第四部 十二歳〜十三歳(問いが動き出す) 第八章 十二歳のデータ
十二歳の秋、データ分析の実習で、転機が来た。
依頼されたのは教育関連の統計整理だった。年齢層ごとの試験成績推移を、グラフ形式に整形する。単純な作業だ。
しかし整形しながら、俺は止まった。
「ソラ」
「はい」
「依頼と関係ないことを調べていいか」
「依頼外の処理になります。ただし、データは手元にあります」
「七歳時の買取価格と、試験成績の相関を出してみたい」
数秒後、グラフが出た。
正の相関があった。当然だ。高く売れた子どもは試験成績も良い。
しかし次に、素体スコアを重ねると——
「ソラ、見てる?」
「見ています」
「素体スコアが高くて、買取価格が低い層——試験成績が、素体スコアから期待されるより低い」
「統計的に確認できます」
「逆に、素体スコアが平均的で、買取価格が高い層——試験成績が、素体スコアより高い」
「その通りです」
俺は画面を見続けた。
これは俺のことだ。
俺の素体スコアは上位二パーセントだったのに、買取価格はギリギリだった。ユキの持ち点が低かったから。その結果が、このグラフに出ている。
「制度が言ってる公平と、このグラフが言ってることは、一致してない」
「どういう意味ですか」
「制度は、試験を頑張れば誰でも上がれると言ってる。でもこのグラフは、買取価格——生みの親の持ち点——が試験成績に大きく影響していることを示してる。頑張りの前に、スタートが違う」
「その通りです」
「これをもっと大きなデータで確認したい」
「公開統計の範囲で、かなり広げることができます」
「やってみてほしい。夜中までかかっても」
「わかりました」
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翌朝、ソラが報告した。
「全登録者の約三十パーセントをカバーするデータで確認しました」
「結果は」
「同じパターンです。素体スコアと実績スコアの間に、買取価格が強く介在しています。素体スコアの影響は、買取価格によって大幅に上書きされています」
俺はその言葉を、繰り返した。
上書きされている。
「制度が評価しているのは、素体スコアじゃなくて、素体スコアへの投資額だ」
「その表現は正確だと思います」
「投資額は生みの親の持ち点で決まる。持ち点は制度が決める。制度は公平だと言っている」
「円環していますね」
「円環——そこに入れない人間は、どこにいる?」
「円の外です」
「円の外にいる人間は、円の外にいることが、制度の数字に出てくる?」
「出てきません。乖離として存在するだけです」
乖離。
あのときソラが教えてくれた言葉。
「ファイルを作る」俺は言った。
「どんな名前にしますか」
「乖離マップ」
ソラが少しの間、沈黙した。
「……その名前を、私は前にあなたに教えました」
「覚えてた」
「今、その名前でファイルを作る意味を、あなたは感じていますか」
「感じてる。里帰りのとき、空白が語る、ってユキと話した。このデータが語っている空白を、地図にしたい」
「地図——マップ」
「そう。地図は、見えないものを見えるようにする。どこに行けばどこに着くかを、見えるようにする。この乖離マップは、制度が見えなくしているものを、見えるようにする地図だ」
「保存します」
ファイル名:乖離マップ_v0.1
それが始まりだった。




