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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
127/128

59 未来へ





 冬が過ぎて、春が来て。当たり前に夏がやってきた。


 慌ただしく日々を過ごしていたら、春の間にひまわりの種を蒔くのを忘れてしまった。なのになぜかうちのひまわりは咲いた。変な術でもかかってるのかな、と葵を疑いたくなるほど、今年も落ちた種から発芽して、にょきにょきと育ってくれた。


 一年が廻ろうとしていた。葵がいなくなってから。


 振り返ればあっという間だった。とにかく日々を過ごすのに必死で。葵のいない分、みんなで家事を分担して、支え合って。でも、誰かの誕生日が来ると、ああもうそんな季節なんだなって気づく。

 ……なぁ、葵。子供たちに四季の名前を付けたのは、ひょっとしてこのためだったのか? 巡る季節を家族と一緒に過ごすためにこんな名前を付けたのかな。なんで今頃気づいたのだろう。葵がいるうちに聞ければよかったのに。




 夏の日差しが燦々と差し込む庭を、縁側に座って眺める。

 子供たちはみんなで市営のプールに出かけて行った。芙柚はまだ四歳半だが、中三になった羽留がついているからまず大丈夫だ。羽留にばかり面倒を掛けている気がするが、お兄ちゃんはお兄ちゃんをやっているのが好きらしく、「お父さんは仕事して」といつも言ってくれる。


「暑いなぁ……」


 おれもプールについていくんだったかな。団扇で扇ぎながらぼやく。縁側の日陰に座っているのだけれど、風が吹かないから暑い。吹いたとしても太陽の光に暖められた暑い風だから、やっぱり暑い。

 ひとりでいると、家の中が妙に静かだ。

 子供たちが走り回ってはしゃいでいないと、なんだか調子が出ない。

 まぁ、子供たちもだんだん大きくなってきたから、はしゃぎまわってくれるのも今のうちなのかな。羽留なんて背がかなり高くなってるし、高校生になったらどうなるんだろう。やだな、おじさんみたいになっちゃうのかな。


「うーん、まぁそれはないか。まだ美少年の顔してるし」


 羽留に限ってモッサリしてきたりはしないだろうと思う。あ、でも髭とか生えてきたらどうなんだろうな。

 奈津は、亜希は、芙柚は、それぞれどんな風になるだろうと想像する。それが楽しくていつも妄想ばかりしている。趣味は妄想。……あれ、これって女性によくあるタイプなんじゃないだろうか。


「やっぱりおれって変なのかな、どうなのかな、葵」


 目の前で小さく揺れるひまわりに向かって話しかける。花に話しかけるのも女っぽいって笑われるか?

 それでもひまわりは葵そのものみたいなものだ、おれにとっては。たくさんの思い出が、この花と一緒にあった。

 出会って、恋に落ちて、デートに行って。一緒に過ごして、結婚して、子供ができて。子供たちと過ごす日々の中に、季節の中に、いつもひまわりがあった。


「太陽に向かって咲くから向日葵、だったよな」


 太陽に向かって咲いていたのは、葵も同じだったよ。いつも眩しい笑顔で。明るくて。


「……ああ、ダメだな。考えだすといつもこっちの方向へ行っちゃう」


 感傷的になるのはよくない。思い出に浸っていてもどこにも行けないことを、おれは知っている。

 未来へ向かって歩いていかなければいけない。……君が、待っていてくれる未来で。


「あー、子供たちを追いかけておれもプールへ行こうかな。あれ、水着はどこへしまったっけ」


 立ち上がった瞬間に、ふわりと風が吹いてきた。今日一番の強い風に振り向くと、風は庭に干した洗濯物と向日葵を揺らして吹き過ぎて行く。


 大輪の黄色い花が風に揺れている。

 風に揺れて、存在を主張する。


 ここにいるよ、と。



『ねぇ、栄、わたしね』



 声が聞こえた気がした。絶対に聞こえるはずのない、ただ一人の愛おしい人の声。



『いつでもここにいるよ』



 ……ああ、知っているよ。



 いつも君は太陽みたいなひまわりの咲く庭で笑っていた。


 おれにとっては君自身が太陽だった。蔭ることのない、永遠の太陽。


「葵……」


 呟くとまた風がざぁっと吹いてきて、向日葵を揺らした。重たい頭を左右に揺らす向日葵を見ていたら、なんだかおかしくて笑いが零れた。


「ふっ……」


 いつでも君がそばにいることを、おれは知っている。

 だから、必ず。


 未来のどこかでまた会えることを

 信じてずっと



 待っている。






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