51 楽しいバーベキュー
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そしてバーベキュー当日。
天気もすっきりと晴れていいバーベキュー日和になった。お昼にするか夜にするかでちょっと悩んだけれど、洋一は夜でないと参加できないため、午後五時から始めた。夏の日の夕方なので、まだまだ明るく、でも少し太陽は傾いてきたので涼しくなってきた。いい頃合いだ。
親父とお袋は早めに来て、お袋は葵の料理を、親父は炭をおこすのを手伝ってくれた。葵は昨日のうちからちょっとつまめるおつまみ系の料理や、さっぱりしたキュウリの浅漬けなどを用意していた。一番すごかったのはでかい鍋に作ったスペアリブだ。焼き肉の上に肉なの?と思ったけれど、肉屋の奥さんに教わったらしい。昨日の昼間から煮込んで、夜は寝せておいて、また今日朝から煮込んだとのこと。おれもまだ食べていないけど、さっき蓋を開けて見せてもらったらトマトと牛肉の香ばしくも甘い香りが漂ってきて、においだけでうまそうだった。
子供たちは炭には近寄ってはいけないということをわかっており、そちらへは行かず、子供の席に大人しく座ってジュースを飲んでいた。葵に出してもらったお菓子を食べているが、お菓子の食べ過ぎで肉が食べられなくなっては困る。親父が仕入れてきた肉の量と言ったら、たとえ十六人といっても、うち六人は子供なんだよ? わかってる? と言いたくなるほどの量で、冷蔵庫に入りきらないほどだった。すぐに焼いて食べてしまえばいいし、と持ってきた発泡スチロールの箱の中に眠らせたままだ。
「兄貴~来たっす~! お邪魔しまっす!」
「こんにちはー」
いつもの調子で洋二とその家族がやってきた。三歳の男の子と一歳の女の子、そして同級生の奥さんだ。
男の子はもじもじと洋二の後ろに隠れていたが、すぐに奈津たち子供たちが集まっているのを見て、そちらへ駆けて行った。実際会うのは初めてだが、子供が慣れるのは早いよな。芙柚とは同い年だし。黙ってみていたらすぐに紙コップにジュースを注いでもらい、乾杯していた。はは、早いや。
「大勢で押しかけてすみません。これ、ちょっとなんですが」
できた奥さんが手土産を差し入れてくれた。腕に抱いた赤ちゃんも可愛らしい。
「あ、気を遣わせちゃってすみません。奥さんはよかったらうちの中へ。くつろいでいてくれたら料理とか肉とかは運びますんで」
「わーい、至れり尽くせりっすね~」
なぜか洋二が両手を上げて喜び、靴を脱ごうとしたのでおれは即座に首根っこを掴んで言った。
「お前が運ぶんだよ」
がん、と頭に拳骨を落とすのも忘れない。
「いってぇ~」
洋二は大げさな素振りで親父のいる鉄板の方へ向かっていった。もともと気が付くやつだから、親父に代わって肉を焼くつもりはあったんだろうけどな。
奥さんもわかっているのだろう、笑いながら会釈をして座敷に上がった。赤ちゃんもいるしな、のんびりしてもらった方がいい。
ピーンポーン、とインターホンが鳴った。おじいさんとアンナさんかな。
靴を履いていたので庭から玄関の方へ回ると、予想通りの二人がいた。ただし二人とも大きな袋を抱えていた。
「おお、栄くん。お招きありがとう。早速にぎやかだね」
「こんにちは」
相変わらずのシックなたたずまいの二人である。そしておれの背後から聞こえる、子供たちのはしゃぐ声と洋二の騒ぐ声。何やってるんだか。
「よく来てくれました。いっぱい食べていってくださいね」
「そうそう、これ差し入れだよ。こっちは飲み物で、こっちはアンナの焼いたケーキだ。子供がいっぱいいると聞いたからね、喜ぶかと思ってね」
にこにこ笑顔でそう言うおじいさんの隣で、アンナさんも穏やかに笑っている。
「ありがとうございます、すごく喜びますよ。うちの子たちはアンナさんのケーキが大好きなんで」
大きな荷物を受け取り、そのまま庭に入ってもらう。座敷に上がるなら上がるで、庭からでいいだろう。
「あ、ラフじいちゃん、アンナさん、いらっしゃい!」
すぐに羽留が気づいて、パタパタと走ってくる。子供たちはみんな、ジュースで出来上がっちゃったみたいにテンションが高い。あっという間に子供に囲まれてしまったおじいさんは、手を引かれて子供席に連れていかれた。
「あらら……おじいさんには上がってもらおうかと思ったのに」
おれが苦笑いで呟くと、アンナさんも笑いながら言った。
「そのうち解放されるでしょう。……日向さん、アルは?」
「あ、葵なら台所で料理の盛り付けを……あ、来た来た」
言っているそばから大きな皿を持ったお袋と葵が現れた。
「はいはい~お肉だけじゃなくてね、いろいろ用意したから食べてね~。サラダもあるし、煮物もあるわよ~」
お袋が大声で言うと、途端に上がる子供たちからの歓声。別にサラダや煮物に喜んでいるわけではあるまい。ただ雰囲気が楽しいのだろう。
「アルちゃん特製スペアリブも絶品よ~熱いうちに食べましょうねー!」
隣で葵がはにかむように笑う。子供たちの「きゃー!」という高い声がはじけた。
「おーい、こっち、肉焼けたぞー! なんか皿ないかー?」
庭から親父が負けじと声を張り上げる。あーあー、張り切ってるな。再び上がる歓声。
「わぁ、どうしよう、何から食べよう」
お皿と箸を手に持って、真剣に悩む羽留。
「「お肉、お肉!」」
肉に一直線の奈津と亜希。
「はるちゃん、じゅーす」
ジュースに夢中の芙柚。コップを持って羽留にお代わりを催促している。
「ぱぱー、おにくー!」
やっぱりお肉が好きな洋二の子供。
こんな風に、みんなそれぞれ好きなように動き始め、一気ににぎやかになった。座敷に上がって料理をつまみ始めるもの、鉄板の方へ皿を持って並んで、肉に食らいつくもの、なんだかよくわからないままにあっちこっち賑やかしているもの。
「肉ないよー!」とか「ビールちょうだい!」とか、「スペアリブうめー!」とか、楽しそうな声があちこちからひっきりなしに上がり、笑い声が絶えなかった。
ちょっと後にやってきた谷中先輩が、カオスな状態に引きつり笑いを浮かべたくらいに大騒ぎだった。
もっと後に洋一がやってきた頃には、子供たちは疲れ始めてしまっていて、逆にようやく大人に肉が回るようになった。張り切っていた親父もやっと座敷に落ち着いて肉を片手に酒を飲み始め、こき使われていた洋二はちゃっかりお相伴していた。
それでいつかと同じように、おれと洋一が鉄板の前に陣取り、残りの肉を焼いていった。焼きながらちょいちょい食べ、傍らにはよく冷えた缶ビールを確保。火の傍で暑いのは確かなのだが、なんだか妙に楽しい。
縁側ではなぜか谷中先輩とおじいさんが楽しそうに話し、座敷のテーブルでは親父とお袋、洋二の奥さんがわいわい。葵とアンナさんは奥の方でなにやら洋二の話に付き合っているようだ。
この間、子供たちの勢いは失速していたが、アンナさんのケーキと、葵が用意していたプリンが登場した時には、途端に元気が復活し、競うようにして食べていた。その後は部屋に上がってボードゲームやトランプで遊んでいたのだけれど、そのうち小さい子たちがウトウトし始めて、洋二たちは今日はもう泊まりかななんて思っていたら、葵が「布団は一応用意してるけど、全員分はないのよね」なんて心配そうに耳打ちしてきたり。
大人たちはその頃おじいさんが持ってきてくれたウイスキーや、谷中先輩の持ってきたワインなんかを次々に開けて、大丈夫かよってくらいにちゃんぽんで飲みだして。大量にあったはずの肉もいつの間にか消え、焼くものも無くなったおれと洋一も炭の処理をしてから座敷に上がり、すっかり冷えてしまってはいたけどおいしい葵のスペアリブを食べて、酔っぱらった先輩と洋二に絡まれてなんだかすごい愚痴を聞かされたり。
結局飲みすぎた大人は動けなくなったので、先輩、洋二一家は泊まることになった。先輩と洋二は悪いがその辺に転がっててもらう。薄掛けくらいは掛けてやるが、そんなに敷布団はない。夏だし大丈夫だろ。洋二の奥さんは飲んでいなかったのでものすごい恐縮していたが、洋二が使い物にならないため諦めて泊まってくれた。
親父は結構酔っていたが、お袋はほとんど酔ってはいなかった。「歩いて十五分くらいだしのんびり帰るわ」、と仲良く手を繋いで帰っていき、アンナさんとおじいさんはかなり飲んでいたにも関わらず、しっかりした足取りでタクシーで帰っていった。。
残った洋一は後片付けを手伝ってくれて、あらかた終わった後で静かに飲みなおすこととなった。
うちの子供たちもお風呂に入って全員寝静まり、ようやく静かになった縁側で洋一と並んで腰かけ、庭を眺めながら飲みだした。葵はまだ洗い物が残っているからと台所にいる。手伝いを申し出たが、「洋一さんと飲んでてよ」と言ってくれた。
「それで洋一とアンナさんの話はどうなったんだ? おじいさんからちょっと話聞いたけど、結婚話まで持ち上がってるのか?」
「いや、それがさ。偽装結婚的なものでも構わないって言われて、まぁそれでもいいかなって僕も思わなくもなくて、アンナさんもなんだかんだ折れてさ、結婚自体は話進んでるんだけど」
おお、進んでるのか。と思いながら黙って話を聞く。
「アンナさんはおじいさんと一緒に住みたいだろ。僕は今母さん一人しかいないし、一人にするわけにもいかないからね。そうなると結婚したらしたでどこに住むの? 一緒には住めなくない? って話になって。そもそもおじいさんが結婚を推し進める理由がさ、アンナさんを守るためだろ。でもアンナさんがおじいさんの元から動かない限りどうにもならないし、って僕らも行き詰ってさ」
おじいさんが自分の死期をコントロールしてっていう話にはなりえないしな。こればっかりは。おれもおじいさんには長生きしてほしいし。
「いっそもう一度国外へ出ちゃった方がいいんじゃないかって話も最近出てる。またロシアに帰って、何年か過ごそうかって。でもそうすると、日本で死にたいっていうおじいさんの希望がさ、叶えられなくなっちゃうかもしれないだろう? 板挟みなんだよ」
こりゃしばらく決着は着きそうにないな。おじいさんたちがロシアから帰ってきてから、もう半年は経過しているから、かれこれこの間、話し合いが平行線のままなのだ。どこで着地したらいいかわからないくらいにこじれている。
「……単純に、おじいさんにアンナさんの花嫁姿を見せてやりたい気持ちもあるんだよね。だったら籍いれて式だけ挙げちゃって、でもとりあえずは別居って手がある。本来の結婚の姿じゃないからどうかなとも思うけど、お互い好きで結婚するわけじゃないしね、おじいさんのためって感じが強いから、それでもいいんじゃないって僕は思うけど」
「おいおい、自分の結婚、そんな風に諦めちゃっていいのか?」
ずっと黙って聞いていたけど、あまりの投げやりな感じにさすがに言ってやりたくなった。
だが洋二は笑って肩をすくめるだけだった。
「……もうずっと諦めてるからね。もし僕の結婚が、誰かの役に立つならその方がいいよ。僕が結婚すれば母さんも喜ぶだろうしね」
結婚って、そんな風に決断するものなのだろうか。
あまり深く考えないで結婚した身なので、洋一に大きな顔して意見はできないが、なんとなく違うんじゃないかと思った。ずっと一緒にいる人なんだよ、奥さんっていうのは。今は確かに離婚とかもよくある話だし、一生っていうのは大げさな感じなのかもしれないけど、やっぱり好きな人とじゃないと、うまくいかない気がする。おれは大好きな葵と結婚できたから幸せだし、葵も同じように思ってくれてると思う。うまくいっている夫婦だと思う。だからこそ、洋一にだって幸せな結婚をしてほしい。誰かのためだとか、そういう理由ではなくて、ずっと一緒にいたいと思える人と結婚してほしい。
そんな話をうまくまとめられないままに洋一にすると、洋一は「そっか」と言って笑った。それ以上、なんと言っていいのかわからず庭に視線を投げると、咲き始めたひまわりの黄色い花が、おれたちを笑っているかのようにさわさわ揺れた。
それきり話は打ち止めになり、洋一は帰ることになった。ごろ寝だけど泊まっていけば?と声を掛けたが、明日も朝から仕事だからと断られてしまった。結構飲んでいたはずの洋一だが、酒には強く、足取りもしっかりと歩いて家に帰っていった。ほんの十分程度だし、やつは謎拳法の達人だ。心配することもないだろう。
おれは縁側に広げた酒瓶やらコップやらを集めてお盆に乗せ、台所へ運んでいった。
すると台所の明かりの下で、葵が眠ってしまっていた。
「ありゃ、疲れたんだな。……葵、あおい、起きてお風呂入ってちゃんと寝た方がいいぞ」
葵の肩に手を置いてちょっと揺すると、葵はびくっと身を震わせて勢いよく起きた。
「わ、葵? 大丈夫か?」
驚かせてしまったかと顔を覗き込むと、夜の明かりの下でもはっきりわかるくらい疲れた顔をしていた。大きく息を吸って、吐いて、そして目を閉じた。
「あおい? どうした」
もう一度声を掛けると、少しの後で葵は目を開け、ゆっくりとこちらを向いた。ようやく視線が合った後、泣きそうな顔で笑った。
「……夢を……みていたの……」
ぽつぽつとそういったが、それだけを呟いて口を閉ざしてしまった。なんだか複雑な表情だった。一体どんな夢を見たのだろう。わからなかったが疲れが出たのだろうと、おれは葵にお風呂に入るよう促した。風呂に入ってゆっくり温まればリラックスできてよく眠れるだろうから。
葵は頷いて、ふらふらと風呂に向かった。何があったのかわからないまま、おれは戸締りを確かめるべく、玄関に向かったのだった。