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太陽の咲く庭で、君が  作者: 蔡鷲娟
第二章
104/128

36 夏のある日―寄り道して遊びましょ―

お待たせしてすみません<(_ _)>




 車でスーパーにやってきた羽留は、早速ターゲットを捕捉してにやりと笑った。商品を陳列しているその背中に向かって、気軽に声を掛けた。


「やっほー、たっくん。元気?」


「ん? お前……ハル? たっくんって呼ぶのやめろって言っただろうが」


 その声に振り返った先輩は羽留をみとめ、すぐに立ち上がって不満そうに文句を言う。その足元に飛びつくように双子が迫る。


「「たっくーん!」」


「あ!? 何だ、ちっちゃいのがぞろぞろと!」


「これ僕の弟と妹~」


 足に纏わりつく二人に驚きながらあたふたする先輩。それを笑いながら眺める羽留。双子たちはのんきに挨拶をする。


「こんにちはー、ナツでーす」

「こんにちはー、アキでーす」


 シンクロしているのはさすが双子と言ったところか。……しかしなんだかな。羽留が仕込んだんだろうか。一連の流れが妙に芝居がかっているし、羽留がものすごく悪い顔をしている。


「っはぁ!? 三人ってマジいつの間に!? 栄のやつ、何にも報告……」


 本気で驚く先輩に、してやったりといった表情の羽留。……ん? 芙柚を抱っこしたおれに、羽留が視線をよこして何かの合図をしている。……はいはい、なんとなくわかったよ、自分の出番が来たんだな。


「すみません、四番目も産まれたばっかりで。……ご無沙汰してます、先輩」


 それまで少し隠れて見ていた商品棚の影から出て、先輩の背後から声を掛ける。


「……っ、おまっ、栄……!」


 振り返った先輩の表情と言ったら。声を掛けられた驚きと、「四番目!?」の驚きと。そして芙柚に視線が行ったあとの驚愕の顔。


「ほら、可愛いでしょう」


 きょとんとした顔の芙柚の手を持ってふりふりしてやる。ぱちくりと瞬きをする芙柚は悶絶ものの可愛さだ。


「……くっ……!!」


 先輩は口元を押さえて黙り込んでしまう。予想以上の過剰反応だ。……あれ、まさかそこまで許容範囲は広くなかったはずだよな? っていうかうちの芙柚はこんなに可愛らしくても男の子だし。


「あ~れ~? たっくんどーしたの~? 真っ赤になってるねぇ~。フユがそんなに可愛かったぁ~?」


 追い打ちを掛けるように羽留が言う。にやにやマックスのその顔は完全に遊んでいる。


「「かわいかったぁ~?」」


 双子の二重奏も追ってくる。追い詰められた先輩は、よろめきながらおれから一歩離れた。


「ち、ちが……! ちょっと待て、お前ら!」


「違うって、何が違うの~? よくわかんないなぁ~」


 羽留はあくまでも意地悪をしたいらしい。おれは苦笑しつつも黙ってその行動を見守る。

 ……考えてみれば、高専時代、よくこんな風に先輩にからかわれたもんだったなぁ~。すれ違った女の子が可愛くてちょっと見惚れたりすると、「え、お前あんなのタイプなの!?」って言われたり。胸のでっかい女の子はどうのこうの、でも女の子は胸だけじゃないとか、太ももがどうとかあーだこーだ……。「まぁお前は知らないよなぁ~? うぶな栄クンっ!」っていうのがお決まりのパターンで。……ああ、いい仕返しなのかも。

 いつの間にか子供たち三人が、先輩に対して三方向から張り付くように距離を縮めて詰め寄っていた。似たような瞳にまっすぐに見つめられ、あからさまにたじろぐ先輩。なまじ人形みたいに整っているからなぁ、三人とも。ちょっと怖いかもなぁ~。


「うわー、こんなの、絶対栄の遺伝子じゃねー! 葵ちゃん、葵ちゃんだ……! みんなマジ可愛い!」


 動揺して心の声がダダ漏れだ。……何も叫ばなくてもいいのに。それはおれも常々思っていることだからな。


「こんな可愛い子ばっかり四人だって!? 幸せすぎてお前、いっぺん死んできてもよさそうだな、栄!」


 子供たちに追い詰められ、発散の矛先がこちらに来たらしい。動揺しているのは分かるが……うん、受けて立とう。


「いやぁ、こんな可愛い子供たちと可愛い奥さん残して死んだりなんかできませんよ。ほんと、悪い冗談やめてください、先輩。ハルがキレます」


 にこっと笑って言うと、先輩にくっついたままの羽留が振り返って、おれに黒い感じで笑い返してくれた。……合格点らしい。


「……えっと、たっくん? 洋一兄ちゃん直伝の技使っていい? まだ人に試したことのないやつがあるんだよね」


 さっと先輩に向き直った羽留が満面の笑み告げた内容は、ほとんど死刑宣告に等しい。ジ・エンドだな、先輩。

 先輩は洋一のことも、洋一の足技の威力も知っているため、一気に顔色が悪くなった。


「えっ!? い、いや、ハル、別にそんなつもりじゃ……ないんだぞっ、ただの、ただの冗談だから! 直伝の技とかいいから……! 」


 たじたじになって後ずさる先輩に、奈津と亜希が無垢な顔で追い打ちを掛ける。


「「えー、ハル兄ちゃんのかっこいいとこみたかったのにー」」


 ……ここはさすがに仕込みじゃないよな、羽留? 奈津も亜希も本当に残念そうな顔をしているから、多分違うんだろうけど。

 悪魔のような双子の発言に、先輩の顔色が一段と悪くなったところで。


「ハル、ナツ、アキ。何してるの? ……あら? 谷中さん?」


 耳に心地よい声が響く。可憐に首を傾げたその仕草は、とても四児の母とは思えない軽やかさ。 

 おれの背後から姿を現した葵は、多分すぐに状況を把握したのだろう、


「すみません、うちの子たち邪魔してますか?」


 と申し訳なさそうに告げておれの横に立った。

 おれたちが先輩と(先輩で?)遊んでいる間に、葵はひとり、カートを押して必要な物をそろえてきたらしい。カゴの中は肉のパックや飲み物等でいっぱいだった。


「あ、葵ちゃん……!」


 救世主現る、といった様子でこちらに近づいてきた谷中先輩だったが、おれはさっとその動線に横入りし、視界を遮った。

 ……その、葵を抱きしめたいと言わんばかりの手を何とかしてくれますか? 泣き付けばいいって思ってないでしょうね?

 冷ややかに見下ろすと、先輩はぎくりと固まってぎこちなく笑った。


「あーははは……。……ってゆーかさぁ、栄」


 こほん、と咳払いをして気を取り直す先輩。いままで完全に羽留のペースだったからな。遊んでくれてありがとうございました。


「マジ、いつのまにって感じだよ、こんな……子供四人とかさぁ! 大家族じゃん! なんで教えてくれなかったんだよ!」


「いや、それについては……すみません。知らせたのはハルの時だけでしたね、そういえば。双子の時はとにかく忙しくて……フユも産まれてから、まぁちょっとあったんで。うっかり忘れてました」


 正直にそう言って、あはは、と笑うと先輩はがっくりと肩を落とした。


「うん……まぁ、いいんだけどさ。しっかし……よくもこんな美形な子供たちに……! マジ将来有望だな! 芸能人とかなれそう!」


 先輩はもう一度子供たちを見渡して感心したように言う。そしておれの腕の中の芙柚を覗き込み、まじまじと見つめた。


「天使だなぁ~もう天使だろ、この子!」


 一瞬ででれでれになった先輩は、今まで見たことのないような油断しきった表情だった。まるで親戚のおじちゃんがでれでれしているような、ただ純粋に子供をかわいがるおっさんの表情。だからおれも苦笑しつつも同意を示した。


「そうですよー、天使です。もう可愛すぎてみんなで構い倒してますよー、毎日」


 ぷにぷに、とほっぺたをつつくのも許してやろう。今日だけは。遊んでくれたしな。


「だーやわらけー!」


 感動のあまり座り込んで悶絶している先輩を横目に、おれは葵に話しかける。


「葵、買い物は終わりか? 後は会計するだけ?」


「うん、子供たちが欲しいものがなければ……でもお菓子なんかはいらないよね? バーベキューだし」


「そうだな。じゃあそろそろ行くか」


 おれはそう言って芙柚を抱き直した。その時羽留がおれのところへ来て、そっと芙柚のほっぺたを拭った。……わぁ、あからさま。羽留も心が狭くなったものだな、弟妹限定で。


「……先輩、おれたちそろそろ行くんで」


「なにっ、ひとを散々からかい倒してもう行くのか!?」


 からかわれている自覚はあったらしい。先輩はもう一度芙柚を触りたそうにしていたが、すかさず羽留が割り込んで、こちらも天使の笑みと名高いスマイルを浮かべて言った。


「だってたっくん仕事中でしょー? ほら、向こうでおじさんが怒ってみてるよー」


 羽留の指差した方角で、先輩の親父さんが渋い顔をして腕を組んでいた。申し訳ない、と頭を下げると、おれに向かってはなんでもないという風に笑顔で手を振ってくれた。が、一瞬後に先輩に向かって投げた視線は厳しいものだった。


「ひーっ!」


 奇声を上げた先輩に、羽留はとどめの一撃を放つ。


「遊んでくれてありがとねー、たっくん。また今度遊ぼうね! 今度は僕の技見せてあげるね!」


「いっ!? いいよ、遠慮する!」


 半笑い半泣きの表情で羽留に手を振り、先輩は去って行った。これ以上羽留と会話をしたら、どんな約束をさせられるかと思ったに違いない。ああ、先輩ってこんなに扱いやすい人だったんだなぁと、しみじみ思いながらおれたちもその場を離れた。

 途中、清々しい表情で上機嫌な羽留が、芙柚を抱きたがったので抱かせてやる。……う~ん、羽留。だんだん黒っぽくなってきている気がするけど、大丈夫かなぁ。絶対洋一の影響だと思うけど……。

そんな羽留に纏わりつくようにきゃらきゃら騒いでいる双子は純粋な目で兄を見上げ、ただひたすらにはしゃいでいる。

 さっきの小芝居は面白かったな。子供って、本当にどんどん成長して変わっていくものだなぁ。双子たちも羽留みたいに大人をからかって遊ぶように……いや、そうならないよう洋一には近づけないようにするか。うん。


 あれこれ考えつつも、葵がカゴに入れた大量の肉をレジで会計し、重たい荷物を子供たちと一緒に持った。


 さて、おじいさんの家に急がないとな。首を長くして待っているだろうから。


  




先輩をいじめるのは楽しいです(笑)

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