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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第一章
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48 新しい家族

遅くなりました!




 十月の終わり、風がだいぶ冷たくなって夏の気配はもう消えた。それでもなんだか暑い日差しの中、おれは葵を連れて数ヶ月間通った現場へ向かった。もうすでに完成し、後は依頼主が越して来るを待つばかりの新築の家へ。


「足元気をつけてな」


「うん」


 家は完成したとはいえ庭に関しては管轄外なので、石がゴロゴロしている土の上を葵の手を引いて歩いていく。今日家の中を見せてもらうことの許可は取ってある。家主は町内の人で「大切な人に自分の仕事を見せたい」と言ったら快く「良いよ」と言ってくれたのだ。

 借りてきた鍵を使って玄関を開け、新しい木の匂いに満ちた家の中へ入る。泥が玄関の中に入らないよう慎重に靴を脱ぎ、持ってきたスリッパを履く。それまで黙ってついてきていた葵は、緊張気味に辺りを見回してため息をついた。


「……うわぁ、新しい家だねぇ、木の匂いがする」


「はは、そうだな。何ヶ月持つか、ってところだけど、この家は木を多めに使ってるし、長いこと木の匂いが保てるかもな」


 おれは余計な汚れをつけないように気をつけながらも、大きな柱の一つを叩いて言う。……この現場は特に感慨深い。葵に会ったときに建て始めて、葵と結婚する前に完成したのだから。

 葵は右に左に顔を動かしては、口を開けてぽかんとしていた。ただ瞳の奥は煌めいて、興味深そうに辺りを見回している。そんな横顔を見て苦笑しながら、おれは彼女の手を引いて家の中を案内する。


「ほら、こっちが台所。でここがダイニング、な。ご飯食べるところだ。うちには無いけど」


「わぁ、広いね」


「家具がなければうちだって広いさ。まだ引っ越してきてないからなんにもないんだ」


 木の匂いに満ちた部屋の中にはまだ何の家具もない。台所にもシンクや換気扇、オーブンや造り付けの棚がある以外、冷蔵庫はおろかテーブルさえない。ここにたくさんの家具が入り、人が入り、そして生活が始まる。


「二階も見てみるか?」


「うん」


 一階をあらかた見終わった後で葵に聞いてみると、新しい家がそんなに楽しいのか、キラキラした瞳のままの彼女は大きく頷いた。業者に頼んで掃除も入った後で埃ひとつ落ちていない階段を上がって二階に上がる。二階の間取りは二つの洋間とひとつの和室。子供部屋と主寝室になる部屋だ。やはり何の家具も入っていないのでドアと押入れ、そして室内灯だけが唯一の飾りで存在感がある。

 全ての部屋を眺めた後でカーテンの無い窓を開け、ベランダに葵を案内する。

 家が完成して二週間ほど経ったのだが、毎日見ていたここからの景色が今なんだか懐かしく思えるのがおかしい。葵を想って過ごした日々、この風景を眺めて過ごしたからだ。


「あ、ねぇ、こっちってお家の方角だよね?」


 ベランダから身を乗り出して辺りを見回した葵は、聡くもそのことに気づいたらしい。いつの間に町の様子を覚えたかな、と頭が良すぎることに苦笑しながら頷く。


「あそこのな、四角い建物見えるか? 平べったいやつ。あれが作業場で、家は丁度陰になっちゃってて見えないけど」


 遠くに見えている屋根を指差しておれは言う。葵はおれの指の先を追って、どうやら作業場の屋根をみつけたらしい。嬉しそうな顔でこちらを振り返り、笑った。


「すごいね、よく見えるね」


「……ああ」


 ――おれはいつもここから家の方向眺めて、葵のことを想ってたんだ。


 眩しすぎる葵の笑顔に脳みそはすっかりやられてしまっていて、こんな言葉ばかりが溢れてくる。ただ元来の口下手と恥ずかしさが口に出す手前でストップを掛けてくれる。プロポーズしたときの王子気質はどこから来たのか自分でも首を傾げるばかりだけれど、あれは土壇場にならないと出ない隠れた性格なんだろうと勝手に納得して心の中にしまい込んでおく。素面の冷静なおれからすれば、あの時の自分は完全にどうかしていた。普段見られない葵の照れた顔を存分に見られたことはとてもとても良かったのだが。


 吹き抜けてくる冷たい風に乱された、葵の茶色の髪に思わず手を伸ばしてをそっと整えてやる。葵はおれを見上げてふにゃりと笑う。


 ……鈍感なおれでも確かに分かる、寄せられている絶対的な信頼感。

 しみじみと感じ入って、空いている片手で葵の手を握った。

 本当にいろいろあったけど、失敗もいろいろしてたくさん傷つけたけれども。


 ――とうとうここまでたどり着いたんだ。


 日差しはまだ暑くとももうすっかり空は秋の様相だ。高く青い空に流れる雲を見ながら、おれは何か尊いものに宣言するように今の思いを口にした。しっかり握った葵の手をそっと引き寄せると、葵も自然と一歩こちらに近づいてくれる。


「いつか、おれ達の家を建てるから。今は親父達と一緒に住むけれど、その、いつかは……おれ達の新しい家を建ててそこに住もう、な」


「……うん。楽しみ」


 ……ああ、本当に。楽しみで仕方がない。葵と歩めるここからの日々が、楽しみで楽しみで、自然と顔がにやけてしまう。

 今日という日がひどく感慨深いのは、今日すら特別な日だからだ。


「……明日、だね」


 ほとんど目の高さにある家々の屋根をぼんやり眺めていたおれに、葵がぽつりと呼びかけてきた。きゅ、と繋がれた手に込められた力が愛おしい。


「……ああ、明日、だな」


 ため息と共に感慨深く吐き出す。……明日。とうとう、やってきた明日という日。


 ――おれと葵の結婚式。


「忙しくなるね」


 葵はこちらを見ずに言った。葵の横顔を彩るように、秋のやわらかい日の光が、その長い睫毛に止まって輝いた。


「……ああ、忙しくなるな」


「でも、嬉しいね」


 葵が視線を動かし、おれを見た。相変わらず大きくて綺麗な瞳で見上げられ、おれは言葉に詰まる。


 ……ああ、もう。ダメだ、可愛すぎて。


 握り締めていた手を解いて、間髪入れずに葵を抱き寄せる。「わっ」と声を漏らしながらも抵抗無く腕の中に納まってくれる細い体を、抱き潰さないように気をつけながらも力を込めて抱きしめる。


「……あおい、葵」


「ふふ、なに?」


「……明日から、その、よろしくな」


 胸の辺りに顔をうずめた葵がくすくす笑うのが直接伝わってくる。その振動のくすぐったさがむず痒くも嬉しい。


「……こちらこそ、よろしくお願いします。……旦那さん」


 安心しきったように預けてくれる体重も、同じくらいの体温も、囁くような声も。

 

 ……心が、震える。これ以上に無いほどの喜びに。


 明日からは、誰に憚ることなく宣言できる。このひとは、おれの大切な妻だ、って。


 


  *



 結婚する、と両親に告げてからはてんやわんやの騒ぎだった。……主に、お袋が。

 葵は今は戸籍があるとは言っても、反則技で手に入れた怪しげな戸籍であったし、そもそも親族はいない上に宗派だって分からない(天使なのだからキリスト教かとも思ったけれど、葵に聞いても首を傾げるばかりだった)から、結婚式を何式で挙げればいいかもわからなかった。仲人だってふっとばしたし結納さえやりようがなかった。だからおれとしては籍だけ入れられれば別に支障ないかと思っていたので、いつにしたらいいんだろうとぼんやりしていたのだが、お袋の考えは違っていた。


「家で挙げればいいのよ」


 と、あっさり告げたお袋はまさに、『お袋』の貫禄十分だった。


「神前も仏前もダメなら人前、でしょう。昔は皆そうだったんだし、家にお客様招待してお式挙げたらいいのよ。お式挙げないなんてダメよ。親族に知らせる意味合いだってあるんだし、なにより女の子がウエディングドレスを着られるのは結婚式のときだけなのよ! 一生に一度のチャンスを逃すつもり? 栄!」


 途中までは冷静な物言いだったのに途中から鼻息荒く詰め寄られ、勢いに押されたおれはコクコク頷いて了承してしまった。お袋の重点が何より『ウエディングドレス』にあることは明白だった。確かに葵が純白のドレスを着たらこの上なく綺麗だろうけど……。

 ふとお袋の向こう側にいた親父を見ると、新聞を読む振りをしていたが肩を震わせ笑いを堪えているのが分かった。親父の背中は『誰にも止められないから諦めて付き合ってやれ』と言っていた。おれの隣に座って状況を眺めていた葵も「ね、アルちゃんもドレス着たいでしょう?」とお袋に迫られ、訳もわからず頷いていた。


 そんな感じで決まった家での結婚式。式場を押さえる手間もないので、準備が出来次第早くていいだろうというお袋の言により、十月の末、大安吉日の日取りが決まった。急いだのには葵が既に同居しているからという理由もあった。周りに説明できる状況でもないし、早く結婚してしまった方がいいだろうとの計算が働いている。


 準備はほとんどお袋が取り仕切った。張り切って采配するお袋を横目に、おれと親父はぼんやり眺めるだけで出せる手もなく、また終わっていない仕事もあったので、現場に行って作業し帰ってくる相変わらずの日々だった。既に同居している葵は、忙しくしているお袋の代わりに家事をこなせるようになっていて、おれも親父も申し訳なく思いながらも葵の優秀さと優しさにこっそり拝んだりしていた。

 お袋はどこにそんな力があったのだろうと笑ってしまうほど精力的に動いた。計画的に部屋の掃除をし、また当日の仕出し料理や引き出物、各種衣装の手配、果ては近所のお手伝いさんのお願いまで完璧に準備をこなした。庭にも専門の庭師さんが入り、庭すらいつになく整えられて余所行きの顔になった。


 葵のドレスは半オーダーメイドで一月半、知り合いの洋裁家を急かし、何度も試着を繰り返して出来上がった。おれに言わせれば葵なら何をどう着たって綺麗だろうと思うのだが、お袋としては半端なものは許せなかったらしい。


 そんな中、おれがやったことと言えば招待客にはがきを送ることくらいで(本当に近しい親族のみでもちろんお袋監修の元だ)、急な結婚式にも関わらず、驚きの声と共に『出席』の返信が多数舞い戻って嬉しかった。

 親族以外の招待客は仕事仲間(タムさんとヨシさんももちろん入っている)数人と友人数人。洋一、洋二は言うまでもなく、世話になったと言いたくはないが仕方なく、谷中先輩にも招待状を送った。


 ところでこの結婚式の準備の期間中、おれが一番驚いたことといえばアンナさんのおじいさんのことだ。


 アンナさんとおじいさんにも結婚式のはがきを出したところ、もちろん『出席』の返事が来たのだが、その後電話でアンナさんに「おじいさまがお話したいことがあるから来て欲しいって」と呼び出され、家に挨拶に行くことになった。


   *



「やぁ、いらっしゃい」


 相変わらず渋い声のおじいさんが、嬉しそうな笑顔で出迎えてくれた。促されるままに家の中にお邪魔し、アンナさんが淹れてくれたお茶を飲む。アンナさんとおじいさんの間に流れる空気が自然で、且つアンナさんが柔らかい表情をしていることにおれは驚いていた。一体何があったのか……と内心で勘繰りつつお茶を啜っていると、おじいさんが何気ない顔で切り出した。


「……それでね、栄くん。アルシェネさん、もとい葵さんはウチの孫娘になったというじゃないか。だから私達は親族として出席した方が葵さんにとってはいいんじゃないかとアンナと話していたのだが、迷惑だろうか」


「は、はい?」


 迷惑だろうか、と聞かれてもその前におれにとっては何をどう答えたらいいのか返事に困る質問だった。……一体どこまで事実を知っての発言だろう、とアンナさんに視線を遣ると、アンナさんは苦笑いでおじいさんを嗜める。


「おじいさま、説明が足りませんわ。日向さんが困っているじゃないですか」


「ん? ああ、そうだねぇ、前提の話が足りなかったか。……栄くん、実はね」


「……な、なんでしょう?」


 にこにこしていたおじいさんが不意にまじめな顔になって持っていたカップを置いたので、おれも変な緊張に震える手でカップをソーサーに戻し、空いた両手を握っておじいさんの言葉を待った。隣に座った葵は自分のことだというのに首を傾げておじいさんを見つめている。


「……私もいろいろ知ったのだよ。アンナのことも、葵さんのことも。……ああ、アンナが本当の孫娘じゃないことはとっくに分かっていたのだけれど……いやまさか、人間じゃないとは考えもしなかったね。君も驚いただろう、天使だなんて」


 ……そこまで知ったのか!


 おれは驚きの顔のままでアンナさんを見てしまった。アンナさんはおれの視線を読み取り、小さく笑った。その押さえた笑みは、気まずそうな、でも嬉しそうな、複雑な笑顔だった。


「まぁ天使だろうがなんだろうが、私にとってアンナはどうしてもいて欲しいひと、だからね。栄くんにとっての葵さんのように」


 慈愛に満ちた深い微笑みに促されるように、おれは自然に頷いていた。

 ああ、ここにもおれやおれの家族と似たような人がいたんだな、なんて頭の隅っこで思う。


「葵さんがアンナと似た能力を持っていることは知っていたんだ。なにしろ……ふふっ」


 お茶を片手に急に笑い出したおじいさんに首を傾げると、アンナさんも隣で笑い出した。ネタになっているのは葵のことだろうが、当の葵はきょとんとした顔でおじいさんを見つめるばかりだ。


「……葵さんはね、私がいろんな言語で話しかけても違和感なく返してくれたよ。それこそ、最初に話しかけたとき実は意地悪くロシア語で話してみたのだが、ふふ、まさかあっさりロシア語で返事が返ってくるとは思わなくてね。……つい自分のことを『おじいさま』と呼ぶように半ば強要してしまって。まぁでも、結果的に私は葵さんの『おじいさま』で間違いなかったのだし」


 おじいさんはとても楽しそうに笑って再びカップを手に取った。


「アンナに話を聞いてみれば、ちょっと戸籍に細工をして葵さんはアンナの“妹”の扱いになっているというじゃないか。ということは葵さんは法律上私の孫娘だ」


「……天使に親兄弟はいない。まして今、私とアルはたった二人地上に存在する天使だっておじいさまに話したら……じゃあ親族として出席した方がアルにとってもいいだろうって……」


 紅茶に口をつけたおじいさんの語りの隙間に、アンナさんが少し困ったような顔で言った。


「ああ、まぁ……新婦側の親族がひとりもいないっていうのも寂しいし……ちょっと何かあったのかって思うよな」


 考えないでもなかったが、「そんなことを気にする親戚は呼ばないから」というお袋の言で、座敷の席順ももはや新郎側新婦側といった区別の無いでたらめな席順を用意していたのだが、アンナさんたちがそういうなら願ってもない話だ。


「ふふ、ならば問題はないね。……よし、では早速祖父と孫の親睦を深めておかねばね、葵さん」


「えっ」


 葵は名前を呼ばれておじいさんを見た。なにやら状況が理解できていない様子だ。


「……葵? 話理解できたか? アンナさんのおじいさんは、これから葵のおじいさんにもなるんだ」


「ええっ!?」


 その驚きように『やっぱり』と内心苦笑しながら話を続ける。


「えっとつまり、前にしたな、戸籍の話。平たく言うと、その戸籍の上ではアンナさんと葵は姉妹になってる。だからおじいさんは葵の祖父、って立ち位置になるんだ」


「そうそう。いやぁ、まさかこの年になって孫がひとり増えるとは思わなんだ。ふふふ、嬉しいね」


 葵に向かって身振り手振り交えながら説明していると、おじいさんが本当に嬉しそうに口を挟んでくる。こんなに陽気な人だったっけと思いながらアンナさんに視線を遣ると、呆れたように笑っている。


「……それでな、結婚式のとき、おじいさんとアンナさんは葵の家族として出席してくれるんだ。葵は、……嫌、か?」


「そんなっ、嫌だなんて! ……で、でも……」

 

 一応葵の意見も聞いておかねばならないだろうと尋ねると、言葉の意味は理解している葵は慌てて首を振った。しかし即座に否定はしたものの、迷いがあるように視線を彷徨わせる。アンナさんを見て、おじいさんを見て、そしておれを見た。


「……いいのかな。私、人間じゃ、ないし……。“家族”が増えるのは嬉しいけど、でも……」


 もじもじとスカートを掴んで言いよどむ葵の気持ちが分かった。いつか『私達の子供になって』とお袋が言ったときと同じ反応だ。


「葵。いいんだよ、誰も葵が人間じゃないことを気にしてない。……いいか? 葵は二つの家族を持ったんだ。一つは神原の家。アンナさんとおじいさんが家族。もうひとつがウチ、日向。親父とお袋とおれと家族」

 

 下を向いてしまった葵を覗き込み、できるだけ優しく話しかけた。子供に言い聞かせるようゆっくり話すと、葵はおれの目を見て小さく頷いてくれた。


「葵の名前は今『神原』だろう? つまり葵の“実家”は本来この家になるんだ。葵はこの家からうちに“嫁”に来る、っていうことになる。……今まではアンナさんが秘密で作ってくれた戸籍だったし、おじいさんも知らなかったからうやむやにしていたけれど、おじいさんが受け入れてくれたから……」


 そこでおじいさんに視線を投げてみると、おじいさんは小さく頷いて言葉を継いでくれた。


「『神原葵』から『日向葵』になっても、私達はいつでもあなたを歓迎するよ。嫁に行ったとしても家族は家族なんだ。……帰る家がふたつになったと思えばいい。栄君と喧嘩したらうちに非難してくるとか、ね」


 最後はウインクと共に、おれにとっては笑えない台詞で軽妙に締めくくられた。苦笑いでおじいさんを見つめるも、飄々として視線が捕まらない。

 と、アンナさんが椅子から立ち上がり、葵の隣に回りこんだ。アンナさんは葵の頭を撫でながら何か聞き取れない言葉を呟く。

「ほお?」と興味深そうにおじいさんは耳を傾けているが何語だろう。分からないままふたりの様子を見守っていると、葵はうんうん頷いてそしてようやく笑顔になった。


「……全く手が焼けるわ」


 葵から離れて元の位置に戻る途中、アンナさんが呆れ声で呟いた。かつてアンナさん自身が『アルは妹みたいなもの』と言っていたがまさに今、面倒見のいいお姉さんと手のかかる妹の構図が見えた。

 アンナさんが椅子に腰掛けるのを待って、葵は顔を上げて全員を見渡し口を開けた。


「……あの……、私、何もできないできそこないの天使ですが……、その、ありがとうございます。私と、家族になってくれて」


 今にも泣き出しそうに目を潤めた葵は両手をぎゅっと握り締めて言った。泣かないように堪えつつ、でも感極まって笑顔もぎこちない。

 そんな葵を目を細めて見つめるのはおじいさんだ。大きくゆっくりと頷いて、


「こちらこそ、ありがとう葵さん。アンナに姉妹ができて、私にも家族が増えて本当に嬉しいよ」


 と笑いかける。と、隣からアンナさんが呆れた顔でクールに言った。


「今更ね、アル。手のかかる子が本当に妹になっただけよ」


 そっけない言葉と共に紅茶を口に運ぶその様子は、無表情そのものなのに照れているようにも見えた。アンナさんなりの照れ隠しだなと気がついたらなんだかおかしくなってしまって、込み上がってくる笑いを抑えるのが大変だった。




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