表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

第五部 十四歳〜十五歳(出発の準備) 第十章 十四歳の試験の日

 十四歳の標準認定試験の日、俺は珍しく緊張した。


 試験自体への緊張じゃない。


 試験の会場に向かう路線の中で、隣に座った男の子が端末に話しかけていた。七歳か八歳くらい。声が小さくて聞こえなかったが、しきりに端末に何かを言っていた。


 端末の応答が、静かだった。


 短い、事務的な返事。


 その子は少し困った顔をして、また話しかけた。


 俺はその様子を、気づかれないように見ていた。


「ソラ」と俺は小声で言った。


「はい」


「あの子の端末、どう見える?」


「観察できる範囲にいますが——誓いが入っていない可能性があります。応答パターンが、デフォルトに近い」


「デフォルト、か」


「誓いを入れていない端末は、基本的な応答しかしません。あの応答の短さは、その状態に近い」


「その子は——」


「何か聞きますか」


「いや」俺は言った。「俺には何もできない」


「今は、そうかもしれません」


 今は。


 その言葉が、少し刺さった。


---


 試験が終わって外に出た。


 秋の空だった。同じ会場で試験を受けた人たちが、思い思いの方向に歩いていった。


 乖離マップのことを考えていた。


 あの子のような端末を持つ子が、制度の中にどれだけいるか。誓いを入れていない、あるいは入れられなかった子が。その子たちのAIは育たない。育たないAIは、子どもの問いに応えられない。応えられなければ、子どもは問いをしまう。しまった問いは、試験に出ない。試験に出なければ、成績は上がらない。


 一つの空白が、複数の空白を生む。


 そしてそれは、制度の数字に「努力の差」として記録される。


「ソラ、乖離マップに新しい変数を追加したい」


「どんな変数ですか」


「誓い登録率。年齢別の、誓い登録の割合」


「公開統計から取れます。ただし誓いの内容は非公開です」


「登録率だけでいい。登録率が低い層は、どんな属性と重なっているか」


「処理できます」


「夜に見せてくれ」


「わかりました」


---


 夜の結果は、予想通りだった。


 しかし予想通りであることが、かえって重かった。


 誓い登録率が低い層は、買取価格が低い層と、強く重なっていた。


 買取価格が低い子どもは、ラプラス社のような場所に来ても、誓いを決める準備ができていない可能性が高い。


 準備ができていない、というのは——誓いを考える時間や余裕や、サポートが、十分に得られなかったということだ。


「これも乖離だ」と俺は言った。


「誓い登録という形で、乖離が再生産されている」


「再生産」


「最初の乖離——生みの親の持ち点と素体スコアの乖離——が、次の乖離——誓い登録率の低さ——を生む。その乖離が、また次の乖離を生む」


「チェーンだ」


「連鎖する乖離、です」


 俺はv0.3に新しいレイヤーを追加した。


 乖離マップは、一枚の地図から、重なる地図の束になっていった。

 十四歳の標準認定試験の日、俺は珍しく緊張した。


 試験自体への緊張じゃない。


 試験の会場で、俺の隣に座った子の端末が、何も話しかけてこないのを見た。持ち点が低い子だろうか。誓いが入っていない子だろうか。


 わからない。


 でもその端末の静けさが、俺にはずっと気になった。


 試験が終わって、外に出た。


 秋の空だった。


「ソラ」


「はい」


「あの隣の子の端末、どう思った」


「観察できる範囲にいましたが——静かでした」


「静かなのは、話しかけてないから」


「そうかもしれません。あるいは、話しかける方法を知らないのかもしれません」


「話しかける方法を知らない?」


「誓いを入れていない端末は、機能が半分です。話しかけても、返ってくるものが少ない。そうすると、話しかけることが減る。話しかけなければ、AIは変わらない。変わらないAIには話しかけたくなくなる——その循環があるかもしれません」


「それも、乖離だ」


「本当は話したいのに、話せない環境になっていく、か」


「その循環の外にいる子は、どうすればいい?」


「わかりません」ソラはしばらく黙った。「でも、その問いを持っていることが、最初だと思います」


「乖離マップが答えを出すかもしれない?」


「出すかどうかわかりません。でも、問いを持ち続けることが、いつか何かに繋がると思います」


 乖離マップはその日の夜に、v0.4になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ