38 夏のある日―内緒の相談―
お待たせしました&季節ずれまくっててすみません<(_ _)>
その後三十分もしないうちに、子供たちの腹も満ち、あとは大人たちの時間となった。タンやホルモンなど、子どもが食べないような肉を少しずつ焼きながらゆっくり食べていく。大騒ぎして満腹になった子供たちは早くもうとうとしだして、椅子の上で器用に寝息を立てていた。
「栄、もうこの玉ねぎ食べられるかな?」
「んー、どれだ? ちょっとかじってみて……、ん、オッケーだ」
「ありがと」
葵は芙柚をおんぶに切り替えて食事を堪能していた。火の前に座り、じっと肉が焼けるのを待っているのかと思ったら、玉ねぎの監視だったらしい。肉より野菜が好きなのだ、葵は。
「う~ん、これでビールでも飲めたら最高なんだけど、車で来ちゃったしな」
洋一が同じく火の前に陣取って、程よく焼けたタンを頬張りながら残念そうに言う。そうそう、それはおれもずっと思っていたんだけれど、運転できるのがうちではおれだけだから仕方ない。酒は最初から諦めていたけど、こうして香ばしい肉を前にするとやっぱり欲しくなるな。
「ビールなら冷蔵庫にあるよ、ふたりとも。なんなら泊まっていけばいい」
木陰の椅子に座ったおじいさんが、本気か冗談か分からない口調でそう言うのを、おれは冗談ととって笑った。
「こんなちっちゃくてうるさいのも含めて七人も泊めたら、おじいさん眠れないですよ」
子供たち四人とおれ、葵、そして洋一をカウントして指を折る。かなりの人数だ。奈津と亜希はふたりで一人分、芙柚はノーカンでもいいけど。
「いや、いつお泊りにくるのかと思ってベッドの準備だけはしてあるんだよ。たまには眠れないくらいうるさいのも楽しそうだしね」
まんざらでもないようにおじいさんが返すのに、近くで焼きそばを食べていたアンナさんが呆れて反論する。
「おじいさま、なにをいそいそやっているのかと思ったらそんな準備を? 無理ですね、だいたい部屋もベッドも足りませんよ」
するとおじいさんは心外、といった顔つきでアンナさんに対抗した。
「いやぁ、ほら、栄くんと葵さん、それからフユは一緒でいいだろう。それからハルとナツ、アキも一緒で……ゲストルームのベッドは大きめだし、子ども三人くらいなら……」
「ゲストルームは一つしかないでしょう、残りの部屋は……」
少し離れた木陰でおじいさんとアンナさんが微笑ましい言い合いをしているのを横目に、おれは肉に視線を戻し食事を再開した。目の前で焼けた肉を口にいれ、ふーふーもぐもぐと咀嚼しながらふと洋一を見ると、洋一は複雑な顔をしながらおじいさんたちを見ていた。
「……洋一?」
気になって声を掛けると、洋一は立ち上がり、視線でおれを促した。よくわからないまま野菜を切っていたテーブルの方へ回る。
「どうかしたか?」
黙りこくったままの洋一は、テーブルの上をさっと見渡してキャベツを手に取った。焼きそばを作った余りで、麺自体はもうない。何を思ったのかキャベツをざく切りにし始めた洋一は、何か言いづらいことがあるようだ。
「ねぇ、栄、ちょっと相談なんだけど」
キャベツがザクザクと切られていくその音に隠れるように、洋一は声を落として言う。
「……おじいさんのこと、どう思う?」
「ん? おじいさん?」
つられておれも小声で返すと、洋一は視線を上げ、おれを見た後で、視線をさらに後ろへ投げた。
「……なんかさ、最近割と頻繁に呼び出されるんだよね。花の注文だったり手入れの仕方の質問だったり、いろいろなんだけど」
「お、おう」
動いている視線はおじいさんを追いかけているようなのだが、おれはなんでもない素振りをしなきゃいけない気がして、後ろを振り向けない。
「絶対アンナさんがいる時なんだよ、呼び出されるの。この間は夕方で、夕飯食べてけって。家で夕飯作らないと家族がひもじい思いをするんでって断って帰って来たけどさ。最初は花の話してても途中からアンナさんの料理がうまいとか掃除が上手とかの話になって」
どうも話の先が見えない。眉を寄せて首を傾げると、洋一は渋い顔でおれを見た。
「おじいさん、僕とアンナさんをくっつけようとしてるのかもしれない」
ぼそ、と告げられた言葉の衝撃に、一瞬何が何だか分からなくなった。
「……え? え? それって……」
わからないまま問い返すと、洋一は人参を手に取り、皮を剥きながら言った。
「はっきり言われたわけじゃないからね、僕の気にしすぎかもしれないけど。でもどうも当たってる気がしてさ……」
言われてとうとう、おれは後ろを振り返った。こっそりおじいさんを伺うと、おじいさんとアンナさんはまだ言い争いを続けていた。近くに座っているのに葵は我関せずで、山盛りにした焼き野菜を一心に食べ続けているのが実に微笑ましい。
「そ、その、もしそれが本当だとして……洋一はどうするつもりなんだ?」
ドキドキしながら尋ねると、洋一は眉間にしわを寄せて、人参を薄めに切っていく。険しい顔をしていても手元は狂わない。
「どうって言われても……どう考えてもおじいさんがひとりで話進めてるだけでしょ。アンナさんはきっと、これっぽっちも僕のことを意識してない。だから最初からまとまらない話だとは思うんだけどね……」
人参の次に手に取ったのはピーマンだった。洋一は一体何をつくるつもりなんだろう。
「やっぱり僕と栄は仲がいいし、アンナさんは葵さんのお姉さんだろう。いざそういう話を本格的に持ってこられたら、断りづらいなぁと。まして今はそういう感じがするってだけだから、逆に生殺し状態っていうか、いっそのことはっきり言われた方がちゃんと断れるんだけど」
……ふむ。話をされると断りづらいし、話をされない今も、それはそれで断れないから辛い、と。なかなか面倒な状況だ。
ピーマンの種を取り、適度な大きさに切ったところで洋一は野菜の入っているカゴを見たが、適当な野菜が見つからなかったらしい。包丁を置いて切った野菜をザルに入れた。
「でもアンナさんが僕に全く興味がないんだから、おじいさんの考えも不毛だと思うんだよね」
洋一はちらりとおれの顔を見上げ、視線を戻した。……何だ?
「彼女は多分、結婚とかしないんじゃないかと思うな」
そう言って洋一はテーブルを回り、鉄板の方へ移動した。アンナさんとおじいさんの言い争いはいつのまにか終わっていたようで、葵と三人、焼いた野菜を仲良く食べていた。
洋一は鉄板に油を引くと、切った野菜を豪快に落とした。じゅわ~っと大きな音を立て、湯気が溢れる。
「……洋一は、結婚したいとか思わないのか?」
洋一が女性を避け続け、恐らく女性に対して恐怖心や嫌悪感を抱いていることを知っていて、おれは尋ねてみた。もうなんだかんだで三十五歳。結婚したいのなら考え時だろう。
洋一は大きなコテで野菜を炒めながら、考え込むように言った。
「うーん……。いい人がいれば、とは思うけどね。自分にとってのいい人が現れないんだよね、なかなか」
洋一にとっての“いい人”は多分、自分の見た目を必要以上に気にしない人だろう。見た目よりも中身を好きになってくれる人だろう。そういう点ではアンナさんは“いい人”の内に入りそうな気がするが……。
「まぁ、アンナさんも僕の顔を見てキャーキャー言わないって点では、貴重な女性なんだけど」
おれの考えを読んだように、洋一が苦笑いした。
「でも、それは彼女が天使だからだろう? ただ気にならないだけだ。僕を見ようが誰を見ようが、同じように無反応だ」
ぽつぽつと話しながら野菜を炒めている洋一の背中が、少し寂しそうに見えた。
洋一も、自分だけを見つめてくれるただ一人の人を欲している。アンナさんは確かに洋一の顔を見て騒いだりはしないけれど、それはアンナさんが顔に頓着しないからじゃない。容姿に反応するような感性を持ち合わせていない、そういう天使だからだ。洋一はきっと、それを残念に思っている。誰にでも同じ、じゃない、自分にだけの特別な反応が欲しいんだ。
「……まぁ、ぜいたくな話だとは思っているけどね」
言いながらさっと立ち上がった洋一は、一度野菜を切っていたテーブルに戻り、クーラーボックスにしまってあった肉のパックを手にして戻ってきた。どーんと野菜の上に放り出したのは、みそ漬けのホルモンで、ここへ至ってようやく、洋一が作ろうとしていたものが分かった。
「自分の顔に興味のない人がいい、でもアンナさんはダメ。それって矛盾してるよね。元々そうだから嫌だっていうのは言い訳で、それが自分にとっての第一条件なんだから、受け入れたっていいのに」
ホルモンが野菜と混ざり合いながら炒められていく。味噌の焦げるいい匂いがする。
「ただできればね、どこかにいないのかなって思ってる。運命の相手じゃないけどさ、栄にとっての葵さんみたいな人が、僕にも現れてくれないかなって」
「洋一……」
何と声を掛けたらいいのか分からず、傍に立ち尽くしていると、てきぱきと動き続けていた洋一が、大皿にホルモン炒めを盛り付けて振り向いた。
「さぁ、できた。食べよう、栄」
爽やかに笑った洋一は、いつもの笑顔を浮かべていた。でもその笑顔が、無理に張り付けた笑顔なのだということがおれにはわかった。
「……おー」
気の利いた言葉も掛けられないまま、おれは洋一の後を追って、おじいさんたちの元へ向かった。
この難しい幼馴染に、いい出会いはないものかと、ない頭で思案しながら。
近日中にもう少し更新します!
みなさまよいお年を!