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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
107/128

39 夏のある日―午後の密談―

すっごくお待たせして申し訳ありません(土下座)



 大人たちの静かなバーベキューが終盤にさしかかり、そろそろ片づけますか、という頃に子供たちが目を覚ました。

 午後二時過ぎ。初夏の日差しが向きを変え、子供たちの上から日陰を奪おうとしていた。


「ん……はぁ。……あれ、バーベキューもう終わり?」


 ぐっと伸びをして大きく息を吐いた羽留が、辺りを見回して呟いた。まだ少し眠そうな目がとろんとおれを見た。


「終わりだよ、お前たちたらふく食べたじゃないか。あんなにいっぱい買ってきた肉も、もうないんだぞ?」


 笑いながら答えると、羽留はお腹をさすりながら困ったように言った。


「うーん、でもねぇ、なんだかお腹が空いた気分なんだ。なにか残ってないの?」


「おいおい……あれだけ食べてまだ入るのか? とは言ってもなぁ、焼きそばも食べちゃったし肉もないし……おじいさんのスープだって飲んじゃったろ」


 呆れつつも何かないかと探すけれど、買ってきたものはもう食べつくしてしまっていて、特にお菓子なども買わなかったために、すぐに食べられるものは見当たらなかった。強いて言えば目の前の畑になっているきゅうりくらいか。


「ではうちの中に入ってお菓子でも食べたらどうだね? アンナの焼いてくれたパウンドケーキがあるよ」


「えっ、本当!? わぁい、やった!」


 おじいさんに言われて喜んだ羽留の声に起こされるように、双子が目を覚まして目を擦る。


「ハルにいちゃん、なに……?」


「ん~」


 眠そうにしている弟妹に、羽留は嬉しそうに言った。


「ナツ、アキ、起きて! ケーキがあるってさ、アンナさんのケーキ。お腹空いただろ?」


 羽留のテンションの高さに影響されるように、奈津と亜希の目も次第にはっきりしてきた。するとようやく脳に「ケーキ」という単語が達したらしく、ふたりも一緒に騒ぎ出した。


「「ケーキ、ケーキ、アンナさんのケーキ!」」


 楽しそうに歌う双子とそれに合わせて踊る羽留。なんだかまるで、うちではケーキを食べさせてないみたいな反応だけれど、ちゃんと誕生日やクリスマスなどの時、食卓にケーキは登場している。ただ、アンナさんの手作りケーキはシンプルでありながらおいしいということを、子供たちも知っているのだ。


「はは、じゃあ行こう。……洋一君、お茶を入れるから手伝ってくれないか? アンナは片づけがあるからね」


 ふっと洋一に視線を遣って、おじいさんがなんでもないように言った。でも洋一の話を聞いてしまったおれとしては、なんだか聞き過ごせないような気がした。

 洋一は一瞬目を見張ったが、すぐに笑顔を浮かべて「はい」と返事をした。


「さぁ、行こうか、みんな」


 おじいさんに促されて子供たちと洋一は家の中に入っていく。それをぼんやりと見送っていると、アンナさんの声が聞こえた。


「……おじいさまったら何をたくらんでいるのかしら」


 ため息交じりのその言葉は、独り言なのかどうなのか。独り言にしては大きな一言に、おれが声を出しあぐねていると。


「え? おじいさまがどうしたの?」


 静かに眠っている芙柚をおんぶしたまま、葵がきょとんと振り向いた。それにアンナさんがなんでもないように返す。


「おじいさま、最近何かをたくらんでいるみたいなのよ。洋一さんを頻繁に家へ呼んで……。前にはそんなことなかったし、何か考えているに違いないわ。迷惑にならないといいんだけど……」


 おれは鉄板の上に水を少しずつかけてコテで汚れを落としつつも、ふたりの会話に耳をそばだてた。アンナさんは野菜を切っていたテーブルの上を片づけながら、ため息交じりで言葉をつづけた。


「まさかとは思うけれど、洋一さんと私をくっつけようとでもしてるのかしら。アルはそんな話、おじいさまから聞いてない?」


 おお、アンナさんも気づいていたぞ、洋一。というかやっぱりお前の予想通り、おじいさんがひとりで突っ走ってるだけって感じだな。


「え? ないけど……それ本当なの?」


「本当も何もそうなんじゃないかって思っただけだけど……うーん、おじいさまったら何を考えているのかしらね」


 呆れた様子で首を振ったアンナさんに、葵が無邪気に問いかける。


「洋一さんとアーレリーをくっつける……。それってつまり恋人になるってことよね? アーレリーは洋一さんのこと好きじゃない?」


 ……ちょ、それ直球すぎないか? 葵!

 おれはハラハラしながらも気配を消し、二人の話を背中で聞く。


「アル……。私はあなたのような心は持っていないんだって分かってる? 好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないのよ」


「分かってるけど、でも……」


「そもそもあなたが異常事態なんだから。私もあなたと同じように人間を好きになって結婚するとかって考えないでちょうだいね? 私には無理なんだから」


「……はーい」


 しぶしぶ、といった返事を返した葵に、アンナさんの大きなため息が聞こえたところで会話は途切れた。


 ……うーん、アンナさんも洋一と同じように推理しているから、なんだかお似合いの二人なのだけれど、これは脈なし、か?

 いや、別に洋一がアンナさんのことを好きってわけじゃないんだから脈があってもなくてもなんだけど、うーん?


 じゅわ~と余熱で蒸発していく水の音に耳を傾けながら、鉄板を擦る。何か作業をしていると、逆に頭の中は冴えて考え事がうまくいくのはよくあることで、腑に落ちない自分の気持ちにうんうんうなっていたのだが、鉄板がきれいになって全部すっきり洗い流すころにおれはハッと思い至った。


「……なんでかなぁ、おれも勝手だよなぁ」


 おじいさんの批判はできない。

 二人がどうなるかなんて、そんなの二人の勝手だろってさっきは思ってたはずなのに。

 どこかで洋一とアンナさんをくっつけたがっている自分がいて、おれは自分の身勝手さにため息を吐いた。


「隣に並んでても違和感のない二人だからなぁ……」


 洋一は十人中十人の女性が振り向くだろうほどに整った甘いマスクだし、アンナさんも本気モードの時は気圧されるほどの美女だ。二人が並んでいる姿はモデル同士ですか、というほど絵になる。あくまで脳内イメージだが。

 だからもし二人がくっついたら……と考えると、これが全く違和感がないのだ。外見的な要素はもとより、お互いさっぱりした性格かつ賢い頭脳を持っているので、スパスパと物事が進みそうである。似たもの同士といってもいい。


「……でもなんでおじいさんは急にそんなことを言い出したんだろう」


 おれの仕事は炭が冷めるのを待つばかりで終わってしまい、せかせかと片づけに忙しい葵とアンナさんを見遣って思う。アンナさんと洋一が会ったのは確かおれたちの結婚式が最初だ。あれから十年以上経ってて、何で今さらそんな話になったんだろうか。洋一とアンナさんをくっつけたいなら、もっと早くからそういう話がでたってよかっただろうに。


「栄、このテーブル畳むから、手伝って!」


 急に葵に声を掛けられ、ハッとして返事をした。


「おー!」


 背中で眠ったままの芙柚にはお構いなしに、葵はパワフルに動いている。ゆさゆさと揺すられているのに芙柚は起きないようだ。


「ちょ、そういうのはおれがやるから! 葵は無理しないで!」


 慌ててそちらへと向かい、葵を制してテーブルをたたんだ。それに夢中で、おれはアンナさんから向けられていた視線には気づかなかった。


 一方……



  *



「洋一君、悪いが頼みがあるんだよ」


 子供たちにお茶とケーキを出したおじいさんは、僕に目配せをしてキッチンに呼び出し、そう言った。

ダイニングからは子供たちの楽しそうな声が聞こえてくるが、キッチンはシンと静まり返っている。東に面したキッチンの窓からは午後の光は差し込まない。少しひんやり冷えた空気を心地よく感じながら僕は返事をした。


「……頼み、ですか」


 いよいよか? と思って身構えると、おじいさんは肩の力を抜いてふっと笑った。


「いや、何、それがね。私もそろそろ年だし、故郷のことが気になってね。両親はとうに亡くなってしまったが、姉と弟が向こうにいるんだ。それで死ぬ前に一度会って来ようと思うのだが、その間、家の植物の世話を任せられないかと思ってね」


「え……? あ、はい。いいです……よ?」


 自分の思い描いていた内容と違っていたので、反応が遅れ、変な返事になってしまった。

 ロシアに帰る? 家の植物の世話? ……それだけか? それならもちろんいいが。

 深刻に切り出されたのでどんな話かと思っていたから、気が抜けた。あ、いやいや、『死ぬ前に』とか言っているんだから、そこは否定しておかないといけないな。


「いや、あの」


 しかしその時におじいさんがさっと体を返して食器棚に向かってしまったから、タイミングを失ってしまった。おじいさんは振り向いて僕を見たが、いやに明るい様子だったので、あえて触れることもないかと僕は首を振った。


「庭も植物が多いがうちの中にも多いからね。栄くんに頼んでも良かったんだが、栄くんには分からないことも多いだろうから気を遣わせてしまうだろう」


 笑顔のままでおじいさんはカップを二つ取り出してきて、話をしながら手慣れた様子で新しい紅茶を淹れていく。


「その点、洋一君ならその道のプロだし、心配もいらない」


 ぱっと顔を上げてこちらを見たおじいさんが僕にウインクをする。僕ははっきりとは目を合わせられずにただ苦笑して、蒸らされているポットに視線をやった。


「ええ、そうですね……」


 空返事だと思いながら、隣においてあるカップが目に入った時、ふと思えば最近、お茶を出されるときいつも同じ、このマグで出されていたことに気づいた。これは、もしかして自分用に用意されたマグなのだろうか。お客用の繊細なカップではなく、普段使いの大き目のマグ。……考えすぎか?

 いぶかしく思っていると、紅茶をカップに注いだおじいさんが、僕に紅茶を渡してくれた。白地になにか木の実の絵柄が描かれたシンプルなマグ。固くなっていることが意識できる笑顔で受け取り、まじまじと見つめてしまう。おじいさんは紅茶に口をつけ、満足そうに息を吐きながらにこやかに続けた。


「それからできればアンナの様子を窺ってくれると助かるんだ。あの子は一人で何でもできるが、たまには見遣ってくれる人がいないと心配だ……」


 おっとこっちが本題か? と思いながら、マグのことを追いやって冷静に返す。


「それは栄か葵さんが見に来てくれますよ。おじいさんがいなくて寂しがってるんじゃないかって、子供たちを連れて遊びに来るでしょうから、心配いらないですよ」


 そして改めて紅茶を口にした。華やかなダージリンの香りが広がる。さすがにティーパックで淹れたのとは香りが違うな、などと少し思考を飛ばして現実逃避を図る。……が、話が終わったわけではない。おじいさんが何やら首を振っている。


「いや、それが栄くんたちには言わないで行こうと思っているんだよ。しょっちゅう家へ来ないといけないと思わせて、気を遣わせてしまうだろう? 栄くんは仕事で忙しいし、葵さんも四人の世話で忙しい。あの家からここまでは車じゃないと不便だが、車の運転ができるのは栄くんだけ。となればせっかくの休日を潰させてしまうのは忍びないんだ」


「……その点、僕は花の世話をしなければならないから、どちらにしても来るし、問題ないと」


 おじいさんの考えを読んでそう言うと、おじいさんは鷹揚に頷いた。


「その通りだよ、洋一君。面倒を頼んで申し訳ないがね。他に頼める人もいないし」


「はぁ……」


 さて、どうしたものか。おじいさんが栄たちには言わないと言っているのは多分嘘だ。現時点では言っていないが、行く直前には言うに決まっている。少なくとも日向のお父さんとお母さんには一言言い置いてから出かけるだろうから、栄に伝わらないはずはないし。

 ただ、迷惑を掛けたくないというのは本音でもあるだろう。もし栄にアンナさんの面倒を見るように頼んだら、栄はお人よしだから、アンナさんがひとりとあればきっと、平日だって様子を見に行くだろう。葵さんが行きたいと言えばいつでも。責任感の強いやつだから、『頼んで』しまえば全うできるように全力を尽くすはずだ。それをおじいさんは望んでいない。その気持ちは分かる。


 ……仕方ない、ここは折れるか。


「……わかりました。花の様子を見にきて、そのついでにアンナさんも気にかけておきましょう。それでいいですね?」


 吐く息に混ぜるようにしてそう告げる。溜息ととられないよう隠しながら。


「よかった、引き受けてくれてありがとう」


 安堵したようなおじいさんの笑顔をこちらも笑顔で受け止めて、いい温度になってきた紅茶を飲んだ。

 おじいさんが何を企んでいるのかわからないけれど、アンナさんの様子を見に来たくらいで何かが起こるとは思えないし、当のおじいさんがこの家にいないとなれば、さっと顔を見て帰ったとしてもばれない。だからなんとでもなる。

 このマグのこともきっとたまたまで、僕の思い過ごしだ。そういうことにしておこう。確かめさえしなければ何も決定的にはならない。

 ぐっと紅茶を飲み干して、マグを台の上に戻し、おじいさんを見た。おじいさんは優雅な仕草で紅茶を持ったまま、にっこりとほほ笑んだ。その含みのある笑顔に、やっぱりなにか企んでるよな、と思いながら、こちらもなるべく穏やかに見えるようにほほ笑んでおいた。傍から見たらきっとキツネとタヌキの化かしあいに見えていたりして。


 不穏な空気が漏れていたのか、キッチンの入り口から羽留が気まずそうに声をかけてくるまで、不自然なほほ笑みあいは続いたのだった。





洋一とアンナさんの今後の展開は……うーん、どうでしょう(笑)

広げたはいいけど、回収があるかどうか……。

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