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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
120/128

52 親心




 ああ、楽しいな。

 こうやってみんなで集まるのって本当に楽しいよね。

 お父さんもお母さんも、おじいさまもアーレリーもいる。みんな楽しそうに飲んで、食べて、しゃべって。谷中さんも久しぶりだけど変わってない。見た目はちょっと変わったけど、中身の方はあの頃のままかな。洋二さんも楽しそうだし、洋二さんの奥さんも可愛らしくて、優しくて。赤ちゃんも可愛いな、芙柚もちょっと前まではあんな感じだったけど、いつのまにかすっかり大きくなっちゃって。洋一さんは相変わらずシュッとした雰囲気のまま。アーレリーと結婚するとかしないとか、おじいさまが前に話していたけど、あれはどうなったのかしら。


「楽しそうじゃの、アルシェネ」


 あれ、何か声がする。ここにいないはずの人の声。


「わしも仲間に入れてほしいくらいじゃのぅ。……歓迎されないことはわかっておるが」


 雲じい、なんで?

 意識したとたんに、今まで見ていた世界の中に、ぽつんと雲じいの姿が現れた。


「やっと……夢の中に入れた。いやはや、長いこと粘られたのう」


「なんで……雲じい」


 夢が漂う暗闇の空間では会ったことがあったが、私の夢の中にまで入ってくることはなかった。神にとって、いや、あの場所に出入りできるものにとって、夢の世界に介入することはたやすいと私も知ってはいるけれど。

 雲じいが入ってきたことで、夢は停止し、なんの絵もない真っ白な空間に背景が描き替えられた。


「おぬしの夢にはの、ずっと保護がかかっておって、なかなか入り込めなかったのじゃ。じゃが、それが解けた。あの神がわしに、おぬしと話をするのを許可した、ということじゃ。それにおぬし自身の拒絶の力も弱まっておる……これが何を意味するか分かるじゃろ?」


 雲じいの言っていることは、半分くらいはわからないことだった。でももう半分はわかっている。もう、私の力は効力を発しなくなったということだ。


「……使い果たしてしまったの、とうとう。わしもずっと見守っておった……できることならおぬしをこのままこの世界に置いておいてやりたい」


「雲じい……?」


 雲じいの口から出た予想外の言葉に目を見張った。その私の顔を見て、雲じいは皺を寄せるように笑った。自嘲するように。

 ……この世界に置いてやりたい? 絶対に連れ帰りたいのだと思っていたのに。


「わしとて家族の欲しかった身。逆を返せば、おぬしが手に入れた幸せを壊したくないと思う気持ちも理解できるんじゃ。じゃが……」


 雲じいが視線を外してうつむいた。……あれ、雲じいってこんなに小さかった? 前から小さかったけど、こんなに小さく感じたことはなかったような。


「おぬしの気持ちもわかる。じゃが、どこの世界に、自分の娘が消えてしまうのを黙ってみていられる父親がおる?」


 眉が寄ったクシャクシャな苦悶の表情も、初めて見たと思う。いつも飄々としていた雲じいは、どこへいったの?


「このままでは体が消えてしまうぞ……。天使の力を使い切って、今は体を構成する力すら使いだしていることなど、わしにはお見通しじゃ」


 初めてみるものが多すぎる。


「そのうち魂の力も削り出すつもりか……? のう、アルシェネ。わしはおぬしを失いたくない」


 ……ああ、雲じい。あなたでも泣くことがあるんだね。

 ぼろっと零れ落ちた大粒の涙が、雲じいの皺だらけの頬を伝っていった。


 雲じいが私の気持ちがわかるというのと同じように、私も初めて雲じいの気持ちを知った。親の立場になって、初めて。


 どこに行くのにも何をするのにも子供の一挙一動が気になって、口を出したくて。

 何もかもが可愛らしくて、誇らしくて、いつだって抱きしめたくて。

 でも子供にも自由があるから、好きにさせてあげないとならないから、ぐっと我慢したりすることもあって。


 私が子供たちに思うことを、きっと雲じいは私に思ってきた。天界で過ごしていた時、その行動と言動の意味なんて知りもしなかったし考えもしなかったけど。


 私だって、もし子供たちが死にそうなら、何をしたって助けたい。

 絶対に守ってあげたい。そう、思う。


「わかってる……わかってるよ……」


 気が付いたら私も泣いていた。胸のあたりがつかえて、苦しかった。

 でもそのうち泣くこともできなくなるんだな、なんてぼんやり思った。それとも天使の体のままでも泣けるのかな、どうなのかな、なんて。


「わかってるけど、でももう少しだけ、ここにいさせて。まだ、話せてないの、栄に。栄にだけは、話さないと。栄にだけは、話しておかないと、きっと、栄は……」


 雲じいの顔は見られなかったけど、大きくため息をついたのはわかった。


「……待てるのはあともう少しだけじゃ。本当に限界だと思ったときには、わしがおぬしを連れ帰るぞ。泣こうが叫ぼうが、絶対に天界へ連れ帰る」


 決意のにじむような静かな声だった。本気だとわかる声。


「たとえおぬしに恨まれていようと、これから先ずっと恨まれようと……わしの気持ちは変わらぬ」


 声に力が込められていた。宣誓と似たような力の波動。そこまでしなくても、もう絶対的な力の差で勝てないのに。逃げられないことくらいはわかっている。元々神様と天使、逆らえると思っていたのが間違いなくらいに、立場の差は明白だったのに。

 それが叶うと思えるほど、雲じいは私を放っておいてくれたんだね。


 父親であっていてくれたんだね。


 

 ――葵、あおい、起きて――


 ああ、栄の声がする。起きないと。


「よいか、待てるのはあとわずかじゃぞ。必ず連れ帰るからな」


 雲じいの念押しする言葉を聞きながら、私は夢から意識を急上昇させた。

 ハッと起きて、隣に栄の気配を感じた。心配そうに顔を覗き込んでくるのがわかったけれど、深呼吸と同時に目を閉じた。


 ……ああ、もう本当に、限界は近い。


「あおい? どうした」


 この人に、なんと言ったらいい? この優しい人に。


 目を開け、栄の顔を見た。どんな顔をしていいのかわからず、曖昧に笑った。


「……夢を……みていたの……」


 それしか、答えられなかった。何も、言えなかった。

 栄は私が疲れているのだと思って、お風呂に入るよう勧めてくれた。ゆっくり入って温まって、それで寝るといいよって。


 ごめんなさい、早く言わなきゃいけないのに。伝えなければならないのに。


 申し訳ない気持ちでいっぱいになったけれどもやっぱり何も言えず、私はお風呂に向かった。

 足が地面についていないみたいにふわふわと浮く。体のコントロールが難しくなってきた。



 ああ、待って。もう少し、もう少しだけ、待って……







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