メイドさんと出会った
「ああ、くそ! まだ痛え」
「フン! 自業自得じゃわい」
エアガン地獄から解放されたころには太陽も天高く上り、ちょうどお昼時。
俺は、全身にエアガンの弾の痕を残したまま、フライパンを振り振りして昼食を作っていた。
今日のメニューはベーコンエッグとレタスっぽい野菜をギムギのパンにはさんだサンドウィッチ、それに新鮮野菜のサラダだ。
スコット村でもらったお土産のおかげで、旅の間も食事のレパートリーには困らないな。
「おい、セシリア。もうできるから皿の準備してくれ」
「わーい! ごはんなのじゃ!」
超うれしそうに皿の準備を始めるセシリア。
本当に欲望に忠実なやつだな。
喧嘩していたことなんかコロッと忘れ、超うれしそうな笑顔で皿を差し出してきやがった。
だが、俺はエアガンの恨みを忘れねえぞ。
わざと小さめに切ったベーコンの方を食わせてやる。
「ねえねえ、ヨシマサ。わらわ、こっちのベーコンが大きな方がいいのじゃ(にぱー☆)」
フッ!
かわいいじゃねえか、このヤロウ!
仕方ねぇな。俺が小さい方で我慢してやるか。
「……こやつ、本当にチョロいのう(ボソッ)」
「ん? 何か言ったか?」
「何も言ってないのじゃ! それよりも早くご飯を食べるのじゃ!」
「ハハハ。そう焦んなって」
メシの準備も整い、あとは食うだけ。
いただきます。と、俺とセシリアがサンドウィッチにかぶりついた、その時だった。
「――あら? ピクニックですか?」
「ほが?」
「ふぐ?」
五日ぶりに聞いた人の声に、ベーコンエッグサンドを口いっぱいに頬張ったまま振り返る。
すると、例の十字路の東へのびる道に、古式ゆかしいメイド服に身を包んだ清楚で可憐な美女(おそらく二十歳前後)が立っていた。
「はじめまして、お嬢さん。俺は久我義正と申します。よろしければ、こちらで一緒にランチでも如何ですか?」
ベーコンエッグサンドを飲み物のように吸いこみ、ビューティフルレディの御手を取る。
セシリアがベーコンエッグをハグハグしながらジト目で睨んでいるが、まあ気にしないことにしよう。
このジャリは二酸化炭素と同じだ。
「まあ、ご丁寧にどうも。私はアイラと申します。せっかくのお心遣いですが、私はお使いの帰りですので……。お気持ちだけ受け取っておきますね」
手に下げたバスケットを示し、申し訳なさそうに辞意を示すアイラさん。
おかしい。
また断られた。
あと、そこのクソガキ。
『まあ、当然の結果じゃな~』って顔はやめなさい。
晩ごはん抜きにしますよ!
それに……これくらいで俺が諦めると思ったら大間違いだ。
俺のスッポンナンパテクはここからが真骨頂だ!
……………………。
はい、そこ!
『このストーカー予備軍が……』って顔に切り替えない。
俺は単に自分の欲望に従って行動しているだけだ。決してストーカーじゃない!
――っと、今はそれどころじゃなかった。
このままでは、アイラさんが行ってしまう。
では、続き、続き♪ (←ウキウキ!)
「ハハハ。お急ぎでしたか。ただ……見たところ歩きのご様子。よろしかったら、この万桜号で目的地までお送りしましょう」
「い、いえ、そんな……。見ず知らずの方のお手を煩わせるようなことはできませんよ」
「何を仰います。この広い世界で出会えたのも何かの奇跡。この出会いは、あなたを送り届けよという神の思し召しに違いありません」
「……わらわ、そんな命令出した覚えないがのう」
黙れポンコツ邪神。
貴様のことじゃない。
大人しくメシでも食っとれ。
「というわけで遠慮はいりません。さあ、共に参りましょう! 俺たちの輝かしい未来へと!」
「は、はあ……」
「ヨシマサよ、お主は一体どこへ向かう気じゃ……」
フッ! そんなのは決まっている。
ウェディングチャペルが俺たちを待っているぜ!
ともあれ、俺は「さっさと食ってしまえ」とセシリアを急かし、アイラさんの手を引いて意気揚々と万桜号へ乗り込んだ。
「何と言うか……不思議な乗り物ですね」
「まあ、馬がいらない馬車のようなものです。俺の愛車です」
そして、そのうちあなたの愛車にもなります。(←白い歯をキラリ!)
「この男、際限なくキモくなるのう……」(←戦慄の表情)
メシを食い終わったのか、セシリアも万桜号に乗り込んできた。
よし。これで準備はOKだ。
俺はアイラさんに道を聞き、西へと続く道に万桜号を走らせ始めた。
* * *
「ところでアイラさん。お使いって、一体どこに行っていたんですか?」
アイラさんが仕えるお屋敷がある街は、ここから20kmくらい先にあるとのこと。
ただ車を走らせるだけでは心の距離は縮まないので、俺は小粋なトークを展開することにした。
なお、先にこちらで話題を振ったのはナーシアさんの時の失敗をくり返さないためだ。
まずないとは思うが、また勇者の話題をエンドレスリピートでもされたら、俺もセシリアも敵わんからな。
「ええと、あの十字路を東に40kmほど行くと、小さな村があるんです。その村は養蜂が盛んで、美味しい蜂蜜を売っているんですよ。私がお仕えするお屋敷のお嬢様もこの蜂蜜を大層好んでおりまして、今日はその買い出しのお使いなんです」
「東に40kmって……合計60kmの道程ですよね。往復120km……。か弱い女性一人でお使いさせるには、ちょっとばかしハードル高すぎやしませんか。しかも、歩きって……」
もしやその屋敷の主人、SM趣味でもあるのか。
アイラさんに無理難題を言いつけて、悦に浸っているとか……。
くっ! 実にうらやま……いや、許せん。
美人メイドに、あれやこれやと無茶なお願いを……。
……………………。
……ふむ。
少し話が合うかもしれん。
これはその紳士と、メイドについて一晩ほど語り合ってみなければなるまい。(←使命に燃える漢の顔)
「あの……何やらお顔が劇画風になっていますが……。……大丈夫ですか?」
「安心せい。こやつはいつもおかしいのがデフォルトなんでな」
シャラップ、クソ神。
今は大人の時間だ。
子供は大人しく、後ろで絵本でも読んでいなさい。
「ともあれ、往復120kmなんて大変でしょう。その距離だと、2~3日がかりの買い物って感じですか」
「え? 日帰りですよ」
ハハハ……。
恐ろしく健脚な人だ。
もはや人間業じゃないだろ、それ。
「片道60km程度なら1時間半少々もあれば走破できますからね」
楚々として微笑みながら、そうのたまったアイラさん。
60kmを大体90数分。
時速およそ37.5km±いくらか。
100m走に換算すると、大体9.6秒といったところですかね。
ちなみに俺がいた世界での100m走世界記録はウ○イン・ボ○トの9.58秒……。
ひらひらロングスカートのメイド服を着て、ボ○ト並のペースで一時間以上走り続けるのか、この人。
ハハハ。本当に人の枠を超えて健脚――いや、剛脚な人だ。
すんません、アイラさんのご主人様。
あんたの人選は、これ以上ないってくらい超的確でした。
「ハハハ。ソレハ、スバラシイアシヲオモチデスネ」
俺が出会う美人って、なんでこう人ならざる身体能力持ってんでしょうね。
巨大熊を一撃KOする町娘さんに、楚々としてボル○のように爆走し続けるメイドさん……。
これはアレですかね。
この世界では、顔が良くなるほど化け物クラスの脳筋ビルドになっていくとかいうステ振り仕様なんですかね。
この圧倒的な身体能力の差。
なんかもう、俺のもらったチート(邪神の魔力で大魔法使いたい放題)が霞んで見えるんですけど……。
つうか、ナーシアさんやアイラさんと戦ったら、俺、魔法使う間もなく瞬殺される気がする。
美人へナンパするにも命がけだな、この世界。
「まあ、天は二物を与えるを地で行っとるというわけじゃな。――そう。正しくわらわのように」
黙れポンコツ邪神。てめえ、面がいい以外は基本的にトラブルメーカーにしかなってねえよ。
二物どころか、差し引きマイナスだよ。
つうか、なんでお前が勝ち誇る。
お前、一応神だろうが。基本与える側だろうが。
あと、毎度毎度隙あらば自分を持ち上げてんじゃねえ。
「それにしてもこの乗り物、すごく速いですね。私の全力疾走と同じくらい」
車に乗った感想として、「自分と同じくらい」なんて言葉初めて聞きましたよ、俺。
ちなみに今、この車は時速50kmで走行しております。
ともあれ、俺はこの世界の美人たちに戦々恐々としながら車を走らせ続けるのだった。