勇者は超危険?
「つまりじゃな、あの魔法はお主を通し、わらわの力を具現化しておるのじゃ」
万桜号の中に戻った俺は、目の前の偉そうなロリ神から魔法の講釈を受けていた。
曰く、このちんまい邪神の中にはとてつもない神様パワーが眠っているそうだ。
で、そのパワーを魔術書を通して俺に分け与え、さっきの魔法として結実させたらしい。
なお、邪神パワーをもらうにはこいつの半径10メートル以内にいなければいけないそうだ。
さっきの本番ステップ1は、こいつからパワーをもらうための確認だったわけだな。
「つうかさ、だったらお前が自分で魔法使えばいいじゃん。いや、もう自分で魔王でも何でもやればいいじゃんか」
「むう~。そう簡単にはいかないんじゃよ。わらわ、邪神とはいえ一応神様なんでな」
「は? どういうこと?」
「うーん……。簡単に言うとじゃな、わらわは単なる力が溜まったタンクでしかないのじゃ。力を取り出すには、タンクに穴を開けるなり、傾けるなりせんといかん。じゃが、わらわにはそれをやる術がないのじゃよ」
話を聞く限り、こんな感じだった。
どうもセシリアは、この世界に対して過度の干渉ができないようになっているらしい。
世界の外に対してなら、俺を呼び出したように無限とも言えるパワーを行使できるが、この世界の中では誰かに力を貸すという形でしか自分のパワーを使えないそうだ。
要は、神頼みに応えることしかできないってわけだな。
ちなみに、そんなセシリアが唯一自由に行使できるのが異空間への荷物の収納らしい。通称、異次元収納空間。どこからともなく物を取り出していたのは、この力というわけだ。
「ふーん。意外と不便なんだな、神様って」
「昔は割と好き勝手できていたんじゃがな。調子に乗った神々が速攻で終末戦争を始めてしまったんで、自重するためにこの制約が生まれたんじゃ」
新しいおもちゃをもらったガキか。
この世界の神様たち、もう少し堪えろよ。
「で、わらわも仕方ないから、勝手に魔王とかを祭り上げて、憑りつい――加護を与えておったわけじゃ」
「今、明らかに『憑りついて』って言おうとしたよな」
「ヒュー、フィー、ヒュー♪」
知ーらないと言わんばかりに、耳を塞いで吹けない口笛を吹くセシリア。
この態度を見る限り、こいつのやっていたことってかなりグレー……。いや、もう限りなく黒だったんだろうな。
ほんとダメだ、こいつ。
誰だよ、こんなの神にしたやつ。
「そんで、お前は俺を呼んで何をしてもらいたいわけ。まさか、魔王になってこの世界を支配とか破壊でもさせたいのか?」
「お、恐ろしいこと言うでないわ!?」
あれ? なんかものすごい勢いで怒られた。
え? 俺、魔王なんですよね? なんで怒られてんの、俺。
もしかしてこの世界って、俺の世界と魔王の定義違ったりすんの?
「そんなことしようとしたら、また勇者パーティーに目を付けられてしまうじゃろが」
違った。
単純に勇者が怖いだけだった。
なんだ、この邪神。
神様のくせに超チキン。
「お前はあの悪夢を知らんから、そんなことが言えるのじゃ。わらわたち魔王軍が、勇者パーティーにどれほどひどい目にあわされたことか……」
「な……なんだよ。勇者ってそんなに強いのか」
「強い。具体的に言うとじゃな……」
またもやどこかからパソコンを取り出したセシリア。
こいつ、パソコン好きだな。
これだけ俺の世界の技術を使っているくせに、なぜその場所がわからない……。
で、なんか操作していたかと思ったら、セシリアはバッと画面を見せてきた。
「強いて言えば、こんな感じじゃ」
某動画サイトで巨○兵が無双していました。
つかそれ、もう人間じゃないじゃん。
何ここ、もしかして○神兵がスタンダードなの!?
すんません! 元の世界に帰してください、マジで!
「安心せい。ちゃんとお前と同じ人間じゃ」
俺の表情から心を読んだのか、セシリアが付け加えた。
そうか……。
とりあえず、よかった。
「わらわたち魔王軍は、7日間にわたって蹂躙されつくした。それはもう、阿鼻叫喚の地獄絵図じゃった……」
「ほう、地獄絵図……。――って、あれ? おい、ちょっと待て! それって、俺がここで魔王なんか名乗ったりしたら、リアル巨神○軍団に追い回されるってことじゃないのか? 地獄絵図の作成者に、文字通り地獄の底まで追いかけられるじゃん!」
「……勇者パーティーは、各地に散って一斉攻撃を仕掛けてきたのじゃ」
「話聞けや、ゴルァ! ざけんなよ、この疫病神! いてこますぞ!」
必死で叫ぶ俺。
無視して話を進めるロリ邪神。
「やつらの攻撃はどれも強力の一言じゃった。北の軍は姫騎士の美しさに籠絡されて追っかけ親衛隊となり、西の軍は美少女神官の説法で何やら純白の心になっておった……」
「…………」
いや、それどの軍も戦ってねえじゃん。美少女たちに下心丸出しになっただけじゃん。
ダメすぎるだろ、魔王軍。
ていうか、勇者パーティーって美少女集団なのか?
なんだそれ、羨まし過ぎる。俺もそっち行きたい。
「東の軍は妖艶な魔法使いに骨抜きにされ、南の軍は巨乳格闘家の関節技を受けるために列をなして全滅。こうして我が軍は5日で滅ぼされたのじゃ……」
悲痛な表情で臨場感たっぷりに語るセシリア。
でも、ごめん。
正直、滅んで当然としか思えないわ。
つうか、巨乳格闘家の関節技って微妙に羨ましいんだが……。
「そしてついに7日目の夜。奴らの首魁、イケメンアイドル勇者のアルフレッドが魔王城に攻め込んできたのじゃ」
チッ!
やっぱりイケメンか。しかもアイドルときたか。
各種美少女をはべらせやがって。爆発しろ!
「ぬ? 何やらお主の方からフ○ースの暗黒面が……」
「気にするな。続けてくれ」
「そうか? では……。――勇者は城の魔物を蹴散らし、とうとうわらわたちがいる玉座の間にやって来た。そして、わらわの魔王アンデルスは……」
「激しい戦いの末に勇者に討たれたとか?」
「いや、地下通路へ逃げようとした際に、膝が笑っておった所為か階段から落っこちてな。記憶喪失になってしもうた。おかげで勇者も討伐を断念してくれたのじゃ。今では記憶ごと心を入れ替えて、近くの農村で畑を耕したりしておる」
「…………」
部下が部下なら、親玉も親玉だな。
まったく締まらん。
この世界で『魔王』って、キング・オブ・アホの代名詞かなんかなのか。
――って、うん? そう言えば……。
「そういや、お前の力は使わなかったのか? さっきの山をふっ飛ばしたような魔法使えば、勇者くらい倒せたんじゃ……」
「それなら、ヤツが乗り込んでくる前に使ったぞ。特大魔王玉じゃ」
「ほう……。――それで?」
「勇者パワー増し増しで威力三倍の特大ホームランになって帰ってきたわ。……あれは恐かったな。わらわ、アンデルスと抱き合ったまま、机の下にもぐってガチ震えじゃった……」
……ふむ。
勇者、普通に強かったらしい。
まあ、当然か。巨○兵級みたいだし。
ちなみにセシリアは当時のことでも思い出したのだろう。なんかカタカタと震えている。
お? よく見たら、目元には涙も浮かんでいるな。
なんだろう。いじめたくなってきた。
「あ、窓の外に勇者パーティーが――」
「ギャーギャー!!」
ものすごい勢いで助手席の下に潜り込んだ。
余程トラウマだったらしい。
なんかその……ごめん。
「おいおい、冗談だって。仮にも神様がビビり過ぎだろ」
「バカモノ! 言っていい嘘と悪い嘘があるわ。危うくチビるところじゃったぞ」
目に涙を溜めまくったロリ邪神。
しかも、どうやら腰が抜けたらしい。立ち上がることもできずに正座姿勢で喚いている。
……どんだけ勇者が恐いんだ、こいつ。
けど、妙にかわいいんで許す!
なお、手を貸そうとしたら噛みつかれそうになったのでやめた。
無茶苦茶根に持っていらっしゃる。
「とりあえず、勇者パーティーがバカ強いことはわかった。――で、結局お前は、何がしたくて俺を呼んだんだ? 勇者を倒したいんじゃないんだろ?」
「当然じゃ。あやつの顔など、もう二度と見たくないわい!」
力説された。
ホント、こいつは何をしたいんだ。
「まあよい。聞きたいというなら教えてやる。お前を呼んだのは世界征服するためでも、勇者を倒すためでもない。――強いて言えば、勇者にいやがらせするためじゃ」
「…………。……は?」
「いや、つまりな、普通に戦ってもあやつらには勝てんから、別の方法で一矢報いようというわけじゃ。んで、わらわ一人だと何かと不便じゃから、使えそうな手駒――ではなく、新たな魔王を擁立したというわけじゃ」
わらわ、頭いい!
とでも言いたげな顔だな、おい。
つうか、一矢報いるだけでいいのか。しかも、いやがらせって……。
志し低すぎだろ、このロリ神。
体もちんまいが、心はさらにちっちぇよ。
あと、誰が手駒だ、誰が。
「で、具体的には何をしようと?」
「とりあえず何でも屋でもやって、人々の好感度を集めるのじゃ。こう、地域に愛されるキャラというか? 草の根活動というやつじゃな」
「…………」
それでいいのか、邪神よ。
一周半くらい回って、もはや単なるいい人だぞ、それ。
邪神と魔王の名が泣くぞ。
「そうやって地域に根ざした活動を行い、勇者パーティーの人気を少しずつ奪っていく。どうじゃ、すばらしい嫌がらせじゃろ?」
「……うん。もう何でもいいや」
どうせ、もう帰れないみたいだし。
勇者と戦えとか言わないなら、もうそれでいいや。
「うむ。お主もやる気なようでわらわもうれしいぞ。さあ、ともに覇道を歩もうぞ!」
嫌がらせの覇道……。
随分せこい覇道もあったものだ。
「で、当面の活動指針じゃが……。ここから馬の足で2~3日進んだところに、ヴァン王国という小さい国がある。とりあえずは、そこに身を寄せるとしよう」
「馬で3日って、歩いて何日だよ! 遠すぎるわ!」
ちなみに万桜号は絶賛ガス欠中です。
もう1ミリたりとも動きません。
「ん? お主、何を言っておるのじゃ? この乗り物で行くに決まっておろうが」
「いや、この車、もう動かないし」
「はあ……。お主は本当に馬鹿じゃのう」
なにか思いっきり呆れ顔で溜息つかれた。
どうしよう。
このガキ、すごく殴りたい。
「お主がわらわの力を引き出せば、こんな乗り物くらい、簡単に動かせるじゃろうが。次いで防塵・防火・防水その他もろもろもつけてやる。――だからほれ、ちょっとそこで土下座でもして頼んでみい」
「あ、二時の方角から勇者の声が……」
「ギャーギャー!!」
調子に乗っているようだったので、懲らしめてみた。
つうかこいつ、同じ嘘に二度騙されるとか、騙されやす過ぎだろ。
邪神のくせに詐欺にでも遭いそうなタイプだな。
――と、そんなことはどうでもいいや。
こいつの力を借りれば、万桜号も動かせるのか。
それでは早速……。
「――お願いロリ神様、助けてプリーズ」
適当にそう言ってみた瞬間、ギャーギャー騒ぐセシリアの体が輝きだす。
セシリアから噴き出した光は万桜号を包みこみ、すぐに消えた。
「ん? これだけか? これで本当に動くのかな」
騒ぎっぱなしの邪神をほったらかして、車のエンジンを入れてみる。
そしたら、さっきまで空だった燃料メーターがMaxを指し示した。
おお! さすがは神様パワー。
「んじゃ、人のいるところ目指してレッツゴー!」
助手席の下で頭を抱えて震える邪神を尻目に、俺は見渡す限りの草原に万桜号を走らせ始めた。