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交渉は命懸け?

「儂はこの店の主人のブラムだ。小僧、今日は何を探しに来た?」


 俺たちを店に招き入れた大男は、ものすごい威圧感を放ちながらそう仰った。

 言外に『冷やかしだったら絞める』的な素敵オーラを放っておりますよ、この御方。


 つか、この人がブラムじいさんかよ。

 イメージと全然違うんだが。

 本より斧とか剣を売っていた方が絶対に似合うよ、この人。

 いやむしろ、自分で斧振っているのが一番似合うって。


「わらわたちは物語の本を探しに来たのじゃ。主人よ、善きものを見繕ってたもれ」


 ダラダラ冷や汗を流す俺の横で、セシリアがスラスラと用件を述べる。

 こいつの空気読めないナチュラル上から目線が初めて役に立ったよ!

 グッジョブだ、セシリア!


「ほほう、物語か……。見繕うのは構わんが、もう少し詳しく指定してもらえんと何を勧めて良いかわからんな」


 セシリアの言でちゃんとした客と見なしてくれたのか、チビリそうなほどだったブラム氏の威圧感が少し和らいだ。

 うん。

 これなら、何とか会話くらいはできそうだ。


「小さい子供たちに読み聞かせる上でわかりやすくて、なおかつ楽しめそうな物語が何編も収められたものがいいです。あと、挿絵が多いとさらに良し」


 読み聞かせにやって来るメインの客は子供たちだ。

 だから、子供が楽しめるというのは絶対必須。

 ついでに言うと、子供にわかりやすく作られた物語は文章が簡潔だ。なので、読み聞かせをする際にも内容が伝わりやすいという利点もある。

 さらに絵があると、子供たちもイメージを具体的にできるので盛り上がりが一段階上がる。これも本を選ぶ上で重要なファクターだ。

 最初に買う本は、そういう条件を満たした本にしておきたい。


 それに子供が楽しめる物語というのは、案外大人も面白いと思えるものが多いんだ。何たって、子供に魅力が伝わるほどよく練られた物語ってことだからな。

 図書館で働いている時も、子どもに読み聞かせるために児童書を借りていたら自分がはまってしまったという親御さんが何人もいた。


「ほう、読み聞かせか……。ふむ、大体わかった。見繕うから、しばらく待っておれ」


 気のせいかちょっと口調を和らげながらそう言って、ブラム氏は店の中を物色し始めた。

 どうやら、俺の意図をしっかり汲んでくれたようだ。

 あと、見た目ごついけど、さすがは歴戦の本屋店主。

 高価ということもあってか、本の扱いがすごい丁寧だ。


「ほれ、この辺りでどうだ」


 ものの数分で、10冊程の本を取り出してきたブラム氏。

 それらを1冊ずつ書見台(しょけんだい)へ置いて、ブラム氏は中を見せてくれた。


「お、この本はいいですね」


 俺が目に留めたのは、世界各地の説話や伝説を集めた説話集だ。

 4冊で1セット。収録されているのは100編以上。その上、カラーの挿絵付き。

 しかもこの挿絵、味があって無茶苦茶いい感じだ。

 装丁も本革使用で金箔をあしらった表紙に、天・小口・地はこれまた金に彩色されている。見た目も実に心惹かれる本だ。


「ブラムさん、この本は4冊セットでいくらになる?」


「これか? これは合わせて5000ゴルドだ」


「5000ゴルド!?」


 思わず目玉が飛び出そうになりました。

 5000ゴルドって、日本円だと大体50万円じゃん。

 高すぎだろ!


「この世界で本は、基本的に手製なのじゃ。本文は活字を組んで印刷する活版(かっぱん)印刷。製本も一冊一冊職人が手で行っておる。その上、挿絵がある場合はすべて手書き。高くて当然じゃ」


 俺の手を引いたセシリアが、コソッと教えてくれる。

 なるほどな。ナーシアさんが言っていた「本は高級品」という言葉の意味を、俺は今更ながらようやくしっかりと理解した。

 それだけ人の手が入っていれば、高級品になるわけだ。だってこれ、一種の工芸品だもの。

 ていうか、文化レベルを考えれば、それくらい予想すべきだったな。


 加えてこの挿絵は、絵の素人の俺から見てもかなりのハイクォリティだ。

 それを惜しげもなく入れまくっているんだから、このくらいの値段になるのも当然か。


「ちなみに、値引き交渉なんてことは……」


「あぁ?」


 速攻黙りました。

 

 うん。

 やっぱ、ちゃんと正規の値段で買わないとダメだよな。

 値引きなんて、この本をバカにする行為だ。


「俺も命が惜しいので、値引き交渉は止めておこう……」


「ヨシマサよ、本音が漏れておるぞ」


 おっと、いけない。

 チビリそうな程の恐怖で、本音と建前があべこべになってしまった。


「で、どうするんだ? 買うのか、買わないのか?」


「うーん……」


 本音を言えば、超買いたい。

 だってこの本、チラッと見ただけでも一級品だもん。

 これ一冊あれば、読み聞かせのレパートリーが恐ろしく広がることは間違いない。


「でもなぁ……」


 それでもやっぱり、5000ゴルドは高すぎる。

 今ある全財産をはたいても、1000ゴルドばかり足りないな。


「ヨシマサよ、諦めて他のにしたらどうじゃ?」


 珍しくセシリアがまともなアドバイスをしてくる。

 ブラム氏に話を聞く限り、他の本はこの説話集ほど高くない。

 今の手持ちでも買えるものがほとんどだ。


 だけど……。


「この本を見た後だと、どうしても一枚落ちて見えちまうんだよな……」


 まあ、平たく言ってしまえば、俺はこの本に一目惚れしてしまったのだ。

 なんと言うか、この本以外を買うという選択肢は今の俺の中になかった。


「セシリア……」


「…………。ハァ……。まあ、仕方ないのう。多少ひもじい思いをすることになるじゃろうが、基本的にその金はお主が稼いだ金じゃ。好きにせい」


「ありがとう。それと、すまない」


 さすが俺の表情から心内を読むのに定評あるセシリア先生だ。

 俺の言いたいことを、あっさりと察してくれた。

 本当にありがとうな、セシリア。

 これは、借りってことにしておくよ。


 ――さてと、それじゃあ……。


「ブラムさん、お願いがあるんだが」


「なんだ?」


「今ある金じゃあ、この本を買うことはできない。でも、必ず金を溜めてこの本を買いに来る。――だから、一週間だけで構わない。この説話集を取り置きしてもらえないだろうか」


 頼む、とブラム氏に頭を下げる。

 一週間あれば、1000ゴルドくらい稼げるはずだ。

 そうすれば、今ある全財産と合わせてこの本を買うことができる。


「わらわからも頼む。一週間だけ、こやつに猶予をくれ」


 俺の隣でセシリアまで頭を下げてくれた。

 普段、ナチュラル上から目線のこいつが、まさかここまでしてくれるとは……。

 なんつうか、俺にも信じられない光景だ。

 俺、もうこいつに頭上がらんかもしれんな。


 ともあれ、二人でそろってブラム氏に誠心誠意お願いする。

 だが、ブラム氏は丸太のような腕を組んだまま黙っている。

 まずいな、値引き交渉の時と同じで、怒らせちまったかもしれん。

 正直に言って、店から放り出されるかもな~くらいの予感がする。

 いや、場合によっては「ふざけんな、クソガキ共!」ってタコ殴りにされるかも……。

 ああ……。この沈黙、超心臓に悪い。

 

 だけど……やっぱ駄目ですわ。

 俺にはどうしても、この本を諦めきれん。

 今度こそ本当にチビッちまいそうだけど、ここだけは引くに引けんのだ。


 ――と、俺が改めて覚悟を決めた、その時だ。


「……いいだろう。一週間だけ待ってやる」


「本当か!」


 うおっ! マジか!

 なんか黙り込んじまったから、やっぱり無理かと諦めモードだったんだけどな。

 なんでも言ってみるもんだ。


「まあ、元々一週間以内に売れる見込みなんぞほとんどないからな。必ず買いに来ると言うなら、一週間くらい待ってやる」


「サンキュー、ブラムさん。恩に着るぜ!」


「礼など要らん。儂は商売をしているだけだからな。お前はさっさと本を買う金を作ってこい」


 素っ気なくそう言い放つブラム氏。

 見た目クッソこわいけど、案外いい人だな、このじいさん。

 見た目どう見てもカタギじゃないけど!


「見た目微妙で中身残念なお主より100万倍くらいマシじゃろ」


 黙れ、見た目だけのクソ邪神……と言いたいところだが、今日は借りがあるからな。

 水に流してやるとしよう。

 これで貸し借りなしだ! (←恩知らず)


 ともあれ、これで最初に買う本は決まった。

 俺はブラム氏に礼を言って、セシリアとともにクリスマス前の子供のようにワクワクした気持ちで店を後にした。


「さて! んじゃ、張り切って1000ゴルド稼ぐとするか!」


「ん~。まあ、適当に頑張れ。――って、うん?」


 気のない返事をしていたセシリアが急に妙な声を上げる。

 一体どうしたのかと思ったら、セシリアはテッテッテッとどこかへ向かって駆けだした。


「おい! どこ行くんだ!」


 なんか知らんが迷子になられても厄介なので、とりあえず追いかけてみる。

 すると、セシリアは広場に掲げられた掲示物の前で立ち止まった。


「のう、ヨシマサや。案外簡単に、目標金額の10倍稼げるかもしれんぞ」


「は? お前、何言ってんだ?」


 急に訳の分からないことを言い始めたセシリア。

 俺が訝しげな声を上げると、セシリアは国からのお触書を指し示す。

 どうも、『アホウ、これを読んでみろ』という意味のようだな。


 ふむ。

 本来ならまずこのクソガキの頭をグリグリして反省を促すところだが、どうもふざけている様子はない。つまり、割と真面目な話ということだ。

 というわけで、お仕置きはまたの機会にして、ともかく掲示に目を通してみる。

 そこにはこう書かれていた。


 『急募

  東の森に救った魔王軍の残党退治クエスト

  成功報酬:10000ゴルド』


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