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この世界で何をしようか

 ヴァン王国を出てから、ナーシアさんの勇者談義に付き合わされること半日。

 それは、かつてない精神攻撃(しかも攻撃者に悪気なし)を受け続け、俺のHP・MPともに枯渇寸前まで追い込まれた頃のことだった……。(←心なしか、頬がやつれている)


「あ、そう言えば、ちょっと気になっていたんですけど……」


 ようやく会話の方向が勇者から別の方向へ向いてくれた。


 なお、チラリと後ろを見たらセシリアが死体のようにぐったりした状態で気絶していた。

 車が揺れに合わせてクッションの上でバウンドしている。

 どうやら途中で耐えきれなくなったらしい。

 南無南無。


 ともあれ、これぞ神の救い。

 俺は全力で会話の方向を変えるべく、彼女の疑問に突撃した。


「『気になった』って、一体何がですか?」


「いえ、この乗り物の後ろに乗っているもののことなんですけど……」


「後ろにって……、ああ、そこに転がっている死体もどきのことですか。心配しなくても大丈夫ですよ。あれは見た目に反してムダに頑丈な作りをしているので、そのうち何事もなかったように起きてきますから」


「あ、いえ、それも確かに気になるのですけど……。セシリアちゃん、一体どうしちゃったんでしょう。出発した時は、あんなに元気だったのに……」


「ハハハ。いやー、本当にどうしたんでしょうね」


 あなたのエンドレス勇者トークが原因です。

 ……とは、さすがに言えませんでした。

 完全玉砕したとはいえ、俺、これ以上かわいい女の子に嫌われたくないんで。

 すまん、セシリア。安らかに眠ってくれ。


「もしかして、乗り物酔いか何かでしょうか? だったら、一度休憩した方がいいでしょうか」


「ああ、そういうのじゃないんで大丈夫です。今の流れなら、そのうち勝手に回復しますよ」


 そう。今の勇者から離れた会話の流れなら、そのうち元通りになるはず。

 なので、是が非でも話題が戻らないようにせねば。

 つか、これ以上勇者の話を聞かせられたら、俺も発狂しかねん。


「で、あいつのことじゃなければ、一体何が気になったんですか?」


「あ、はい。わたしが気になったのは後ろにたくさん詰まれている本のことです」


「え? 本?」


 あの本がどうかしたのだろうか。

 まあ確かに、一部はセシリア謹製の魔導書とかもあるが、他はこの世界じゃ俺以外に誰も読めないような二束三文のがらくたのはずだが……。


「いえ、あんなにたくさんの本を持っていらっしゃるなんてすごいなと思いまして。もしかしてヨシマサさんは、遠方の国の貴族とかだったりするんですか?」


「いえ、俺は言ってしまえばド平民ですが……」


 ただし、『別世界の』という枕詞が付きますが。

 なんて心の中で付け加えていたら、俺の言葉を聞いたナーシアさんが超驚いた顔をして……、


「平民でありながら、これほどの数の本をそろえられたのですか。ご苦労されたでしょう……」


 と言った。

 ん? どういうことだ?

 本を持っているって、そんなにすごいことなのか?


「この世界では、本が珍しいんですか?」


「うふふ。なんですか、『この世界』って」


 おっと、いけない。

 つい、セシリアと話している時の癖で。

 巻き戻し、巻き戻しっと……。

 

「失礼。――ええと、この地方では、本を持っているのが珍しいことなんですか?」


「うーん……。この地方では、ってことはないと思いますよ。作るのに手間が掛かる分、本はどこでも貴重ですからね。安いものだって、一冊で100ゴルドくらいしてしまいます。なので、持っているのは大金持ちの貴族や王族ばかりですよ」


 読み書きができても、庶民には手が出ませんよ。

 そう言って、ナーシアさんはふわりと微笑んだ。


「ちなみに図書館――本を貸してくれるような施設なんてものは……」


「あはは。そんな施設があったら私もうれしいですけどね。けど、貴重な本を貸し出すなんて、誰もしませんよ。そんなことをしたら、盗まれるのが関の山でしょう」


 おかしなことを考える人ですね、なんてカラカラと可笑しそうに笑うナーシアさん。

 ただ、俺は一緒になって「そうですね」と笑うことができなかった。


 つまり、この世界の住人はほとんどが本を手に取ることもなく――そこに書かれた物語なんかを知ることもなく、一生を終えるわけだよな。


 ……………………。


 ……なんだろうな。

 自分の図書館員という立場ゆえか、これはすごくさびしく感じる。

 

 俺が大学で習った図書館学の五法則、その二つ目と三つ目にはこうあった。


『Every person his or her book. ――いずれの人にもすべて、その人の本を』

『Every book its reader. ――いずれの本にもすべて、その読者を』


 この世界には、この法則が成り立っていないんだ。


 無論、世界が違うのだから、この法則通りのことをここで実現させるなんて不可能だ。

 それはわかっている。

 でも、どうしてだろうな。

 それじゃあ、いけない気がするんだ。


 俺がここにいる意味……。

 俺がここにいるからこそできること……。


 バカが急に大それたことを考えだしたと思うかもしれないが、なんだか無性にそういうことをもっと真剣に見つめてみるべきなんじゃないかって気がしてきた。

 

「あの……、どうかしましたか。もしかして私、何かお気に触るようなことを言ったでしょうか」


 考えごとに没頭していた俺の意識を、ナーシアさんの声が引き戻す。

 どうやら黙り込んだ俺を見て、自分が何か失言をしてしまったと思ったようだ。


 これはいけない。

 女心を知りつくした男(自称)にあるまじき失態だ。


「フッ。安心してください。あなたに落ち度なんてものはありません。――いや、むしろミスにはにかむ、かわいらしいあなたの姿を見てみたいです!(フゴーッ、フゴーッ! ←荒い鼻息)」


「あ、そうですか……。なら、いいんですけど……」


 おかしい。

 なぜか引かれてしまった。

 ミスするあなたもかわいいですよ、と伝えたつもりだったのだが……。

 ふむ。どうやらナーシアさんを余計照れさせてしまったようだな。

 フッ……。罪なことをしてしまった。


 ――なんてことを考えていた時だ。


「う……う~む。――ハッ! ここは……」


 後ろでもぞもぞ動く音と、むにゃむにゃとした声が聞こえる。

 どうやら我らがお姫様も、勇者アナフィラキシーショックによる気絶から立ち直ったようだな。


「よう、セシリア。目は覚めたか」


「んあ? ああ、すまぬ、すまぬ。いつの間にか眠ってしまったようじゃな」


 気絶する前のことは覚えていないようだな。

 都合のいい脳みそをしているもんだ。

 これも邪神アビリティか。


「ナーシア、わらわが眠っている間に、この男から変なことされなかったか?」


「てめえは起き抜けにそれか!」


 まったくこいつときたら……。

 紳士という言葉が服着て歩いている俺が、セクハラまがいのことをするとでも思っているのか。

 ひどい言いがかりだ。


「え、ええ……。何もされませんでしたよ……」


 ほれ見たことか。

 ナーシアさんだってこう言っているではないか。

 何やら少し歯切れが悪い言い方にも思えたが、多分気のせいだろう。


「……まあよい。とりあえず手は出さなかったようじゃしな」


 当然だ。

 そんなことしたら、俺の命が危ない。


「ではヨシマサ、時間も良いころ合いじゃし、そろそろメシにしよう」


「ん? ん~、そうだな。そうするか」


 二つのお日様も、お空の真ん中で煌々と照っている。

 確かに飯にはちょうどいい頃合いだ。

 起きて早々に腹の虫を鳴らすセシリアに、俺は軽い調子で返事をするのだった。


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