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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
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50 夏休みの計画






 初夏の爽やかな風はいつの間にか太陽の日差しに暖められ、生ぬるい風となって吹くようになった。

 子供たちは今日一学期最後の日のために学校へ行った。明日から夏休みだ。


 たまたま休みになったおれは、キウイ棚の下のブランコで芙柚を遊ばせながら、洗濯物を干す葵と話をしていた。


「夏休みはどこか行くか? 一回くらいどこかに遊びに連れてってやらないと、子供たちすねるよなぁ」


 それを聞いた葵は、楽しそうに笑いながら頷いた。


「ふふふ、そうだね、すねちゃうね、きっと。特にナツとアキは絵日記の宿題があるから、どこか行きたい、行かなきゃ書けないっていうんじゃないかな」


「毎日どっかに行ってる子なんていないんだから、本当に事実だけを書けばいいのになぁ。……あ、でも、おれも適当に書いてたか、子供の時は」


 芙柚は自力でブランコに座っていられるようになったので、おれは背中をさりげなく守りながら小さく揺らしてやっていた。それだけできゃあきゃあと楽しそうにしている。……ああ、癒されるな。

 去年植えたキウイの苗木は、ちゃんと根を張ったようで順調につるを伸ばしているが、そう簡単に葉を茂らせるわけでもないので、まだ日よけの役割は果たせていない。芙柚にはちゃんと帽子を被せ、熱中症対策は万全だ。


「へぇ? どんな日記書いていたの?」


 葵が面白がるように聞いてきたので、記憶の限りを振り絞って思い出してみる。


「え、そうだなぁ……。庭の朝顔が咲きました~、しぼみました~、枯れました~とか? 昔、朝顔の観察日記を書かなきゃいけなくて、同じ内容を絵日記にも書いてた。あとは今日の夕食はハンバーグでしたとか。親父が仕事忙しい時なんか出かけたりしなかったから、今日はデパートに買い物に行きましたって行ってもいないのにウソ書いたりとかな」


 本当に書くことが思いつかない日は、たまにウソも書いた。というか、絵日記なんて毎日コツコツ書かないで、三日とか一週間とかためて書いていたから、その日に何があったかを忘れてしまう日だってあったのだ。そういう時は架空の話をでっちあげる。小学生あるあるなんじゃないかな。


「ふふっ、そうなの。去年ナツとアキの絵日記見せてもらったけど、あの子たちは毎日正直に書いていたわよ。頑張って工夫して、同じにならないように。でもお出かけした日には楽しそうに書いていたわね」


「そういえばハルも小学生の時、絵日記に困ってたな。ナツとアキと遊んだ~くらいしか書くことなかったし。……じゃあやっぱりどこか連れてってやらないとな。葵はどこに行きたい?」


 近場の遊園地なんかにはあらかた行ったし、水族館はおととしに、動物園は去年行ったばかりだ。別にもう一度行ったっていいのだが、どこか他に行きたいところはないだろうか。問われた葵は洗濯物を手に持ったまま、首を傾げて悩みだした。


「うーん、そうねぇ……」


 そのまま固まってしまったので、おれは芙柚に話しかけてみる。


「フユ~お前はどこに行きたい? そういえばフユはまだ遊園地に連れてったことなかったな」


「ゆーえんち?」


 遊園地を知らない芙柚はブランコのロープを握りしめたまま、きょとんと首を傾げた。……葵の動作そっくりだ。


「フユはどうぶつさんがみたいか? それともおさかなさんがみたいか? うーん、山に行ってキャンプとかもありなのかなぁ、あ、海水浴とかもありか。海辺でバーベキューとか楽しそうだな」


「どーぶつしゃん、おさかなしゃん……ばーべ?」


「バーベキューだ、フユ」


「ばーべきゅ? ばーべきゅ、ばーべきゅ」


 バーベキューという響きが気にいったらしい。芙柚はしばらくの間「ばーべきゅ」と呟いてはしゃいでいた。


「ね、それなら栄」


 葵が名案を閃いたような明るい顔でおれを呼んだ。


「うちでバーベキューしましょうよ。お父さんとお母さん呼んで、アーレリーとおじいさまと……それから洋一さんと、洋二さんも、みんなを呼んでバーベキュー。どう?」


 キラキラ輝くような笑顔で言われて、おれがダメだと言えるわけがない。


「でもそれじゃお出かけじゃないじゃないか。いいのか? 葵は。たまには違うところ行ってゆっくり休むとか……あ、温泉とかもいいんじゃないか?」


 おれがそう提案すると、葵は笑って首を振った。


「いいの、どこへも出かけなくたって、お家が好きだから。子供たちがどこか出かけたいって言ったら、栄の休みの日に連れて行ってあげて」


「いいのか? ……まぁ、葵がいいって言うなら別にいいけど……」


 話が分かっているのか、いないのか、芙柚がおれを見上げて「ばーべきゅ?」と言った。


「うーん、フユが可愛いから、バーベキューにしよう!」


「あはは」


 笑いながら葵は洗濯物干しを再開した。重たそうに風に揺れる洗い立ての洗濯物。柔軟剤のいい香りがうっすら漂ってくる。

 芙柚の背中を押しながら視線を遠くにやったら、咲きだしたサルスベリの赤い花と、緑の葉を茂らせたひまわりが目に入った。横にずらっと並んだ太い茎が、ぐんぐん伸びてつぼみをつけている。毎年咲き終わってから種を取って、それを蒔いたりしているのだが、取りきらずに勝手に落ちた種が発芽をしているようで、思った以上にたくさんの株が育っている。


「今年もめいっぱい咲きそうだな、ひまわり」


 ぼんやり呟くと、葵が同じようにひまわりを見て頷いた。不意に吹き抜けた生ぬるい風に、ざわりと擦れて揺れる葉っぱ。


「……そうだね」


 暑い夏がすぐそこまできていた。



 それが最後の夏になると、知らないままに。


 



   *




 

 バーベキューをやるよ、と声を掛けると、みんな喜んでのってくれた。

 おじいさんがバーベキューセット一式を貸してくれることになり、親父が肉の調達を引き受けてくれた。洋一は仕事が終わってから顔を出してくれることになり、洋二は家族で来てくれるとのことだ。それからおれは渋ったのだが、葵がどうしてもというので、谷中先輩も誘った。先輩も何年か前に結婚しているのだが、奥さんは連れずに一人で来てくれることになった。


「えーと、一、二、三…………結局十六人か? 結構な人数だな。こりゃ準備が大変だ」


 親父、お袋、アンナさん、おじいさん。洋一に洋二の家族計四人、谷中先輩。それからうちの一家六人。合計で十六。一人は完全な赤ちゃんなので人数にカウントするとずれる気もするが、まあいい。


「ってかこの人数、うちの庭に収まりきるのか?」


 ちょっと心配になってきて、庭を眺めながらどうセッティングするかを考える。


「うーん、そしたら縁側にも座ってもらって、それからこっちの座敷までテーブル用意しておくのはどう? お料理も、バーベキューだけじゃなくて、何か用意しておけば……」


「ああ、それもいいかもな。大人はどうせ飲むのが楽しいんだろうし……うちの中で涼みながら飲む方が喜ぶかもな」


 葵の提案に素直に乗ることにする。

 最初はおじいさんの家の庭を借りることも提案したのだが、葵がうちでやりたいと主張したのでそうすることにした。バーベキューセットは車で運んできてしまえばいいし、そのほかのことはどこでやっても一緒だ。うちの庭もそれなりの広さはあるから、子供たちが騒ぎながらお肉を食べるスペースくらいは確保できる。例えばキウイ棚の下とか。

 実家に外で使えるテーブルがあったかな? とか考えていたら、それも含めておじいさんが貸してくれることになった。


「おじいさまのところには明日いろいろ借りに行って、バーベキューは明日ね? お肉や野菜は全部お父さんが?」


 葵は頭の中で段取りを組みだしたようだ。接待する側だからな、準備はしっかりしておかなければならない。


「ああ、肉は任せろって。野菜はお袋がちゃんと選んで買ってきてくれるさ。最近家庭菜園もやってるし、収穫して来るんじゃないか」


「そっか、じゃあ私はみんなで食べられるものを先に作っておけばいいね。あ、飲み物とかは……」


「それは明日おじいさんのところへ行くついでにおれがスーパーに寄って買ってくるよ」


「わかった。なんとかなりそうだね」


 ちゃんと段取りが組めたようだ。葵はすっきりした顔で笑った。


「ああ、楽しくなりそうだな」


 すっごく騒がしくなりそうだけど。

 バーベキューの計画を知った子供たちは、すでにそわそわしている。特に何をするでもないのだが、子供たちだけで集まって何やら相談をしていた。洋二のところの子供たちが来るから、どんな遊びをするかの相談かな。でも羽留は子供の遊びからは卒業してるはずだし、もはや保護者のようになっている。一体何の話し合いをしているのやら。





   

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