夢はそれなりにでっかく!
宴も無事に終わり、次の日の朝。
「二人とも、一週間ご苦労様だったのじゃ。良ければ、来年も手伝いに来て下され。――あ、これお土産ね」
「お二人とも、お達者で」
「おう、ありがとう。みんなも達者でな!」
村長とナーシアさん、他の村人たちに見送られ、俺たちはスコット村を後にした。
両手いっぱいのお土産――すべてこの村で穫れた作物だ――を手に、村人たちへ別れを告げる。
ヴァン王国の時もそうだったが、この世界は気のいいやつらが多くて、別れちまうのが名残おしくなるな。
……ただ、この村に来てから、ちょっと俺も世界を巡りたい理由ってもんがでてきちまったからな。
別れは悲しいが、行くとするか。
なお、ナーシアさんはこの村に残ることとなった。
一応、昨日の夜に「ヴァン王国まで送りますよ」と言ってみたんだが、「お気持ちだけ受け取っておきます」と丁重に断られた。
……あ! 一つ言っておくが俺と道中を共にするのが嫌だからって理由じゃないんだからな。本当に違うからな。勘違いしないでよね! (←なぜかツンデレ風)
ナーシアさんは、収穫後の作業も行ってからヴァン王国へ戻るんだそうだ。
まあ、あの人ならどんなモンスターが襲ってきても返り討ちにしちまえるだろうからな。
心配はいらないだろう。(むしろ、彼女を襲ったりしたモンスターの方が心配)
ともあれ、村人たちが手をふってくれる中、俺とセシリアは万桜号に乗り込んだ。
次に目指すはスコット村よりさらに北にあるという、ヴァーナ公国という国だ。(もちろんセシリアのリクエストである)
スコット村でもらったお土産をセシリアの異次元収納空間に入れ(ここに入れておくと食べ物が腐らないらしい。超便利)、準備は万端。
俺は北を目指して、万桜号を発進させた。
日本と違い、舗装もされていない街道をひた走る。
その道中、俺は定位置の助手席に戻ってきたセシリアに声をかけた。
「なあ、セシリアよ~」
「ん~、なんじゃい」
あくびを噛み殺しながら返事をするセシリア。
道がどこまでも続いていて、見える景色はどこまでいってものどかな草原。
まあ、眠くもなってくるわな。
とはいえ、今からするのはちょっと大事な話だ。
我慢して付き合ってもらおう。
「俺さ、やっぱり元の世界には帰れないんだよな?」
「ん~……。お主に100回くらい次元の狭間やブラックホールみたいなのに飛びこむ覚悟があるなら、一厘くらいの確率で帰してやれると思うぞ」
「うん。つまり無理ってことだよな。素直にそう言えや、ポンコツ邪神」
次元の狭間がどんなところかは知らないが、とりあえずブラックホールに出た時点で死んじゃうじゃん。
しかも、それだけ危ない思いをしても帰れる確率0.1%ってあまりにも低すぎだろ!
……まあいいや。
どうせそんなこったろうと思っていたし。
「俺さ、スコット村にいる間にいろいろ考えたんだ。これからこの世界で、どうしていくかなって」
「ふむ……」
「で、一つ思いついたんだ」
道の先を見据えながら、いつになく真面目な口調で話す。
なんたって、これはオヴァノールにおける俺の指針となる大事な目標だ。
普段はおちゃらけている俺も、今ばかりは真面目モードだ。
「スコット村に向かう途中でさ、ナーシアさんに聞いたんだ。この世界の住人は、ほとんどが本とは無縁の生活を送っているって」
「うむ。まあ、そうじゃろうな。本は高級品じゃし、小さな村ともなれば読み書きができない者も珍しくはないからな」
「みたいだな。――でも、それってさ、なんか悲しいだろ」
そこに本がある。
そこに物語はあるんだ。
なのに、それを多くの人が知ることもできないなんて、やっぱり俺には納得できない。
「俺さ、スコット村でずっと読み聞かせやってただろ。あれさ、実はちょっとしたテストだったんだよね」
スコット村で俺が読み聞かせなんて始めた理由。
それは、この世界の住人は物語とか本とかにマジで興味がないのかを確かめたかったからだ。
「でさ、やってみてわかったんだ。この世界の住人だって、物語を求めている。確かに本を買う金はねえかもしれないけど、本や物語に触れてみたいって思いはきっちり持っているってな」
俺が読み聞かせをした時、子供たちはとても楽しそうな笑顔を見せてくれた。
最後の方なんて、子供たちだけじゃなく、休憩中の大人たちも読み聞かせを聞きに来てくれた。
大人も子供も、自分が知らない物語に触れてみたいって思いはやっぱりあるんだ。
「だからさ、セシリア。俺、決めたよ」
「…………」
セシリアは、俺の話に口を挟まない。
きっと、俺の導き出した答えがどんなものか、黙って聞き届けてくれるつもりなのだろう。
普段は偉そうだったり間が抜けてたりするやつだが、こういう時はいいやつだな。
だから俺は、気にせず話を続けた。
「俺さ、この世界の本をたくさん集めて、世界を回りながらいろんな人たちに物語を届けたい。色んな場所で本を――物語を読み聞かせてやりたい。この世界の住人に、まだ見たことない世界を届けてやりたいんだ」
遠い空を仰ぎ、自分の夢に思いを馳せる。
どうせ帰れないんだ。だったら、この世界で自分にできること――いや、やりたいことをやってやるさ。
その方が、きっと楽しいに違いないからな。
「まあ、本当ならここで『俺は世界で最初の図書館を作る!』とか言えたらかっこいいんだけどな。さすがに俺の器量じゃあ、そこまでは厳しそうだからさ。ハハッ! それに、お前と世界を巡ることを考えたら、これがきっとベストなんじゃないかって思うんだ」
何たって、俺たちが乗っている万桜号は移動図書館なんだからな。
そして俺は図書館員だ。
この組み合わせ、物語を届けるのは最早宿命みたいなもんだろう。
日本の図書館員の底力、見せてやりますわ!
「――って感じなんだけどさ。セシリア、これってどう思うよ」
自分の夢を語り、若干照れ混じりに助手席の方を見る。
ようやく見つけた俺のやりたいこと。
それを相棒がどう受け取ってくれたのか、確かめようとしてみたら……。
「……ZZZ」
「寝るな!」
ヤロウ!
大人しく話を聞いてくれているのかと思ったら、寝てやがった。
つうか、なんですか!
俺の話、そんなつまらなかったの?
俺が見つけたささやかな夢、寝ちまうくらいつまらなかったの!?
「んあ? ――ああ、すまん。昨晩騒ぎ過ぎたせいか、どうにも眠くてのう」
アハハ、と能天気に笑うセシリア。
ちくしょう、このお子ちゃま邪神め……。
だから、昨日も「そろそろ寝ろよ」って言ってやったのに。
俺の言うことも聞かず、宴が終わるまでこき使いやがって。
しかもその結果、俺の一大決心の場面で寝落ちするってなんなの?
お前、俺になんか恨みでもあるわけ?
「安心せい。寝ぼけまなこでもちゃんとお主の話は聞こえておったから」
血の涙を流しそうな勢いで睨んでいたら、そんなことをのたまったセシリアちゃん。
つうか、寝ぼけまなこで聞くんじゃねえ!
俺の一大決心だぞ!
「つまりあれじゃろう? お主は大道芸世界一を目指したいと――」
「言っとらんわ!」
何が寝ぼけまなこで聞いてた、だ!
完全に夢の中で話捏造してるじゃねえか。
「冗談じゃ、冗談じゃ。要は吟遊詩人みたいなことをしたということじゃろう」
「ちゃんと聞いていたなら妙なボケをかますんじゃねえ。いい加減泣くぞ、ゴルァ!」
「…………。……ヨシマサよ、涙もイケメンの特権と覚えておいた方が良いぞ。お主のような平凡フェイスがやっても……多分ウザがられるだけじゃ」
追い打ちかけにきやがった!
しかも、気遣わしげに言うんじゃねえ!
余計傷つくだろうが!
「まあ、お主がやりたいというのなら良いのではないか。何気にわらわの目的にも適っておるようじゃしな」
そういやこいつは、勇者たちの人気を奪いたいんだったな。……いやがらせのために。
まあ確かに、俺の夢もそれに一役買うかもしれないと言えるかもしれないが……。
なんかやだな。いやがらせの片棒担ぐための読み聞かせって。
「して、ヨシマサよ。この世界の本を集めると言うが、金はどうするのじゃ。相応の金を用意できねば、お前の夢も絵に描いた餅じゃぞ」
「まあ、そこら辺はお前のボケじゃないが大道芸の腕を磨いていくとかだろうな。もしくは何でも屋でもっとガツンと稼ぐって感じか。どちらにしろ、バンバン仕事して、稼いだ金で本を買い、稼いだ人気で勇者のお株を奪うと……」
「ぬふふ。それは良いのう。まさに一石二鳥じゃ」
ものすごくあくどい笑顔しているよ、この邪神。
相変わらず器がちっちぇな。
「ああ、あと本を集める上でお前にも協力してもらうからな」
「ん? なんじゃ、ロリコン貴族とのお散歩ならせんぞ」
まだ覚えていたか。
「違う違う。お前の異次元収納空間を使わせろって言ってんだ。万桜号はすでに本でいっぱいだからな。俺たちの生活空間も考えたら、本を置いておく場所が別に必要になってくるんだ。まあ、一種の閉架書庫ってやつだな」
「んあ? まあ、それくらいならお安い御用じゃよ」
あっさり了承するセシリア。
持つべきものは、便利な能力を持ったロリ邪神だな。
ともあれ、これで今後の方針は見えたわけだ。
「OK、ナイスな答えだ。――よーし! んじゃ、張り切ってヴァーナ公国を目指すとするか!」
「うむ、善きに計らえ!」
読み聞かせといやがらせ。
お互いの目標を確認し合い、俺たちは意気揚々とどこまでも続く道を進むのだった。




