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勇者降臨!

 その時は、唐突にやってきた。

 

 それは麗らかな昼下がり、いつものごとく子供たちへの読み聞かせを始めようとしていた時のことだった。


 余談だが、最近ここの連中、俺らのことを託児所か何かと思っている節があるな。

 朝っぱらから弁当持たせた子供連れてきて、「よろしく~」とか言って去っていくし。

 まあ、おすそ分けやら駄賃やらはもらっているので、別に構わないんだが……。

 ただ、店の定休日に子供と一緒に旦那を連れてきて、「よろしく~」とか言っていく奥さんはどうなんだろう。旦那と子供を俺に預けて、あんた一体何しに行く気だ。口止め料でたくさん包んでもらっているので、何も言わないけど……。


 ともあれ、そんないつもの風景の中にヤツらはやってきたんだ。


「ほほう~。ここが巷で噂の読み聞かせ屋か?」


「はい、そうでございます、マカロフ様」


 現れたのは、何人もの取り巻きを引き連れた豪奢な身なりのおっさんだ。

 見るからに偉そうだな。

 いけ好かないオーラ満点だ。


「おい、貴様。貴様がこの読み聞かせ屋の主人か?」


「へ? ええ、まあそうですが……」


 実際、態度でかいし。取り巻きに団扇あおがせているし。

 てか、俺はいつから読み聞かせ屋の主人になったのだろう。

 初耳だな、おい。

 商工ギルドでは、『大道芸人』と登録したはずなのだが……。


 ともあれ。

 たぶんこの人、この国の取り仕切っている貴族の一族かなんかだろうな。

 立派なビール腹に二重あご。そこらかしこに蓄えられるだけ脂肪を蓄えている。

 見るからに絵に描いたような残念系貴族様だ。


「余はこの国をまとめるヴァーナ家の四男、マカロフじゃ。今日は巷で噂となっている読み聞かせとやらを聞いてやりに来た」


「はあ、さいですか。それはどーも(棒読み)」


 偉そうにふんぞり返る、貴族の四男坊(という名のいい年こいたおっさん)。

 この国を治める貴族は、「年老いているものの名君と名高い」って聞いていたんだけどな。

 まあ、四男って言っているし、これはきっと……。


「出がらしか……(ボソ)」


「うん? 何か申したか?」


「いえ、別に」


 危ない、危ない。

 思わずお偉いさん(という名のブタ)に、辛い現実を突き付けてしまうところだった。

 汚い言葉、メッ!


「さあ、早くマカロフ様のために読み聞かせを始めんか!」


「それと子供たち! マカロフ様はお前たちのような生意気なガキを好まぬ。さっさと散るがいい!」


 おいこら取り巻きたち、小物臭さが光る妙な威圧感を出すのはやめろ。子供たちが白けた顔で帰っていくから。

 さっきまで目を輝かせていた子供たちが、「はあ……、やれやれ」とか妙に厭世観を漂わせているから。


 はあ……。

 もう、本当になんなんだろうな、この……、


「肥え太ったブタ野郎と、金魚のフン集団は……」


「ヨシマサよ、例によって声に出ておるぞ。しかも、今度は聞こえる大きさで」


 おっといけない。

 俺ほどの正直者になると、やはり自分に嘘は付けないということだろう。

 いや~、自分の溢れ出る公明正大さがに憎らしいね。 


 なお、彼らの後ろで市場街の連中が盛大にコクコクと頷いているのは黙っておいてやろう。

 あとでネタになるし。


 で、視線を戻してみれば、四男坊は顔を真っ赤にしてプルプル震えていらっしゃった。

 どうやらブタなりに、言葉の意味が分かる程度の知能は持ち合わせていたようだ。

 これはビックリ仰天。


 ただまあ、お偉いさんというのは雑魚であればあるほど、怒らせると後が厄介だ。

 素直に謝って言い直すとしよう。


「大変失礼いたしました。よく見ればトウキョウXとランチュウのフン集団でしたね。うっかりしておりました」


「ヨシマサよ、ブランド豚と有名品種の金魚にすればいいという問題ではないと思うぞ。品種が良くなっても、ブタとフンに変わりはないわい。あとそれ、お主の世界の基準じゃから、こやつらには通じん」


 嘆息するセシリア。

 なんだろう。セシリアが常識人に見える。

 不思議なこともあったもんだ。


 ただな、セシリア。これはこれで問題ないんだ。


「……別にいいんだよ。要はバカにしていることさえ伝われば。俺の仕事を邪魔した天罰だ」


「さよか。まあ、そういうことなら好きにせよ」


 耳打ちしてやったら、我関せずといった感じで後ろに下がるセシリア。

 ああ、好きにさせてもらおう。

 この無能貴族共に魔王の恐ろしさを思い知らせてやる。


 ――って、おや? 気づけば、いつの間にか目の前から視認できそうなほどの怒気が……。  


「……貴様、いい加減にしろよ!」


「マカロフ様がブタ呼ばわりするのはいいとして、我々が金魚のフンだと!」


「我らを侮辱するにもほどがあるぞ。しょっぴかれたいか、チンピラが!」


 四男坊の後ろから、ピーチクパーチクと騒ぎ立てる取り巻きたち。

 どうでもいいが二番目のやつ、本音が出ているぞ。

 まったく、口の栓がゆるいヤツだな。情けない。

 あとでどうなっても知らんぞ。


「お主も人のこと言えんじゃろうが……」


 セシリアが溜息混じりにそう言った瞬間だった。


「貴様、黙っておれば頭に乗りおって!」


 四男坊の大声量が、俺の鼓膜を震わせた。

 こいつ、太っているだけあって無駄に肥え――いや、声がでかいな。

 耳がキーンってなっちまったじゃんか。

 てか、あんた爆発するの遅すぎない?

 身のこなしだけじゃなくて思考速度もウスノロだな。

 さすが、出がらし。パないですな。


「警備兵たちよ、何をしておるか! さっさとこの不届き者たちを捕えて処刑せよ」


 途端にぞろぞろととオマケでセシリアを包囲し始めた市場街の警備兵さんたち。

 一様に面倒そうな顔をしているけど、まあそこは仕事と割り切っているようだ。この四男坊、本当に人望ねえな。

 ともあれ、警備兵さんたちは「本当にお仕事ご苦労様!」って感じだね。

 

「で、どうするのじゃ。このままじゃ、また牢屋で素敵なニート生活に逆戻りじゃぞ」


「…………。……あれ? それって、天国行きの切符じゃね?」


「その後、リアルに天国行きじゃろうがな。いや、どちらかと言えば地獄か」


 そこはセシリアさんの素敵スキルをまた駆使してですね……。

 でもまあ、そんなことをしたら脱獄者だから、この国に居られなくなっちまうか。

 せっかくご近所付き合いも慣れてきたんだし、希望としてはもう1カ月くらいはここでのうのうとしていたいんだよな~。

 

 仕方ない。

 俺の巧みな話術を駆使して、この場を見事に治めてみせるとしよう。


「ああ、マカロフ様や――」


「おや? マカロフ様、この騒ぎは一体どうしたのですか?」


 俺がスーパー話術を披露しようとした、ちょうどその時。

 よく通る爽やかイケメンボイスが俺たちの耳を打った。(この声は95%以上の確率でイケメンに違いない。イケメンを心の底から憎む俺が言うのだから間違いない)

 同時に、今まで能天気な顔をしていたセシリアが、時間でも止まったように動きを止め、ガクガクと震え始めた。

 いきなりどうしたんだ、こいつ。


「こ、この声……。ま、まさか!」


 驚愕の色を浮かべたまま、ギギギッ……と顔を動かすセシリアとともに、声のした方へ振り返る。

 そこに立っていたのは、サラサラのブロンドヘアをなびかせ、市場街の女性たちから黄色い歓声を受ける超イケメンだった。


「ゲゲッ! 勇者!」


 美少女が決して出してはいけないタイプの声とセリフでイケメンのことを呼ぶ。


 てか、え? なに?

 こいつが勇者? 『絶対許せねえ男ナンバーワン』やら『世界の敵』やらと(俺から)定評のある、旧魔王軍を滅ぼしたリアル巨○兵?


「ん? ――あれ? セシリアじゃないか! やあ、久しぶりだね。突然いなくなったとアンデルスから聞いて心配していたんだけど、元気そうで何よりだ」


 呆然とする俺の横を通り抜け、少女漫画のヒーローのように甘い笑顔でセシリアの手を取る勇者。


 うん。

 ちょっとやめてあげてくれないかな。

 セシリア、トラウマ爆発させて立ったまま泡吹いて気絶しているから。

 美少女なのに、絶対に人様へ見せられないような形相で気絶しているから。

 さすがにこれ、あまりにも気の毒だから……。


 ともあれ、こうして俺とセシリアは勇者アルフレッドと予期せぬエンカウントを果たしたのだった。

 ホントこれ、どうなるんだろう……。

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