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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
69/128

1 うわさ

大変お待たせいたしました。第二章のろのろ発進いたします!




 天界を流れる時間は、他の世界のそれと比べると非常に穏やかだ。はっきりとした四季はもちろん、そもそも昼も夜も存在しないような世界だから、今日がいつなのかを気にするものはほとんどいない。神も天使も精霊も、天界に住まう様々な獣たちも、ただ己のやりたいようにのんびりと今を過ごすのが天界のあり方である。

 そんな中、ひとり時間が過ぎ去っていくことに焦りを抱き、あちこちを駆け回っているものがいた。――天候の中の雲を司る神である、通称“雲じい”である。


「ああ、一体どこへ行ってしまったというのじゃ!」


 らしくもなく大声で悪態をつき、そして深いため息を付いたのは“宮”の中にある執務室だった。

 自身が生み出した天使であるアルシェネを、天界を流れる大河――川はひとつしかないので名前もない――に掛かる橋の上で見失ってからこの方、川の流れ落ちる先である“魂の海”はもとより、あちこちを、それこそ天使には侵入不可の“神の庭”さえも探し回ったというのに、存在の痕跡さえ見つからなかった。

 たった一度、魂だけどこかから飛ばされたような状態のアルシェネを見たが、どこから来てどこへ消えたのかを掴む事はできなかった。


「精霊も知ってるような知らないような。思わせぶりなことしか言わぬし」


 人間の子供を相手にする時以上に厄介な精霊との会話からは、アルシェネが天界から消えたことしか分からなかった。


「……見当たらぬのも当然、か。この世界にはおらぬのじゃから」


 自嘲の声を漏らしてため息をついた後、雲じいはさっと手を振ってどこからともなくお茶を出現させた。湯気を立てるティーカップをひょいと摘まむように持ちあげ、ずずずっとお茶を飲む。


 ――あの時のアルシェネは、膜を隔てた別の世界にいた。魂のみがやってきていたことといい、天界には確実にいない。だが一体どの世界に? いくつも存在する世界のどれに落ちてしまったというのだろうか。


 どの世界にいるのか見当も付かない以上、見つけ出すのは非常に困難だ。古い神の一柱である雲じいにとって、“界渡り”はそれほど難しいことではない。だが神としてしなければならない仕事はそれほど悠長に雲じいを待ってくれるわけではないし、既に放り出しているいくつかの案件は、そろそろ片付けないと雨じいが殴りこみにやってくる頃合だった。

 雲じいはカップを置いてまた、ため息を付いた。


「……ああ。一体どこをどう探せば」


 と、その時。執務室の重い石の扉が勢いよく開いた。


「おいっ! 雲のっ!! おぬし何をサボっておるっ!!」


 大声を張り上げて静寂を破ったのは、雲じいとよく似た背格好の神、雨じいだった。だが残念なことにその姿は登場こそ派手で勇ましかったが、なにしろ扉と対比して小さすぎていまいち迫力に欠けた。


「……まぁわしも人のことは言えんしの。仕方あるまい」


 ずずっと暢気に茶を啜った雲じいに対し、雨じいは怒りを露にしたまま、のしのしと近づいて来る。


「何の話じゃい! 今わしを侮辱したろうっ!!」


「いーや。別に。……して、何かな? ああ、あの話かな?」


 雲じいはしれっと言って手を横に振った。すると何もなかった床の上にソファーとテーブルの応接セットが現れ、またティーカップとなにやら茶菓子も現れた。どうやら歓待する様子だ。

 雨じいはふんっと鼻息荒く、当たり前のようにソファーに座って腕を組んだ。


「茶と菓子を用意して気を和ませようとしても無駄じゃぞ! わし自らが催促に来るとはどういうことかをしかと……おっ、なんと! これは以前食べてとても美味かった菓子ではないか!! やーもう一度食べたいと思ってたんじゃ!」


「……(ふふん、ひっかっかった)」


 きらりと目を光らせて茶菓子に手を伸ばした雨じいは、ホクホク顔で菓子を頬張ってご満悦だ。雲じいはしてやったりという気持ちを内心に隠して向かいのソファーに腰掛けた。予想通りに現れた雨じいであったが、簡単に怒られてやる気もない。まぁ仕事をほったらかしにしていたのは自分なので、雨じいが怒るのももっともなのだが。


「もぐもぐ……そういえばの、天国の管理をしておるあやつ……おぬしも知っておろう?」


 茶菓子を口いっぱいに詰め込みながら、雨じいがふと思い出したように顔を上げた。


「うん? あの堅物か? 眼鏡を掛けた若いのじゃろう? あれがどうかしたか?」


 滅多に世間話などしない雨じいが不意な話題を持ってきたので、なんともまぁ効き目抜群な茶菓子だな、常備決定だな、なんて思っていた雲じいは、雨じいが言う若い神のことを頭の隅に思い浮かべた。

 まるで天使のように感情を動かすことのない、冷徹な神。天国に関する様々な規則を作り出し、徹底的に管理をすることに喜びを見出していた冷たい目を思う。


「あやつ、少し前に天使を一人、人の世界に飛ばしてな。なにやら『人の世界の詳しい事情を調査する』という名目で、正規の手順を踏んで送ったようじゃが、あれはまぁ体のいい左遷じゃな」


「……天使を、人の世界へ?」


 そんな話は初耳だった。天界は決して広い世界ではないが、ある意味多重世界だ。あらゆる神が自分の結界を張っていたり、別空間を作り出して潜っていたりするので、どこに何があるのかを正確につかむことは難しい。その上職務以外の何もかもに興味を持たない天使達が噂話をすることなどもなく、中央に近づかない雲じいにはとんでもないニュース以外が耳に入ってくることはなかった。

 が、雨じいが何の気なしに話し始めたこの話には非常に興味がある。天使を人界に飛ばした、なんて。


「天国と繋がっている世界のひとつらしい。なにやらその天使、ほんの少しじゃが意思を持っていたらしくての。堅物の中の堅物にとっては目障りじゃったのか……いやはや、もしそれがアルシェネだったならばどんなになってたかと思うとヒヒヒッ、想像も出来んわい!」


 何を想像したのか楽しそうに笑う雨じいに対し、雲じいは眉を寄せてごくりとつばを飲んだ。


「雨じいよ、その天使……名は、なんと?」


 ――近づいている気がする。あの子のところへ。


「あー? ええと……アー……アー、なんじゃったかのう。一度会ったことがあるんじゃ。今思い出すから」


 雨じいはお茶を飲みながら首を傾げた。負けず嫌いだから思い出せないものがあることにも相当悔しがるやつだ。すぐに思い出すだろう。

 じりじりと過ぎ行く時間を、雲じいは両手を握り締めて待った。


「アーアー……アー、から始まる名前じゃったのう……うーん。あ、アーレリー、アーレリーじゃよ! 思い出した!」


 記憶の片隅に引っかかっていたのをなんとか思いだした雨じいは、すっきりしたように笑った。反面、雲じいはその名前を聞いて顔を曇らせた。


「アーレリー……アルシェネの話に出てきていた名じゃ……」


 仕事の報告のついでに、おしゃべりなアルシェネは雲じいに向かって際限なく話を続けていた。よっぽど聞いて欲しい話が溜まっていたのだろうが、執務に忙しい雲じいが半分ほど聞き流していたその話の中に、よく出ていていた名前だったはずだ。

 アルシェネが語っていたその天使の外見を思い出して尋ねてみる。


「のう、そのアーレリーとは濃紺の長い髪ではなかったか?」


「お、何だ、おぬしも会ったことがあるのか? そうじゃ、濃紺の髪に濃紺の瞳じゃ。ほとんど黒に近い感じでな。わしはなかなかに綺麗な顔立ちだと……いや、この話はいいか」


 何かを誤魔化すように三つ目の茶菓子に手を伸ばした雨じいを無視して、雲じいは思考に耽った。


 ――アーレリーが人界へ飛ばされた。アルシェネの話に出てきた名前。外見も一致した。もしかしたら、アーレリーがいる先に、アルシェネも。


「……どうせ他の世界を探すならば、まずはそのアーレリーが飛ばされた世界から探すのもいいかもわからん……」


 ふむ、と頷いたところで、ずずずと音を立ててお茶を啜っていた雨じいが首を傾げた。


「ん? 何か言ったか?」


 茶菓子に夢中ですっかり当初の目的を忘れた様子の雨じいに、雲じいもこれ幸いとにっこり笑ってお茶に手を伸ばした。このままの雰囲気を保って、ついでに土産に茶菓子を持たせればうやむやになりそうだ。


「……いや、何でも。その茶菓子、気に入ったのなら持って帰ったらどうじゃ。また用意できたら呼ぶからの。取りに来ればいい」


「本当か! よし、では遠慮なく全部持って帰るぞ! こんな美味いものをぽんぽんくれるとはおぬし、いいやつじゃな! いや昔から気のいいやつじゃとは思っていたが、うむ、今わしは評価し直したぞ!」


 いそいそと胸元から布を取り出して広げ、茶菓子をすべて包んだ雨じいは、雲じいの思惑そのままに心底嬉しそうな表情と足取りで扉に向かった。


「じゃあな! 次が用意できたら必ず呼ぶのじゃぞ! 絶対じゃぞ! 忘れるなよ!」


 茶菓子の包みを大事そうに抱きかかえ、しかと念押しして扉の向こうに消えた小さな姿を確認し、雲じいはさっさと執務室から転移した。二、三歩歩いてはっと本来の目的を思い出した雨じいに捕まらないように。


 ――アルシェネ。わしのいとし子。……きっと探し出してみせる。


 転移した先は件の神がいるはずのエリア。交流はないが自分の方が上位神だ、話を聞きだすことは可能だろう。アーレリーを飛ばした先の世界がどこか、自分の目的を悟られないように上手く聞き出さなければならない。

 話の切り出し方を考えながら雲じいは歩き出した。あの若い神の性格を現したような無機質な灰色の廊下を、そっと気配を殺しながら。




お気に入り登録をしてくださっている皆様、大変お待たせいたしました。そして、長らくお休みをいただいていたのに待っていてくださって本当にありがとうございます。

第二章開始、となりましたが連載の方はかたつむりのごとくゆーっくりになります。申し訳ありませんがご了承の上お付き合いください。


とはいえ次話は明日投稿予定です!

新しい栄と葵のその後をお楽しみに!!(ハードルあげてない? ^^;)


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