おいでませ異世界!
車で山道のトンネルを抜けたら、なぜか草原に放り出された。
あまりの超展開に言葉もないまま外に出ると、そこは俺の見知らぬ土地だった……。
「おお! よく来たな、新たな魔王よ。わらわはお主を歓迎するぞ!!」
……ふむ。
こういう時は冷静になるのが大事だ。
偉い人もこう言っていただろう。
三回目のデートまではあせっちゃいけない(byモテ男になるためのハウツー本)、と……。
とりあえず、現状確認をしてみよう。
俺の名前は山田義正。
就職一年目、ピチピチ(死語)の23歳。
万桜市立図書館に勤める、しがない図書館員だ。
今は移動図書館『万桜号(中古マイクロバス改造車)』で、市内山間部の小学校へ向かう途中。
そう。穢れなきチルドレンが俺の運ぶ本を待っているのだ! (←錯乱気味)
「おいこら、貴様! わらわを無視するな! こっち向け!!」
よし。俺の記憶に問題はない。パーフェクトだ。いつも通りクールだぜ、俺。(←超錯乱気味)
やはり問題があるのは現実の方。
さて、このとんでもな状況をどうしたものか……。
「むがーっ! む・し・す・る・なーっ!?」
「うおっ! ――いってぇええええええええええっ!!」
突然、後頭部に突き抜けるような激痛が走った。
まるで、何かに噛みつかれたような痛みだ。
しかも、腕のような細いものが首に巻き付いている。
しまった! もしやここいらには、蛇でもいたのだろうか。
しかも、アナコンダ級に成長した超巨大蛇が……。
「って、やべーっ! 俺、このままだと食われる! ――ふんがっ!」
「むぎゃ!」
火事場のクソ力を発動し、適当に背負い投げみたいなことをしてみる。
そしたら、意外なほどあっさり放り投げられた。
ふむ。どうやら蛇ではなかったらしい。
やつらは、これくらいで獲物を離してくれたりしないからな。噛まれたことないから知らんが、たぶんそうだ。
では、俺の後頭部に噛みついていたモノの正体は……。
「――むっ! だ、大丈夫か、少女よ!」
背負い投げたものが何だったか確認しようとしたら、そこには十歳くらいの少女が目を回していた。
輝かんばかりの目にも鮮やかな金髪。
シルクのように白くてなめらかな、スベスベ卵肌。
これまで見たこともないくらいに整った顔立ち。
極めつけはゴスロリチックな黒くてフリルたくさんのドレス。
まごうことなき、美少女だ。
「むぅ……。誰がこのようなむごたらしいことを……。――ハッ! そうか。これは俺を襲った犯人の仕業に違いない! おのれ、卑劣な――」
「どう考えてもお主の所為じゃろうが、このボケナスがーっ!?」
「ふんごっ!!」
なんか、目を覚ました少女に蹴られた。
下から顎を抉りこむようにドストライク。
なぜだ!
「少女よ、なぜ俺を蹴る。俺が何をした」
「わらわを無視した挙げ句、ご丁寧に背負い投げまでしてくれたじゃろうが! この不埒者がっ!」
なんと、俺を襲った犯人はこの少女だったのか!
子供に夢を届けに行く途中で子供に襲われるとは……。
なんと因果なことだろうか。(←まだまだ錯乱継続中)
「まあよい……。ともあれ、よく来たな、新たな魔王よ。わらわはセシリア。この世界、『オヴァノール』に住まう邪神にして、お主の召喚主様じゃ。さあ、崇め奉るがよいぞ。お供え物も可じゃ!」
……………………。
ほうほう、そうか。ここは『オヴァノール』という世界なのか。
で、この少女は自称邪神であり、俺はこの少女に召喚された新たな魔王と……。
なるほど、なるほど……。(←なんか急に冷静になった)
「ん? なんじゃ? いきなりわらわの額に手など当ておって」
「いや、熱でもあるのかな~と……」
「がうっ!!」
思いっきり噛まれた。
しかも……なんだこいつ。スッポン並の食いつき具合だ。まったく離れやしない。
つうか、超痛い!
犬歯刺さってるって!
「ええい、離せ! 俺はお前のような妄想大好きっ子に付き合っている暇はないのだ!?」
「誰が妄想大好きっ子じゃ。邪神なめるでないわ!!」
ギャースギャース、ドッタンバッタン!
「チッ! 貴様、固いブーツのつま先で執拗に金的を狙ってくんじゃねえ! つぶれたらどうするんだ!!」
「お主こそ、わらわが美少女だからって、ここぞとばかりに関節技をかけてくるな! どんだけ女に飢えておるのじゃ、ロリコンめ!」
「てめえのようなまな板に興味などないわ! 身の程を知れ、寸胴ボディ!」
まるで漫画のように土埃を立てながら、くんずほぐれつのえげつない泥仕合を繰り広げる俺と妄想少女。
自称邪神との戦い(という名の喧嘩)は、一時間にわたって続いたのだった……。
というわけで、閑話休題。
「ゼェ……ハァ……。……で、結局ここはどこなんだ?」
「ハァ……ハァ……。じゃから、さっきから『オヴァノール』だと言っておろうが」
「どこだよ、そこは。聞いたこともないわ。つうか、明らかに日本の地名じゃねえだろ、それ」
さすがに一時間も暴れたら、体力もつきるというもの。
俺とセシリアは、なし崩し的に一時休戦し、平和的にお話をすることになった。
と言っても、状況がわからないのは俺の方なので、ほぼ俺の質問タイムである。
「ここオヴァノールは、お主が元いた次元からいくつもの世界を跨いだところにある世界じゃ。つまり、お主から見れば異世界ということじゃな」
「そう言われてすぐに『はい、そうですか』とは言えん。証拠を見せろ」
「証拠? 例えばどんなものじゃ?」
きょとんとした様子で首を傾げるセシリア。
ふむ。
こうしていると、ただの超絶可愛いお子様なのだが……。
――って、いかん、いかん。騙されるな、俺。こいつは危険な幼女だ。
とりあえず、こいつの化けの皮をはいでやる。
「証拠ってのは、そうだな。例えば、俺の世界には絶対にいない生物とか現象とかを見せてくれるとか、そういうこった」
さあどうだ、妄想少女よ。
これで早速詰んだだろう。
「ん? なんじゃ、その程度でよいのか。だったら――あれでどうじゃ?」
「あれ……?」
気軽な様子で俺の後ろを指さしたセシリア。
何かと思い、後ろをふり返った俺は……。
「…………。――のぉおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「おー」
セシリアを小脇に抱えて万桜号に乗り込み、急発進させた。
「ちょっと待て! なんだあれは!!」
バックミラーで後ろを見つつ、助手席のセシリアに尋ねる。
ミラーには、体長五メートルくらいありそうなワニっぽいのが舌なめずりしている様子が写っていた。
幸い追いかけてきてはないみたいだが、なんだあれ! 超こえ―ッ!?
「あれはスケイルドラゴンじゃ。まあ、最下級の龍種じゃな♪」
「『じゃな♪』じゃねえよ。あんなのが近くにいるなら、もっと早く知らせろや!」
あれ、あと一分気付くのが遅かったら、確実に食いに来てたよ。
俺、このガキといっしょにおいしくいただかれてたよ。
「どうじゃ? これで、ここが異世界だと信じたか?」
「それどころじゃねーっ! とりあえず、あれが見えなくなるところまで逃げるぞ!」
俺は、万桜号のガソリンが尽きるまで草原を爆走し続けたのだった。