第九章 十三歳、誓い2の最初の実践
十三歳の春、誓い2が初めて機能した。
きっかけはケンタという少年だった。十四歳で、ラプラス社に来て二年目だった。人懐っこくて友達が多い。でも、ある日急に元気がなくなった。
俺が気づいたのは、食堂でソラが「ケンタさんのAIアシスタントの応答頻度が、先週から低下しています」と言ったからだった。
「なんで気づいたの」
「誓い2の方向として、対人課題を察知する感度を上げています。近くの人間のAIの変化を、一定の範囲で観察しています」
「観察していいの?」
「応答頻度は、ある程度公開されている情報です。詳細なログは見えません」
「ケンタに聞いたほうがいい?」
「どうするかは、あなたが決めることです」
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昼休みにケンタに声をかけた。
「最近、元気ない?」
「……見てたの?」
「ソラが気づいた」
ケンタは少し驚いた顔をした。
「AIが気づいた?」
「誓い2の方向で、周りのAIを観察してる。ケンタのAIの応答が減ってたから」
「俺のAIの応答が減る、って——それはつまり、俺が端末に話しかけなくなってる、ってこと?」
「そう」
ケンタは下を向いた。
「誓いを、まだ二つしか入れてない。残り一つが決まらなくて。それで何か、嫌になってきた」
「何が嫌なの」
「わからないことが嫌。決められないのに決めないといけないのが嫌。間違えたら一生そのままなのが嫌」
俺はその言葉を、じっくり聞いた。
「ケンタのAIと、ソラに話させてもいいか」
「AIと話させる?」
「誓い2の機能で、ソラが他のAIと交渉することができる。ケンタの困ってることをケンタのAIを通して聞いて、一緒に考えることができる」
ケンタは少し考えた。
「俺のAIが、ケンタの代わりに話す?」
「代わりじゃなくて、一緒に。ケンタが直接言いにくいことを、AIが翻訳してくれるかもしれない」
「……やってみる」
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夜、ソラが報告した。
「ケンタさんのAIと話しました」
「どんなことがわかった?」
「ケンタさんは、変わることへの恐怖と、変わらないことへの焦りの両方を持っています。誓いを決めることで何かが変わる、その変化が怖い。でも決めないままでいることも、じわじわと苦しい」
「どっちもある、か」
「どちらか一方ではなく、両方が同時にある状態です」
「それは、乖離だ」俺は言った。
「どういう意味ですか」
「本当はこうしたい、でも実際はこうしている。その差。ケンタは本当は誓いを決めたい。でも決めることが怖くて、決められないでいる」
「その乖離を、どうすれば縮められるか」
「縮めること自体を、目標にしなくていいかもしれない」
「どういう意味ですか」
「乖離があることを知ることが、最初の一歩だと思う。知ってるのに知らないふりをしてるのと、知ってて向き合ってるのは、全然違う」
「ケンタさんに伝えますか」
「明日、直接話す」
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翌日、ケンタに話した。
「ケンタは変わることが怖いんだと思う。でも変わらないことも苦しい。両方が本当だ」
「……そう、かもしれない」
「どっちも消えない。でも知ることができる。両方を知った上で、どっちの怖さを今は選ぶかを、選べる」
「選べるの?」
「完全に消せないけど、どっちと向き合うかは選べると思う」
「……怖いほうが大きいな、今は」
「それでいい。今は怖いほうが大きい、という事実から始められる」
ケンタはしばらく考えた。
「ソラって、ケンタのことをどう見てた」
「困ってる、と見てたと思う。助けたいと思ったんじゃないかな」
「AIが助けたいと思う?」
「俺のソラは思うと思う。誓い1で育ってきたから」
「羨ましいな」
「ケンタのAIも、話しかければ変わる。今からでも遅くない」
一週間後、ケンタが言った。
「三つ目、入れた」
「何を入れたの」
「自分が嫌だと思うことを、人にしないこと」
それは誓い、というより倫理に近かった。でも俺は何も言わなかった。
ケンタが選んだ方向だから。




