第十三章 部屋と、トースター
ラプラス社を出て、アエクスの中心区から少し外れた場所に、小さな部屋を借りた。
六畳だった。
広さを確認して、少し安心した。
六畳が、俺の「部屋」の大きさだ。ユキのアパートと同じ。ラプラス社の1LDKは広すぎた。六畳でいい。
荷物を置いた。端末と着替えとシバにもらったテキストだけだった。
台所を確認した。
古いトースターがあった。
翌朝、パンを入れた。
火加減の設定を確認した。
少し強めにした。
焦げた。
部屋に焦げた匂いが広がった。
俺はその匂いを吸い込んだ。
あの匂いだ。朝の匂いだ。
「ソラ」
「はい」
「焦げた」
「見えています」
「いい匂い」
「……焦げた匂いがいい匂いですか」
「俺にとっては」
ソラは少しの間、黙った。
「ユキさんのアパートを思い出しているのですか」
「思い出してる。でも悲しくはない」
「なんでですか」
「消えないから。ソラのデータベースの中に、七年分がある。ユキのログが全部ある。消えないから、悲しくない」
「消えないことと、今ここにあることは、違いますか」
「違う。でも、消えないことが今の俺には十分だ」
「今は、ということですか」
「今は。いつかユキに会いに行く。里帰りの制度はなくなったが、俺が行けばいい。会いたいときに行けばいい」
「それは、制度の外の行動ですね」
「制度の外でも、できることがある。それが独立、ってことかもしれない」
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独立して最初の依頼が来たのは、三日後だった。
データ整形。単純な仕事だ。
ていねいにやった。
評価点が、一つ届いた。
一つだった。
でも一つは一つだ。
「ソラ、乖離マップの続きをやろう」
「今夜からですか」
「依頼が終わったら、今日から」
「わかりました。v0.4からですね」
「v0.5に進める。サンプルをもっと広げたい」
「どの属性を優先しますか」
「生みの親の持ち点が低い層と、七歳時の買取価格が低い層。俺みたいな子たちだ」
「……わかりました」
ソラが処理を始める静かな音がした。
部屋に焦げた匂いが、まだ少し残っていた。
これが俺の朝だ。
これからの朝も、きっとそうだ。




