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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
96/128

28 待つ日

ちょっと短いです



 出産から二日経っても、葵は目を覚まさないままだった。

 お産の時の横向きの格好のまま、身体を縮めるようにして全く動かずにただひたすら眠っている。あまり同じ体勢でいるとよくないだろうと思って、声を掛けて体を動かすのだけれど、一時間くらいして見に行くとまた、同じ姿勢に戻っていた。

 

 生まれた赤ん坊は男の子だった。髪は茶色っぽく、目も茶色が強い。そしてなによりまつ毛が長い。明らかに葵似だった。取り上げたときはまっかっかでお猿の赤ちゃんみたいだったし、とにかく混乱していたから全く冷静に見れなかったけど、二日経って赤ん坊も人間に近づいてきたし、おれ自身もだいぶ落ち着いた。

 四番目のこの子は力が強いと葵に聞いていたし、お産の時だってものすごい炎を纏うように産まれてきた。だから何かあるんじゃないかと少し不安に思っていたが、羽留の時のように浮いたりしゃべったりしなかった。しかしよく泣く。何でだ? と思っていたがどうやらお腹がすぐに空いてしまうらしい。

 だがこの元気な赤ん坊の授乳をどうしたらいいのか。とりあえず粉ミルクを溶かして与えてみたが、どうも不満らしく泣く。悩んだ挙句、試しに眠っている葵の隣に寝かせ、おっぱいを口に含ませてみたら普通に飲めたようなので(勝手にそうして葵には申し訳ないと思ったが)、げっぷの処理だけこちらで引き受けて数時間ごとにそうして飲ませていた。それでも足りない時は粉ミルクで我慢ができるようだ。我が息子ながら我儘である。


「思った通り早産だったけど、でも元気よねぇ、よかったわ」


 お産の前からうちに泊まり込んでいるお袋が、赤ん坊をあやしながら上機嫌で言う。お袋がいないと自分があれこれ困ってしまうので、同じく泊まり込んでいる親父が近くで頷いている。


「よく泣くってのは元気な証拠だな。ミルクもたくさん飲んでるし、こりゃすぐにおっきくなるんじゃないか」


 楽しそうに笑いながらぱらりと新聞をめくる。

 おれは先ほど取り換えたオムツの処理をしながら、二人の会話を聞いて静かに笑った。この会話、何回目だろう。親馬鹿ならぬ孫馬鹿は、孫が四人に増えても変わらないらしい。

 そんな風に談笑するふたりの近くに団子のようにくっついた塊が迫っていった。


「ねぇ……、ぼくも赤ちゃん抱っこしたい……ダメ?」


 そういってお袋を覗き込んだのは羽留だ。これまで散々、ほっぺたをつんつんしたり頭を撫でたり触ってきたが、抱っこしたい欲求がついに高まったらしい。ちなみに羽留の後ろには奈津と亜希がべったりとくっつき、同じくチャンスを伺っていた。

 上目使いの羽留のお願いに少したじろいだお袋だったが、さすがに生後二日の赤ん坊を子供に抱かせるのはどうかと思ったらしく、考え込む素振りをした。


「う~ん、まだ生まれたばっかりだし……もうちょっと待った方がいいかもしれないわねぇ。いくらハルちゃんがしっかりしたお兄ちゃんでも……。おばあちゃんちょっと怖いわ」


 それを聞いて子供たちは一様にがっかりした顔をした。


「え~。じゃあいつになったらいいの~?」

「おばあちゃんばっかりずるい~!」

「ぶーぶー、抱っこしたいよ~」


 苦笑いをしながら頑として抱かせないのは、多分羽留よりも奈津と亜希を警戒してのことだろう。

 羽留はさすがに四年生、いろいろなことが分かってきて、なによりお兄ちゃんだ。赤ん坊のときの双子の様子を知っているし、小さい赤ちゃんがどれだけ弱いのかも多分理解できている。しかし奈津と亜希にとっては初めて見る赤ん坊だ。加減を知らないままの二人に抱かせるには、生後二日の体は弱弱しすぎる。

 文句を言いながらもお袋から離れようとしない子供たちに、おれは格好の話題を投げることにした。


「なぁ、三人とも。その子の名前を決めようと思うんだけど、何がいいと思う?」


 そう言うと、案の定興味を引けたようで三人はおれのところへ集まってきた。


「え~! 赤ちゃんの名前考えていいの!? 僕たちが決めるの?」


 羽留が目を輝かせて言う。奈津と亜希も同様だった。おれはあまりの食いつきぶりに苦笑しながら言った。


「もちろん最終決定権はお母さんにあるけどな。でもお母さんはああして寝てるし、寝てる間におれたちで考えて提案してみるっていうのはどうだ? こんな名前どう~?って。お母さんも喜ぶかもしれない」


「うわぁ、それって面白いね! うん、早速考える! ナツ、アキ、二階で考えよう!」


 興奮を隠さずに羽留はバタバタと去っていく。状況を把握したのかしていないのか、とにかく呼ばれた奈津と亜希も兄の後を追っていく。

 階段を上がる足音を聞き、二階のドアの閉まる音が聞こえたところで、居間に残された大人三人は苦笑を漏らす。


「……いいの? 栄。あの子たちが考えた名前とアルちゃんが考えた名前が違ってたら、どっちにするかで揉めるわよ~?」


 騒ぎの中でうとうとしだした赤ん坊を揺らしてお袋が言った。


「まぁいいんじゃないか。自分たちの名前を考えれば自ずと弟の名前も出てくるだろうよ」


 新聞をめくりながら親父が楽しそうに笑う。

 そう、みんなもう予想がついている。なにしろ明白な規則性がある。


「好きにさせるよ。最終決定権は葵にある。たとえ子供たちが考えた名前と違う名前でも、葵ならきっと押し切ると思うし」


 言いながら立ち上がった。

 子供たちがどんな名前を考えるか、それに興味もあったが、最終的に葵が決めるのだという考えは変わらない。葵が起きてきさえすればそこで決まるのだ。それまでの面白い遊びのようなもの……。当面の子供たちの興味を引ければそれでいい。


 そしておれはひとり、葵の寝ている和室に来た。

 相変わらずの体勢で、ひたすらに眠り続けている。


「なぁ……今度はどのくらい眠るつもりなんだ?」


 葵が眠り続けることにいつの間にか慣れてしまっていた。思い返せば何度、こうして目覚めない葵を待ち続けてきたのか。

 初めて出会ったすぐ後。そして目覚めてから数日たった後。あの時は長かったなぁ。羽留を産んだ後は、数日寝込んでその後は寝たり起きたりしばらく調子悪そうにしてた。奈津と亜希の時は結構けろりとしてたっけ。


「早く起きないとおれが名前つけて出生届だしてきちゃうぞ……」


 葵が四番目の子供に何と名前を付けるかなんておれには分かりきっていた。

 ただ、その漢字をどうしたらいいか迷うくらいで。


「……名前は、ふゆ、だろ? 葵……。なぁ、どの漢字にしたらいいんだ? おれが決めちゃってもいいのか……?」


 返答のない問いかけを続けながら葵の前髪を梳いた。子供を四人産んでも美しいままのおれの天使。

 大切な、大切な、たったひとりのおれの奥さん。


「早く目覚めてくれよ……?」


 ただ待つことしかできないおれは、しばらくの間そうしてただ葵の傍にいた。





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