たまにはいい日もあるもんだ
市場街に着くと、ヴァン王国ほどではないにしろ、なかなかの賑わいだった。
時間柄、飯屋や食い物の屋台を中心に人が集まっている。
ふむふむ。
これなら、興業もそれなりに成果を残せそうだな。
いいもの食って、たくさん本を買うためにも、ここの住人にはたんまりと金を落としてもらうとしよう。ゲースゲスゲス! (←悪徳商人チックな笑い)
「まあ、そうはいっても今からじゃ何もできないしな。とりあえず、興業は明日からにしよう。まずはメシにしようぜ」
「うむ。賛成じゃ」
気絶している間に日は沈み、もう完全に夜だ。今から興業の準備をしたって、始める頃には人も少なくなっているだろう。
ならば、今日は完全休業というのも悪くない。
万桜号を市場の端に止め、セシリアと一緒にいろんな屋台やら何やらを見て回る。
値段を見る限り、こっちの方がヴァン王国よりも少しだけリーズナブルだな。
これはうれしい誤算だ。
なお、通貨はヴァン王国と同じゴルドが使用できる。
通商の関係上、ここら辺一帯の国や街は全部通貨単位がゴルドで統一されているらしい。
経済のこととかはよくわからんが、ヨーロッパでユーロが使われているのと似たようなもんか。
まあ、換金の手間がなくてこちらも大助かりだ。
「ヨシマサ! わらわ、あの肉がいい!」
「ん? どれどれ……?」
最高級ブランド牛ステーキバーガー。
1個35ゴルド(←日本円で大体3500円)
「買えるか、クソガキ!」
「む~、わがままなやつじゃのう」
え? 今の俺が悪いんですか?
「なら、あれで我慢するのじゃ」
「ん~?」
再びセシリアが指さす方に目を向ける。
市場街に不釣り合いとも言える立派な建物の店。
入口の前におかれた本日のおすすめメニューには……。
最高級ポークのフルコース。
1人100ゴルド。(←日本円で大体1万円)
「さらに高くなってんじゃねえか。なめとんのか、クソガキ!」
「なんじゃい! ケチケチしおって。カイゼルはこれくらい喜んで振る舞ってくれたぞ!」
どうもこのロリ邪神、カイゼル氏のところで食った肉の数々に文字通り味を占めたらしい。
まったく、舌ばかり無駄に肥えおってからに、このブルジョワ邪神は……。
「俺たちは流浪の旅人なの。あんな金持ちボディビルダーたちとは住んでいる世界が違うんだ!」
駄々をこねるセシリアに向かって、ピシャリと言い切る。
なんだろう。
俺今、小さな子がいる親御さんの気持ちがすごくよくわかる気がしてきた。
まあ、そんなことを言うとこのロリ邪神が「わらわをそこらのガキといっしょにするな!」なんて烈火のごとく怒るんだが……。
ガキ扱いしてもババア扱いしても怒るとか、本当に面倒くさいやつだ。
ただまあ、こいつもヴァン王国以来、自分の容姿の使い方というのを心得てきているので……。
「うわーん!! ヨシマサの意地悪~。人でなし~。けちんぼ~。童貞ネグレクト野郎~。そんなんだから行く先々で、女性に逃げれるんじゃ~!」
道のど真ん中でそこらの通行人に聞こえるように嘘泣きを始めた、我らがお嬢様。
クッ!
こいつ、なりふり構わず俺を悪役に仕立て上げに来やがった。
しかもなんだよ、童貞ネグレクト野郎って。ひど過ぎだろ!
あと、逃げられてないし! ちょっと遠慮されているだけだし!
「何だあれ、育児放棄?」
「て言うか、あれ、どうみても親子や兄妹じゃないわよね。あの男、もしかして奴隷商人か何か?」
「むしろ、誘拐犯?」
「どうする? 犯罪者だったらまずいし、警備兵に通報でもしとくか?」
……………………。
やべえ……。
このままじゃ俺、『お巡りさん、この人です』になってしまう。
リアル逮捕になってしまう。
「わかった、わかった。肉買ってやるから、とりあえずその嘘泣きをやめろ」
「ほんとか!」
あっさりやめて、満面の笑顔になりやがったよ。
しかも、涙の痕さえありゃしねえ。
く~!
小憎たらしい。
だが、仕方ない。
ここはグッと怒りを抑えて我慢だ。
このクソ邪神、また嘘泣きする準備始めているし……。
「あ~、まあ、あんまり金も掛けられんし、肉なら何でもいいだろう? ――あれなんかどうだ?」
適当に手近なチキンサンドを打っている屋台を指さす。
値札を見れば1個2ゴルド。実にリーズナブルだ。
――と思っていたら……。
「……のう、ヨシマサよ。あそこにいる警備兵が見えるか。わらわがチョロっとあの警備兵に泣きついたら……一体どんなことになるかのう?」
急に顔を寄せてきたかと思ったら、なんかニッコー☆と超絶スマイルで恐ろしいことをのたまい始めやがった。
この顔はまずい。笑顔の裏に毒蛇が見える。
マジでやるぞ、このロリ邪神。
ここで対応を間違えたら、俺、即ジ・エンドだ。
「……わかった。無事にヴァーナ公国に着いたお祝いということで、今日のところは折れてやる。だが、さすがに最高級は無理だ。通常のステーキバーガーで手を打とう」
最高級バーガーだと、35ゴルドだが、通常なら15ゴルドだ。
まあ、お値段に見てもいつものメシより十分お高いし、このガキには十分だろう。
「ふむ……。――へ~たいさ~……もがっ!」
「わかった。高級まで譲歩しよう」
チッ!
何やら今日は妙に粘るな、このクソガキ。
一人15ゴルドで済ませるつもりが25ゴルドまで上がっちまったが……仕方ない。
背に腹は代えられん。
「うーむ。まあ、お主にしては頑張った方じゃろう。妥協してやるわい」
「そいつはどうも」
正直、もう疲れたからな。
下手に言い返したりしない。
さっさと財布から50ゴルド出して、セシリアに持たせる。
「ほれ、それで買ってこい」
「あん? なんじゃ、50ゴルドも渡してきおって。二つ食っても良いのかのう?」
手にした50ゴルドにクリっとしたお目めをパチクリさせて、素っ頓狂なことを仰るセシリアちゃん。
うん。
普通に考えて、俺の分とお前の分の金だよね。
何、こいつ。
お前、もしかして自分だけいいもの食うつもりでいたのか?
「冗談じゃって。そんな笑顔で青筋立てまくるでない。見れん程でないお主の顔が、ガチで見れん顔になっておるぞ♪」
誰の所為だ、誰の!
つか、さらっと悪口を混ぜてくるんじゃねえ!
「では、買ってくるでな。楽しみに待っておれ!」
50ゴルドを握りしめ、スキップするように駆けていくセシリア。
まったくうれしそうにはしゃぎやがって。
ああやって笑ってりゃ、普通にかわいいんだがな。
「気を付けろよ。ちゃんと前見て歩かないと転ぶぞ」
「大丈夫じゃわい!」
セシリアを見送り、俺は大人しく万桜号の前で待つことにする。
セシリアが出していったテーブルと椅子を並べ、待つこと数分。
両手にバーガーの紙包みを持ったセシリアが、ホクホク顔で帰ってきた。
うーん。
包みからもれてくる肉の香りが、何とも食欲を誘うな。
しかも包みの間からのぞくあの肉。無茶苦茶分厚いな。2cmくらいあるぞ。
さすがは25ゴルド。
「ほれ、出来立てじゃぞ!」
「サンキュー。――んじゃ、いただき……」
「あっ! ちょっと待つのじゃ!」
アツアツをいただこうとした瞬間、セシリアに待ったをかけられた。
なんだ?
まさかこいつ、「お主はにおいだけじゃ!」とでも言う気か?
――と、思ったら……。
「祝・お主とわらわが旅を始めて一カ月! おめでとうなのじゃ!」
「……は?」
セシリアが言ったことがいまいち飲み込めず、思わずポカンとする俺。
そしたらセシリアは、「なんじゃ、わからんのか」とコロコロ笑った。
「お主がこの世界に来て――わらわたちが旅を始めて、今日でちょうど一カ月。つまり、今日はわらわたちの記念日なのじゃ!」
キャッキャと楽しそうに笑うセシリア。
言われてみれば、確かにそんくらい経った気がするな。
なんか色々あり過ぎて、どんくらいこの世界で過ごしたかなんて全然考えてなかったぜ。
――ん? てことはつまり……。
「お前が今日の晩御飯にやたらとこだわってたのって、このお祝いをするためだったのか?」
「そうじゃよ。他に何があると言うのじゃ」
「ハァ……。だったら、最初からそう言えばよかったのによ。そしたら俺も、あんなに渋ったりしなかったぞ」
俺の言葉を聞き、呆けた顔のままポンッと手を打つセシリア。
うん。
一瞬俺を驚かせるためにあえて言わなかったのかと思ったが、こいつ、マジで気づいてなかったのか。
さすがはポンコツロリ邪神。肝心なところが抜けている。
ハハッ!
まったく、こいつは……。
「――本当に最高だぜ」
「ん? 何がじゃ?」
「何でもねえよ。それより、せっかくの高級ステーキバーガーが冷めちまう。さっさと食って……次はデザートを探しに行くぞ」
「おお! いつもはケチくさいお主が、今日は随分と太っ腹じゃな!」
「うるせえ。ほれ、久しぶりのいい肉だぞ。食え、食え!」
二人仲良く、うまいステーキバーガーを頬張る。
たまには、こういう楽しい夜もいいもんだな。
そんな風に思える、ヴァーナ公国一日目の夜だった。




