者との会食を楽しんでもらうぞ」
「キーッ!! ヨシマサの分際で調子に乗りおって! ブサイク! 童貞! 脳筋専門ホモ野郎!」
「誰がホモ野郎だ! 俺は道行く女性のバストサイズを常に計測しているくらい、純度100%のノーマルだ!」
余計なことを口走りながら、セシリアとの取っ組み合い第2ラウンドを開始する俺。
なお、俺の言葉に勇者目当てで集まっていた女性陣が汚物を見る目をして三歩ほど引いたが、気にしないことにした。
ああ、心の汗が目に染みるぜ!
俺の口よ、お前はどうしてそうも正直なのだ。
あと、勇者は「それじゃあ、夕方に迎えに来るから」と言って、爽やかに颯爽と去っていった。
立ち去るだけでも無駄に絵になるな、あの爽やかイケメンは。
本当にいけ好かないヤツだ。
「隙ありじゃ! くらえ!」
「ぬおっ!」
去っていく勇者を目の端に捉えていたら、セシリアがチャンスとばかりに股間へ向かって蹴りを繰り出してきやがった。
このクソガキ、美少女キャラを崩壊させて、何て恐ろしい攻撃をしてくるんだ。
見ろ! 見物していた野郎どもが、一斉に股間を押さえて顔を青くしてるじゃないか!
第一、俺のが使い物にならなくなったらどうすんだ!
「その時は世の中平和になって万々歳じゃろうが! それにどうせ使う機会なんて一生来やせんのじゃから、大人しく潰させろ!」
「貴様、チェリーボーイの夢を砕くようなことを次々に言いおって! 今日という今日は許さん!」
執拗に股間を狙ってくるセシリアをいなし、カウンターでジャイアントスイングを仕掛ける。
しかし、俺の意図に気付いたセシリアは異次元収納空間から釘バッドを取り出して地面に突き立て、回転を抑えてきた。
同時に俺の拘束から抜け出し、セシリアがバッドを振り被る。
だが、俺だって黙っちゃいない。懐から市場で買った水鉄砲(竹製の注射器っぽいやつ。中身は香辛料を溶かした水)を取り出し、一気に吹き付ける。
セシリアが慌てたところで釘バッドを奪い、形勢逆転だ。
「ぬう! 飛び道具を使うとは卑怯な!」
「改造エアガン使ってくるやつに言われたかねえ!」
次々と攻守が入れ替わる、息もつかせぬ攻防戦。
何でもありの異種格闘技戦に湧く観客たち。
俺とセシリアの大喧嘩は、勇者が再び戻ってきて、止めに入るまで続いたのだった。(ちなみに、今回の喧嘩で得たおひねりは、この国に来て以来最高の600ゴルドだった)




