第七章の一 十一歳の夏、ユキと空白
十一歳の夏の里帰りは、長かった。
いつもより一日多く延長してもらえた。シバが「里帰りは大事だ」と言って、特別に手続きをしてくれた。
ユキの部屋に着いたとき、壁が少し変わっていた。
カリキュラムの予定表が貼ってあった場所が、空白になっていた。
「何か貼ってたとこ、なくなった」
「あなたが行ったから、カリキュラムがなくなったから」ユキは言った。「そのままにしてる」
「貼らないの?」
「何を貼ればいいかわからなくて」
「空白のまま?」
「空白のまま」
俺はその空白を見た。四角い、白い壁。何も語っていないように見えて、何かを語っている。
「ユキ、空白が語る、ってこと覚えてる?」
「前に話したね。書いてないことがデータになる、って」
「あの空白も、語ってる」
「何を?」
「ユキの七年間が、あそこにあった。カリキュラムの予定表という形で。それがなくなって、空白になった。でも七年間がなくなったわけじゃない。形が変わっただけ」
ユキはその空白を見た。
「……そういうふうに見るんだね」
「最近そういうことを考えてる」
「ラプラス社で学んでることが、そこに繋がってるの?」
「繋がってると思う。データを読む、パターンを見る、空白を語らせる——全部、同じ方向に向かってる気がする」
「誓い3の方向?」
「そう」
ユキは少し考えた。
「情報を使って何かを生成すること——生成って、ゼロから作ることじゃなくて、あるものを別の形にすること、かな」
「そう思う。データがある。パターンがある。空白がある。それを、別の誰かに見えるような形にすること」
「見えるようにする」
「うん。見えないものは、考えられない。考えられないものは、変えられない。だから見えるようにすることが最初だ」
ユキはしばらく黙っていた。
「あなたがそういうことを言うようになるとは思ってなかった」
「なんで」
「七歳のとき、なんでって聞いてばかりだったから」
「今も聞いてる」
「聞いてる。でも今は、聞いた後に自分で答えを作ろうとしてる。前は止まってたけど、今は止まった後に歩こうとしてる」
俺はその分析を、少し考えた。
「それがシバが言ってた、成長、かな」
「成長って、なに?」とユキが逆に聞いた。
「……前より先に行けること?」
「前より先に行けること、か」ユキはそれを繰り返した。「先って、どこ?」
「まだわからない。でも向かってる方向はある」
「その方向が、誓いの方向?」
「そう」
ユキは頷いた。
「あなたの誓いは、正しかったと思う」
「なんで」
「あなたが向かいたいところに、向かいながら育ってるから」




