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「魔法使いが来た街」

作者: 華音

文学フリマで発行した作品集、「GirlMeetsBoy」に掲載しているお話です。

自称「魔法使い」。

自己紹介の時には、先生に向かってバラの花束を渡してみせた。彼、星瀬織は、たちまちクラスの人気者となってしまったのだ。


「ちょっと花出したくらいで何だよアレ。インチキくせーの」

転校生を快く思っていない男子達が嫌味っぽく口にする。女子の人気をとられたのが気に食わないのだろう。リーダー格の長谷川達が中心っぽいし。

くだらない。クラスで人気があるからって何だというのだろう。スケールの小さい奴め。クラスで権力があるとか上だとか下だとか、そんなことに神経を尖らせている同学年の人達を私はあまり好かない。そんなことに巻き込まれるくらいなら自由に生きていたい。だからいつも、クラス内の出来事を遠目に見ていた。それなのに。


「堀田さん、クラス当番ですよね」

噂の転校生が話しかけてきた。

「僕も当番なんですよ。やり方とか分からないので、教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」

ほし、とほったで、当番が一緒になったらしい。面倒なことに巻き込まれそうな、嫌な予感がした。

「よろしく」


通学路が途中まで一緒、ということで、私は星君と途中まで一緒に帰ることになった。この様子をひがみっぽい女子に目撃されて皆の前で言及されるああめんどくさい―――とそこまで考えた所で星君が私に話しかけてきた。

「堀田さん、魔法使いって信じますか?」

「へ?」

何を唐突に言い出すのかこの人は。

「信じてないけど」

私は思っていることをそのまま口にした。自称魔法使いの星君の前で位気を遣うべきだっただろうか。でも私は本当に信じていないのだから嘘をつく必要もないだろう。

「あはは、堀田さんはそう言うと思ってました」

特にがっかりした様子も見せずに、星君はそう言った。

「お父さんから教えてもらった、おまじないみたいなものなんです。新しいクラスで挨拶をする時には、『魔法使いです』って言いなさいって」

「どうして」

星君はちょっと笑って、片手に持っていた傘をとんとん、と叩いた。すると、一瞬にして――傘は一羽のハトに変わった。

「僕は手品師の見習いだから。お父さん曰く、『魔法使い』の方が格好良いから、だそうです」

ハトは星君の指先から飛び立っていった。私は驚き、ぼんやりとしながらその様子を見ていた。

「確かに、魔法使いみたい」

思わず口にすると、星君は少し照れたように笑い、「ありがとうございます」と言った。


「手品をして日本の各地を回っているので、小さい頃から転校ばかりしてきました」

夕日が伸びて、私たちの影も伸びる。歩きながら、星君はぽつぽつと話し始めた。

「何回くらい?」

「もう、十五回以上はしてます」

そんなにか。それでは環境になじむ前に、きっと転校しなければならないのだろう。

「大変だね」

「…はい。その上人見知りでしたから、すごく辛かったです。新しい学校へ行くたびにため息ばかりついていて。そんな僕の姿を見兼ねたんでしょう、ある日父が言ったんです。『瀬織、お前は魔法使いだ』って」

彼の眼は遠くを見つめていた。

「魔法使いはクラスでお前しかいない。お前には手品という魔法が使えるんだ。だからもっと自信を持って、皆と向き合って良いんだって、言ってくれたんです。それから、僕は前を向くことができるようになりました。…父のお陰です」

この学校に転校してくるまでに、きっと色々なことがあったのだろう。彼の言葉から私は、少しだけ心を開くことができた。

「今日はありがとうございました。近々、ショーを行うのでもし良かったら見に来て下さいね」

そう言って彼は私に、名刺サイズの小さな紙を差し出した。可愛らしい文字とイラストで手品の案内が記されていた。私はそれを受け取ると、「ありがとう」と言った。


その週末。私は星君の手品を観に、小さなホールへと向かった。街に一つしかない、展示会や演奏会を行うホールだった。手ぶらで行くのも悪い気がして、コスモスで小さな花束を作ってもらった。受付でパンフレットを受け取り、ホール内へと向かう。ホールの中も小さいため、ステージとの距離は近い。そして辺りを見渡すと、人でにぎわっていた。「手品」という言葉に心を魅かれた人たちが集まってきたのだろう。

視線の先に、見覚えのある姿が見つかった。あれは同じクラスの岡田さん。その隣は花村さんだ。二人は星君の事、よく格好良いって噂をしていた気がする。わざわざ見に来たんだ。いや、それを言うなら私も、だけど。


開園のブザーが鳴り、ライトが落ちた。ステージがぱっと明るくなる。燕尾服にシルクハットをかぶった男性が、観客席に向かってにこりとお辞儀をした。

「今晩は。本日はマジックショーにお越しいただきまして、誠にありがとうございます」

そう言ってシルクハットを取り、再びお辞儀をすると、バサバサ、と音を立て、帽子からハトが一羽、二羽、三羽…五羽と次から次へと飛び出てきた。会場は驚きに包まれる。拍手があちこちから聞こえてくる。

「どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい」


テンポの良い手品がいくつも続いた。そのたびに歓声が聞こえ、拍手が鳴り、笑い声が起こる。私も夢中になって鑑賞した。

「さて、続きまして私の息子…魔法使い見習い、瀬織に登場してもらいましょう。どうぞ」

大きな箱の中から、両手を上にあげて星君は登場した。白い燕尾服にシルクハット。いつも教室で見る星君とは印象が違って見えた。

万国旗をにゅるにゅると出して見せたり、ステッキを薔薇の花に変えてみせたりと、星君の手品も私たち観客の心を惹きつけていた。

皆が笑顔になる。温かい拍手。掛け声。


ステージ上の星君は、本物の魔法使いみたいだった。


「あ、堀田さん!」

関係者に話しかけられている様子だったので受付に花束を預けて帰ろうとしたら、星君が声を掛けてくれた。

「ありがとうございます。来てくれて」

「こっちこそありがとう。星君の手品、素敵だったよ」

「嬉しいなぁ」

「…ふふ」

不思議な気持ちになった。さっきまであのステージの上で皆の注目を浴びていた星君が、今はここにいること。こうして、私と話していることが不思議だった。

「お父さん素敵な人だね」

「尊敬してます」

「いいね、尊敬できるお父さん。格好良いよ」

「ありがとうございます」

気分が高揚してきたからだろうか。いつもより饒舌になる。星君と話したいことが、今ならたくさんある気がする。親しくなれた気がする。同じ出来事を共有したからだろうか。

「じゃあ、僕はそろそろ」

「あ、ごめんね、ひきとめて」

「いえ、いいんです。じゃあ、また学校で。今日はありがとうございました」

星君が手を振る。私も手を振る。

急にがらんとしたロビー。冷めない余韻。徐々に冷えていく空気。

私は星君が見えなくなっても、ずっと手を振り続けていた。


***

星君が転校することになった。また別の土地に移って公演をするらしい。

「今までありがとうございました」

クラス内では、寂しくなるねと悲しがる子、へー転校、と興味を示さない子、内心ほっとしている奴(長谷川達だろう、おそらく)など反応は様々だった。

私は「今までありがとう」とだけ声を掛け、学校を後にした。星君も色々忙しいだろうし、クラスの女子達に相変わらず囲まれていたからだ。


その日の夜、自宅の電話に星君から連絡があった。

「クラスの男の子だって、星君って子」

お母さんにそう言われて驚いた。星君がまさか家に電話してくるとは思っていなかったのだ。しかも引越しの準備で忙しいだろうに。

「はい」

返事をしながら二階の自室へと移動する。

「あ、堀田さん。こんばんは。突然電話してしまって、すみません」

「いえいえ――…どうしたの?」

「ちゃんと挨拶してなかったなと思って、電話したんです」

そうだっけ、と私は思いながらうなずく。

「ありがとうございました。僕の話、ちゃんときいてくれて嬉しかったです。当番でお世話になったことも、手品を観に来てくれたことも、嬉しかったです」

あらためて嬉しい、と言われると、照れくさいけれど私も嬉しくなる。

「私の方こそありがとう」という言葉が、思わず口をついて出た。

「それでですね、ええと…お礼にちょっと新しい手品を観てほしいなと思いまして」

「え」

「今、実は堀田さんの家の近くにいるんです」

ええ。そうだったのか。私は思わず窓を開けて周囲を確認した。この辺りで電話が出来る所と言えば、もしや――…

「ここから十秒以内に脱出して、サプライズをおこしてみせます!」

あ、やっぱり。家の前にある電話ボックスの中に、星君の姿を見つけた。

「いきますよ、十、九…」

「あ、ちょっと待って待って!」

私は一階へと駆けた。受話器を持ったまま。

玄関のドアを開けて電話ボックスへと向かう。ちょっと遠い――…

「五、四、三、二、一…」

「…ゼロ」


電話ボックスの扉を開ける。電気がチカチカと光る。中には、誰もいない。もちろん、その周辺にも誰もいなかった。ため息をついて、ぼんやりと電話を眺める。

緑色の電話の上には、使い捨てのテレホンカード。ゼロのところに穴が開いている。表は普通の写真。ぺら、とめくってみると、そこにはマジックで、文字が書かれていた。

「これからも仲良くしてください 星瀬織」

その下には私の知らない住所。東京都。きっと新しく住む場所の住所なのだろう。

「…キザだなぁ」

電話ボックスを出、もう一度周囲を確かめる。人の気配は無かった。私はゆっくりと家へ向かい歩き出した。

「魔法使いか」

次はどんな街へ向かうのだろう。ホウキに乗って、ではなく、トラックで。

どんな魔法で、皆を幸せにするのだろう。


いつの日かこの街にも、もう一度会いに来て欲しい、そう願いながら、私はテレホンカードをしまったズボンのポケットをぱんぱん、と叩いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] とてもかわいい話でした!短編なのが悔しいです!もっと2人を見ていたい気持ちになりました。
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