私は、誰っ…。
冷たいコンクリートの床から伝わる冷気が、あなたの肌を刺します。
視界を覆うのは、ひび割れた白いタイルと、天井で不規則に瞬く蛍光灯のノイズだけ。
「…あ、……あ」
声を出そうとしても、喉が焼けるように熱く、枯れた音しか出ません。
あなたはゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡しました。
違和感だらけの「病室」
そこは確かに病院の一室のようでしたが、何かが決定的に欠けていました。
無音の廊下: 開きっぱなしの重い鉄の扉の向こうからは、風の音一つ聞こえません。
古びた器具: 傍らには、錆びついた点滴スタンドと、液晶が割れたモニター。
奇妙な痕跡: 壁には、爪で掻きむしったような跡が点々と残り、その下には乾いた黒い汚れが付着しています。
唯一の手がかり
ふと、自分の手首に巻かれた**「リストバンド」**が目に入りました。
そこには、掠れた文字でこう記されています。
被験者番号:044
状態:記憶消去プロセス 完了
「記憶消去……?」
混乱するあなたの耳に、遠くの方から**「ピチャ……ピチャ……」**と、湿った足音が近づいてくるのが聞こえました。それは規則正しく、確実にこの部屋へと向かっています。
あなたは震える手で、部屋の隅にある古いスチール製の机に歩み寄りました。
「ピチャ……ピチャ……」という足音は、すぐ近くの角を曲がったようです。時間がありません。
半開きになった引き出しを強引に引き出すと、中には数枚の湿った書類と、一枚の古い写真が入っていました。
引き出しの中の真実
あなたは目に入ったものを必死に確認します。
色褪せた写真: そこには、白衣を着た男女数人と、その真ん中で無邪気に笑うあなたの姿がありました。背景はこの部屋のようですが、今とは違い、清潔で最新の設備が整っているように見えます。
走り書きのメモ: 写真の裏には、震える字でこう書かれていました。
「ごめん。これしか方法がなかった。もし目覚めたら、青い非常灯を辿って。地下には行くな。あいつは音に反応する。」
ボイスレコーダー: 電池が切れかかっていますが、再生ボタンを押すと、ノイズ混じりの自分の声が聞こえてきました。
『……本日、最終実験を開始する。私の名前は……(ノイズ)……。私は、私を、消去する……。』
迫りくる影
その時、背後の廊下で足音が止まりました。
部屋の入り口に、異様に細長く、関節が逆方向に曲がった影がゆっくりと伸びてきます。
手元の書類の端には、あなたのものと思われる署名がありました。
そこには、あなたの「本当の名前」ではなく、ある役職名が記されています。
「主任研究員 兼 実験体」
あなたは、自分自身をこの地獄に閉じ込めた張本人だったのかもしれません。




