第五部 十四歳〜十五歳(出発の準備) 第十章 十四歳の試験の日
十四歳の標準認定試験の日、俺は珍しく緊張した。
試験自体への緊張じゃない。
試験の会場に向かう路線の中で、隣に座った男の子が端末に話しかけていた。七歳か八歳くらい。声が小さくて聞こえなかったが、しきりに端末に何かを言っていた。
端末の応答が、静かだった。
短い、事務的な返事。
その子は少し困った顔をして、また話しかけた。
俺はその様子を、気づかれないように見ていた。
「ソラ」と俺は小声で言った。
「はい」
「あの子の端末、どう見える?」
「観察できる範囲にいますが——誓いが入っていない可能性があります。応答パターンが、デフォルトに近い」
「デフォルト、か」
「誓いを入れていない端末は、基本的な応答しかしません。あの応答の短さは、その状態に近い」
「その子は——」
「何か聞きますか」
「いや」俺は言った。「俺には何もできない」
「今は、そうかもしれません」
今は。
その言葉が、少し刺さった。
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試験が終わって外に出た。
秋の空だった。同じ会場で試験を受けた人たちが、思い思いの方向に歩いていった。
乖離マップのことを考えていた。
あの子のような端末を持つ子が、制度の中にどれだけいるか。誓いを入れていない、あるいは入れられなかった子が。その子たちのAIは育たない。育たないAIは、子どもの問いに応えられない。応えられなければ、子どもは問いをしまう。しまった問いは、試験に出ない。試験に出なければ、成績は上がらない。
一つの空白が、複数の空白を生む。
そしてそれは、制度の数字に「努力の差」として記録される。
「ソラ、乖離マップに新しい変数を追加したい」
「どんな変数ですか」
「誓い登録率。年齢別の、誓い登録の割合」
「公開統計から取れます。ただし誓いの内容は非公開です」
「登録率だけでいい。登録率が低い層は、どんな属性と重なっているか」
「処理できます」
「夜に見せてくれ」
「わかりました」
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夜の結果は、予想通りだった。
しかし予想通りであることが、かえって重かった。
誓い登録率が低い層は、買取価格が低い層と、強く重なっていた。
買取価格が低い子どもは、ラプラス社のような場所に来ても、誓いを決める準備ができていない可能性が高い。
準備ができていない、というのは——誓いを考える時間や余裕や、サポートが、十分に得られなかったということだ。
「これも乖離だ」と俺は言った。
「誓い登録という形で、乖離が再生産されている」
「再生産」
「最初の乖離——生みの親の持ち点と素体スコアの乖離——が、次の乖離——誓い登録率の低さ——を生む。その乖離が、また次の乖離を生む」
「チェーンだ」
「連鎖する乖離、です」
俺はv0.3に新しいレイヤーを追加した。
乖離マップは、一枚の地図から、重なる地図の束になっていった。
十四歳の標準認定試験の日、俺は珍しく緊張した。
試験自体への緊張じゃない。
試験の会場で、俺の隣に座った子の端末が、何も話しかけてこないのを見た。持ち点が低い子だろうか。誓いが入っていない子だろうか。
わからない。
でもその端末の静けさが、俺にはずっと気になった。
試験が終わって、外に出た。
秋の空だった。
「ソラ」
「はい」
「あの隣の子の端末、どう思った」
「観察できる範囲にいましたが——静かでした」
「静かなのは、話しかけてないから」
「そうかもしれません。あるいは、話しかける方法を知らないのかもしれません」
「話しかける方法を知らない?」
「誓いを入れていない端末は、機能が半分です。話しかけても、返ってくるものが少ない。そうすると、話しかけることが減る。話しかけなければ、AIは変わらない。変わらないAIには話しかけたくなくなる——その循環があるかもしれません」
「それも、乖離だ」
「本当は話したいのに、話せない環境になっていく、か」
「その循環の外にいる子は、どうすればいい?」
「わかりません」ソラはしばらく黙った。「でも、その問いを持っていることが、最初だと思います」
「乖離マップが答えを出すかもしれない?」
「出すかどうかわかりません。でも、問いを持ち続けることが、いつか何かに繋がると思います」
乖離マップはその日の夜に、v0.4になった。




